05.はじめての指名クエスト(1)
デリック達が廊下を曲がり、完全に視界から消えたところでグロリアはこっそり安堵の息を吐き出した。
今まで出会った全ての魔物と人間の中で最も手強い相手だった。途中から同じ言語を使用しているのかも怪しい状態だった。このままベリルが乱入してくれなければ、あと一時間は押し問答を続けていたか、右ストレートで顎を撃ち抜くところだった。
「ありがとう、ベリル」
「なんであんなのを引きはがすのに苦戦するんだよ。そっちの方が謎だぜ」
「ついてくるなって、ずっと言っていたけれど通じなくて」
「はあ? そもそもアイツは誰で、何故纏わりつかれてたんだよ」
「それが――」
簡単に経緯を説明する。
話を聞き終えても、ベリルは眉間に皺を寄せ理解が追いつかないとでも言いたそうな表情を浮かべていた。
「前後の繋がりがまるで分からん。セレクション入りしただけで絡まれた……? クソヒューマンめ、これだから品のない数だけ多い連中は困る」
どうやらデリックの存在はベリルの人間嫌いを加速させてしまったようだ。
彼の言葉の端々からは隠しきれない嫌悪の感情がお目見えしている。
「取り合えず、みんなを待たせているから戻ろう」
ロビーを覗き込めば、何故か人が減って閑散としていた。今日はみんな忙しいのだろうか。
ただしそのおかげでロビー内でぽつんと固まっているパーティのメンバーをすぐに発見できた。迷いのない足取りで、ジモンとエルヴィラが待つテーブルへ歩みを進める。
「グロリア、絡まれて大変だったね。何もされていない?」
合流するなり、エルヴィラが心配そうにそう訊ねてきた。彼女はやはりいつでも優しい、偉大な先輩である。
「はい」
「お嬢、騒ぎはロビーから丸見えでしたよ。そろそろ死人が出る、つって人がほとんど出て行っちまいましたが」
――ああ、だからこんなに人がいないのか……。
あのベリルが恐ろしい形相で立っていれば、殺人事件が起こるかもしれないと危惧されるのは当然である。
が、ソファに勢いよく座ったベリルが考えを見透かしたように鼻で笑う。
「人を殺しそうな空気を出してるって指さされてたのは俺じゃなくてお前だ、グロリア」
「そんな事、したことが無いのに」
とても心外である。こんな状況だったから、ベリルが助け舟に入ったのかもしれない。
それにしても、と思考は別の場所へ飛躍する。
「あの、鬼人……」
「さっきの奴か? それがどうした」
「全然鬼人らしくなかったと思って」
苦手故に鬼人についてそこそこ詳しいが、そうであるが故に鬼人にはあり得ない程の自信と闘争心の無さだった。
あれが通常の鬼人であれば、デリックと揉め始めた時点で適当な理由を付けて戦闘を開始していたはずだ。奴等は常に闘争に飢えている。
であるにも関わらず、彼は積極的に戦闘を開始するどころかそれを避けた。話を聞いていると、他のメンバーにも上手く使われているようだし、およそ鬼人のイメージとは真逆の性格である。
疑問の答えはしかし、意外にもベリルからもたらされる。短気なので結び付き辛いが、やはり良い所のお育ちなので知識量は自分とは大違いだ。
「抑圧された鬼人の取る行動パターンだな。健全な状態とは言えず、相当なストレスをため込んでいるだろうよ。あいつ等は適度に身体を動かさないといけない身体構造になっている」
そうなんだ、とエルヴィラがまさに初めて知りましたとでも言いたそうな反応を示す。
「遠目から見て、全然喧嘩っ早くないなとは思っていたのよね。そっか、ストレスが溜まるとあんな感じになっちゃうのか。少し可哀想に思えるわ。でも、どうしてああなるまでストレスなんて溜めたんだろう」
「俺も実物を見たのは初めてだから知らねえな」
お嬢、とジモンに呼ばれてそちらを見やる。彼はグロリアではなく、その後ろに視線を向けているようだった。
「誰かこちらに来ますね。服装的にギルドの運営関係者かと」
「?」
振り返って確認する――成程、ジモンは面識が無いのだろう。
サブマスターの片割れ、コンラッドが輝く笑顔でこちらに手を振りながら歩み寄って来ていた。用事があるに違いない。
「サブマスターのコンラッドさん」
「ああ、《レヴェリー》にはサブマスターが二人いるんでしたね。ゲオルクとしか会話しないので、すっかり忘れていました」
コンラッドは先にも述べた通り、Bランク以下のメンバーが主なフォロー先だ。なので基本的に関わりがないのだが――先程まで定例会を開催していたゲオルクに代わり、彼が何らかの連絡を持ってきた可能性は否めない。
やはりというか、グロリア達が囲んでいるテーブルまでやって来た彼はすぐさま用件を述べた。
「やあ、久しぶりだね、グロリア。初めましての子もいるのかな? 俺はサブマスターのコンラッド。何かあったら気軽に声を掛けてくれよな」
「……用事は?」
何とも微妙な空気だし、誰一人としてサブマスターの来訪を歓迎していないギスギスした空間だ。が、それをものともせずコンラッドはさっさと言葉を続けた。
「グロリアに指名クエストが来ているよ。VIPな依頼人だから、別室へ通してある。今すぐに会って貰いたいけれど問題ないかな? 断ると厳しい相手だから、最優先にした方がいいけれど」
「……行きます」
こういった忠告は額面通りに受け取るべきだ。
イェルドの常連である貴族・ゴルドからの指名クエストもこんな感じで遠回しに「絶対に断るな」と伝えられるのを目撃した。本当に待たせたらマズイ相手なのだ。
ともかく、グロリアの返事に満足そうにコンラッドが頷く。
「相手方からは《相談所》の元メンバーならもう1人くらい連れてきても良いと言っていたけれど、どうする?」
「その依頼人、訳知りか? そう言われると警戒するだろうが、俺も行く」
「そうだね。それがいいよ、グロリア一人で来られるのを少し嫌がっている様子だった」
既に若干、こちらに対して失礼な人物のようだが大丈夫だろうか。怒らせたら大変そうな依頼人なので、トラブルに発展しなければいいが。
胃痛を抑えつつ、グロリアはソファから立ち上がった。ついてくると宣言したベリルもソファから腰を浮かす。
――何だか忙しい日だなあ……。仕方ないか。
溜息は吐き出す前に肺の中へと押し込まれた。
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