04.ギルドの定例会(4)

 ――さあ、私もロビーへ戻ってみんなと合流しよう。はあ、疲れちゃったな。

 この短時間での気疲れが凄い。もう今日は何もしたくないが、どうしたものか。


「ああ、グロリア。急ぎかな?」

「……」


 ――うわ、また来たよこの人。何なんだ……。

 先程まで明らかに不機嫌そうだったデリックその人が、まるで何事も無かったかのように声を掛けて来た。しかも、今日が初対面だったはずだがやけに親し気だ。恐すぎる。どういう感情なのか全く理解できない。

 何と返したものか分からなかったので結果として無視、もとい聞こえないふりとなってしまったがデリックはめげる様子もなく更に言葉を重ねた。

 グロリア自身は早足で会議室を後にしようとしているのだが、ものともしない。メンタルが鋼でできているようだ。


 そしてやはりというか、会議室を出てもデリックが延々とついてきている。困った。どうしよう。


「さっきの話だけど、ランチでもどう?」

「その話はお断りしたはずです」

「連れない事を言わないで、どうかな? 勿論、俺の奢りさ」

「結構です」


 駄目だ、暖簾に腕押し。はっきりとお断りしているにも関わらずしつこすぎる。

 この間も廊下を突き進み、ロビーを目指しているのだが如何せんギルドの内部構造は少しばかり複雑だ。直線距離ではない為、ロビーに出るまで時間が掛かってしまう。

 ――おや……? あれは……。

 ようやくロビーへの入り口が見えたのだが、その近くについ先程見掛けた人影が所在なさげに佇んでいる。

 そう、会議が始まる前にぶつかりそうになった、あの気弱そうな珍しいタイプの鬼人だ。あまりにも珍し過ぎてまだ覚えている。


 グロリアの視線に気づいたのか、件の鬼人がふと顔を上げた。目が合う。

 「あっ」、とでも言いたげに表情が動いたのを目視した。途端、やはり種族柄滅多にお目に掛かれない申し訳なさそうな顔をされてしまう。ここまでくるとやや恐い。今までどうやって鬼人社会を生き延びてきたのだろうか。


「あれ、黒鉄じゃん。何でここに?」


 怪訝そうな声音はデリックのものだった。この時ばかりは興味がグロリアから逸れ、鬼人――黒鉄と言うらしい――に視線が注がれている。

 やや俯いた鬼人はデリックの独り言じみた問いに頭を振った。


「パーティの皆が、リーダーが戻らないから見て来いと……」

「ああ、俺が帰らないって顎で使われた訳か。定例会って言ってなかったっけ?」

「それは……分かっていた様子だったけれど、それでも様子を見てきて欲しいと仰せで……」

「はっきりしないなあ。湿気たツラ、止めて欲しいぜ。折角グロリアと知り合えたって言うのに」


 デリックは仲間のお迎えに不満げだ。

 驚くべき事に、彼等は同じパーティのメンバーであり当然だが他にもメンバーがいる様子である。他所の事情なので知った事じゃないが、良好な関係性には見えない。


 さり気なくグロリアの肩へと伸びてきたデリックの手を、これまたさり気なく振り払う。何者であれ、ベタベタと触られるのは不快だ。


「リーダー? ……嫌がられているみたいだけれど……?」


 一部始終を見ていたであろう黒鉄がおずおずとそう進言する。

 鬼人は苦手だが、今回に限っては黒鉄の方がまだマシな人間性だ。デリックとはノリが合わないので、早急に開放して欲しい。

 あまりこういった事をはっきりとは言わないグロリアだが、このままではいつまで経ってもこの場から離れられない。少しの罪悪感を覚えつつも迷惑であると言葉を選ばず口にした。


「はい。先程から迷惑です。私は貴方と仲良くランチをしたいという気持ちは全くありません。人を待たせているので、付き纏うのを止めてください」

「ええ!? まあまあ、そう言わず! もしかして人見知り?」

「……」


 ――えぇ……? なんかもう、この人無敵か? 同じ言語喋れてるのかな、これ。これ以上の語彙力はないよ私。

 全然伝わらない事に絶望すら覚える。

 代わりに黒鉄へはダイレクトに嫌がっている事が伝わっているらしく、彼は彼で一触即発の事態にならないかをただオロオロと見守っているようだ。


 ――駄目だこれ、埒が明かない……。もうぶん殴って黙らせるしかないんじゃ……。

 どうにかよしなに済ませようとしてくれていた鬼人の彼には悪いが、色々ともう面倒臭い。言葉で通じないのならば拳で分からせるしかないだろう。


「……あ」


 声を上げたのは誰だったか。恐らく全員の向きから考えてデリックだろう。

 聞き覚えのある低い、ただし相当お冠である事が伺える不機嫌な声音が耳朶を打つ。


「おい。これは……どういう状況だ?」


 まだ何もされていないはずだが既に半ギレ状態のベリルが現れた。

 ロビーから奥へ続く廊下の様子は丸見えだ。揉めているのを発見し、来てくれたのだろう。何やかんやで諸々のフォローをしてくれるところもあるのだ、彼は。

 流石に危険な空気を感じ取ったのか、それまで良く回っていたデリックの口が完全に閉ざされる。誰も何も説明しないので、グロリアはここぞとばかりに鬱憤を込めて現状を暴露した。


「さっきから断っているのに、ずっとお昼に誘われていたの」

「ああ?」

「え!?」


 驚くべきことに、グロリアの発言に対しデリックは驚き、そして傷付いたような表情を浮かべた。何故唐突に被害者面をしてくるのか分からないが、特にこちらは嘘などは吐いていない。

 そう、嫌がられていると本気で気付いていなかったのだろう。その恐ろしいまでの前向きさ、ほんの少しだけであれば見習いたい。


 ただし、今はそんな事を考えている場合ではないだろう。

 ベリルは品行方正、粗っぽい言葉の割に良い所のお坊ちゃんみたいな生態系で育っている。こういった人間関係における「マナー違反」に関して敏感だ。

 加えて重度の人間嫌いが加われば、この後何をされるのか恐ろしくて考えたくもない。尤も――怯えた手合いが先に拳を振り上げない限りはベリルからの一方的な暴力行為は行われないだろうけれど。


 紅葉と揉めた時同様、完全に委縮して固まってしまったデリックに代わり黒鉄が青い顔で間に割って入った。


「す、すみません……! うちのリーダーに悪気は、恐らくなかったはずなので……どうにか勘弁してくれないかな」

「何だこの気味の悪い鬼人は」

「気味の悪い……。いや、まあ、いいけど……ごめんなさい、見逃してくれないかな。もうこの人は俺が連れて行くんで」


 キレのある舌打ちを披露したベリルは苛立ちを隠しもせず、右手をしっしと振った。


「ならとっとと消えろ。お前等の存在は不快だ。力量も分からんクソ雑魚のくせに、いちいち絡んでくるな。鬱陶しい」


 小さく頭を下げた黒鉄は、ここでようやっと鬼人らしい恵まれた腕力と脚力を使用し、放心状態のデリックを半ば引き摺るようにしてロビーとは反対方向へ消えて行った。

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