10話:見るからに怪しい要人護衛

01.ギルドの定例会(1)

 昼の時間帯で賑わうギルドのロビー。

 恨めしい気分でそれを見送りながら、グロリアは関係者以外立ち入り禁止のギルド裏へと足を運んでいた。足取りは信じがたい程に重く、このまま回れ右をして帰ってしまいたい気持ちだ。


 セレクション・パーティの一員となった自身のパーティだったが、本日はセレクション入りしてから初めての定例会議が開催される日だ。

 正直、聞かなかった事にしてしまいたかったが受付のお姉様方に再三告知されていた上、流石に初回から欠席するのも良くないと考え渋々会議室へ向かっている最中という訳である。

 ものによっては来月以降、適当な用事を入れて欠席しようとさえ思う。

 ――いやでも、やっぱり行きたくないなあ。何かの拍子に開催中止とかにならないかな。はあ……。


 などと考えつつ俯いていた為、目の前に人がいる事に気付かなかった。

 斜め下に向けていた視界に、何者かの足が入った所ではっとして立ち止まる。そこは持ち前の反射神経、ぶつかる前に停止できた。


「――失礼」


 ぶつかりそうになってごめんね、という意味にしては固すぎる単語が口から零れ出た。

 ――難癖とか付けてきたらどうしよう。ギルドって、変な人多いんだよね……。

 面倒な相手ではない事を祈りながら、そっと視線を上げる。

 鬼人の青年。面識はないが、鬼人と言うだけで急に喧嘩を吹っかけてきかねない。げんなりした気分で後に続くかもしれない衝撃に備える。大人しく喧嘩を買う訳にはいかないので、いなす為にだ。


 荒くれものにして戦闘狂。その凶暴性は種族共通で常に強者との戦いに上、格上相手にわざわざ挑みかかる修羅の存在――などと散々な言われようの鬼人種だがしかし、目の前の青年は少し驚いたように目を見開き、ややあって弱弱しく微笑んだ。


「あ、あ~。ごめんねぇ、ぼーっと廊下に突っ立ってて。退くよ」

「いえ」


 とても鬼人との会話とは思えない内容に、頭が理解する時間が掛かった。

 ちら、と件の鬼人を見上げる。角が成長しきっていない事を示す、まだ若い鬼人だ。見た目と年齢はまだ一致しているだろう。20歳前後だと思われる。

 少し癖のある黒髪、同じ色の双眸。ボンヤリとした垂れ目に、猫背で小柄には見えるが相当身長はありそうだ。

 そんな事よりも何よりも、その自信の無さそうな佇まいが珍しい。

 普通に生きているヒューマンよりもずっと多くの鬼人と関わって来たが、こんなに自信の無さそうな個体はおよそ初めて見た。彼等はその強者に挑みかかる習性から、見て分かる程に自信喪失しているような個体はすぐさま淘汰される運命にある。

 濃いヒューマンの血が流れた混血なのだろうか。そのくらいの説明しか付けられない程度にはこの年齢まで生き残っているのが謎だ。


 道を譲ってもらったので、有難く通らせてもらう。彼はこの場で何をしていたのだろうか。当然の如く、廊下が伸びているだけだし別室に用事があるというようにも見えなかったのだけれど。

 ――このくらい、鬼人っぽくない鬼人ならな。うちのパーティにいても、全然平気なのに。

 悲しいかな、前衛は足りているので積極的に似たようなタイプを捜す気にはなれないけれど。


 廊下を右に曲がり、指定の会議室に到着した。

 一応、ノックして中へ。こういった場面で中からの返事を待つのは無駄だ。そういうお堅い会議などギルドでは開催されない。


 ――ええー、一人しか来てないじゃん。え、私が早すぎた? 開始時間の10分前だよ、もう……。

 室内にはヒューマンの男性が一人だけ、窓際に立っていた。

 セレクションのリーダーとは数名顔見知りがいるが、彼はそのどの人物にも当て嵌まらない。全くの初対面だ。

 ただ、セレクション入りしているだけあって顔だけはうっすらと覚えている。

 彼は確か、リッキー・パーティの1個上。9位のパーティリーダーだったはずだ。会話などした事が無いし、かなり古い記憶ではあるけれど。


 突如部屋に入って来たグロリアを見て、男は目を丸くした。

 とはいってもわざとらしく、キザったらしい大仰な仕草ではあったけれど。


「ああ! 君がリッキーを下して、久しぶりに新しくセレクション入りした新入りちゃんかな?」

「はい」

「物静かだね。君の事は知っているよ。あのイェルドさんのパーティにいた、カワイイ子だ」


 ここまでは世間話なので、割と真面目に話を聞いていた。

 けれど引っ掛かりを覚えたのは次の言葉からだった。元々、こちらは相槌を打っているだけだったのに延々と喋り続けているのも謎ではあるけれど。


「そうだ、俺はデリック。まあ、セレクションにいるし、知ってるよね? でも念の為! グロリアのパーティは10位で、俺のパーティは9位だから何かあれば俺が守るよ。女の子だしね。女の子は守らないと。

 君も上手く竜人の何とかって人? パーティに入れられてよかったね。女の子だし、強い竜人がいるだけでセレクションも入れる。うんうん、良い事だ」


 ――おわっ! 何だこの人! 何だこの人!? 会話の難易度高いし、もしかして馬鹿にされている……? 頑張って会話しようって気にならない話題の切り口!

 そもそもコミュニケーション能力に問題を抱えているのに、このギルドという舞台を無視した発言の数々に上手い切り返しが思いつかない。

 本人は悪いとも相手を傷付けてやろうとも思っていなさそうな、それでいてナチュラルなモヤモヤ発言はなおも続く。


「そうだ、グロリア。この後親睦を深める為にランチでもどう?」

「結構です」

「おっ、そういうのハッキリ断るタイプ? モノをはっきり言えるのはいいけれど、ギルドは体育会系だからさあ。こういう誘いを断るのは利口じゃないと思うよ。うん。別に俺はそんな事で怒ったりはしないけれど、他に人は違うと思うし。あ、一般的な話ね。一般的な。

 それでどうかな、この後――」

「いえ、行きません」


 ――きつい! 断っているはずなのに会話がループしている! 気が狂いそう!

 誰か親しい人、イェルドでもロボでもいい。誰か来てくれとグロリアは心中で血反吐を吐く勢いで祈った。

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