27.古株の貫禄

 ***


 急いでギルドへ戻って来たグロリアは現在、ゲオルクの執務室へと通されていた。隣には仏頂面を隠しもしないリッキーも一緒だ。入れ替え戦の結果に関する連絡なので当然ではあるけれど。

 ぴりついた空気の中、それをものともせずゲオルクが心なしか気分が良さそうに口を開く。この人は敢えて感情を隠したり、遠慮をしない事があるのだが今がまさにそうである。


「2人とも、よく来たな。入れ替え戦終了に伴い、まあ業務連絡だ」

「……」


 リッキーは舌打ちしている。グロリアはなるべく自身の存在を消すべく、沈黙を返した。何だこの嫌過ぎる空気は。

 当然、そんな状況を意に介さないゲオルクは更に言葉を続ける。


「今回の入れ替え戦により、グロリアがセレクション入りし、代わりにリッキーのパーティがセレクションから除外される。言うまでもないが」

「クソ……」


 とうとうリッキーが憎々し気にそう呟いた上、恐ろしい形相でこちらを睨んでくる。ただし、一言の悪態のみでいつものように捲し立てるようなクレームじみた言葉の数々は無かった。

 彼にしては珍しくもたらされた結果を受け止め、噛み締めているようにも感じられる。尤も、グロリアの思い込みである可能性も否定はできないが。


「グロリア。この通り、セレクションに入ったからには定例ミーティング等、今までになかったイベントに出席しなければならない。事務員から伝えさせはするが、なるべく参加するように」

「――はい」


 ――えぇ!? そんなに定期的なイベントあるの? 普通に嫌なんだけど。

 いつものようにそれらを口にする事は適わず、心とは裏腹に口では了承を返している。


「それと悪いが、セレクションは前にも説明した通り10パーティもある。全員の都合を合わせる事はできないから、入れ替わりが起きようと顔合わせの機会は設けられない」

「ええ」

「パーティ同士で交流があるところなどそうそうないからな。あまり関係ないとは思うが。イェルドもいるし、そう不便な事にはならないだろう」


 半ば独り言のようにそう言ったゲオルクから封筒を手渡される。あまり厚みはない。


「今月分の予定表だ。目を通しておくように」

「はい」

「それと、一応諸々の書類を後日作成しなければならないから覚えておけ」

「承知いたしました」

「では、渡す物ももうないことだし解散」


 軽く一礼して早々に去ろうとしたグロリアの耳にリッキーの地を這うような声が届いた。それはもう、地獄の底から響いてくるような恐ろしい声音だったと言える。


「グロリア……お前、首を洗って待ってろよ。すぐに引き摺り下ろしてやるからな……」

「……」


 恐すぎたので聞かなかった事にし、そそくさと執務室を後にする。

 そこでリッキーを待っていたのであろう例の鬼人とばっちり鉢合わせしてしまった。が、温度の低い目で見つめ返されただけで会話は発生しない。戦闘時以外はあんな感じなのが、スイッチ型鬼人の特徴なのである。

 ――意外と律儀なんだな、あの人……。リッキーさんの事、滅茶苦茶待っていたみたいだし……。

 部外者だし触れていい話題ではない。そもそも声を掛ける勇気もない。

 なのでその事実だけを噛み締め、これ以上の厄介事が起きないように祈りながらグロリアは廊下を競歩のような速度で歩き去った。


 ***


「急いでんの? 向こうのリーダー」


 物凄い速さで廊下を歩いて行くグロリアの背を見、白浪がそう呟いた。

 しかしそんな事はどうでもいいリッキーはぶつぶつと先程まで死ぬ思いで我慢していた怨嗟の言葉を吐き出す。当然の如く当然に、そんなものに興味を示さない鬼人はリーダーの奇行を無視しているが。

 ただし業を煮やしたのか、とうとう呆れたような声が掛けられる。


「もう、ぶつぶつうるさいな。俺達も早く帰ろうよ、腹減ったし」

「お前はよく何事も無かったようにできるな、白浪」

「顔コワ」


 ギリギリと奥歯を噛み締めていると、表情が乏しい鬼人から眉根を寄せた怪訝そうな表情を向けられてしまった。

 全く今日の出来事に動じる様子のない白浪はロビーへ足を向けると、のんびりと事も無げに最初の嫌味に返事をする。


「いやぁ、俺、セレクションとか興味ないし……。ミーティングだなんだってちょー面倒くさかったから、もういいじゃん。あんなの」

「そういう問題じゃねえんだよ。クエストの取り合いに参加しなきゃならなくなったんだぞ」

「そのくらい俺が取ってきてやるよ。周りをぶちのめして一番報酬が良いヤツを取ってくればいいんでしょ?」

「いやまあ、そうだけど。……卑しいだろ、そういうの」

「そんなの気にしてるの? 生きるの大変そうだね、リッキー」


 ――それはお前が気にしなさすぎだろ……。

 あらゆる屈辱だのなんだので頭が一杯だったが、白浪のあまりの適当さに一瞬だけ正気に返る。これだから鬼人は。本当に戦う事以外は何でもいいのだろう、尊敬に値する。


「……それだけじゃねぇよ。うちのメンバーはセレクションのパーティに入りたくて集まった連中ばかりだ。またメンバーの集め直しになるかもしれないな」

「いいじゃん。最低2人いれば成り立つんだし、俺は別に辞めないから大丈夫でしょ」

「大丈夫じゃないだろ……」

「でもさ、やる気のないヤツ等に残られても、どうせお前が解雇? させるじゃん。じゃあ抜ける奴はさよならで問題ないでしょ」

「そう……なのか……? いや、何かがおかしい……」

「そんなのはどうでもいいからさ、グロリアにリベンジするんだよ。それ以外は何でもいいし、どうだっていいよ」

「戦闘狂め」


 などと言いつつも、深く考えた所で今のメンバーがこの後どうするかなど分からないし、そもそもクエスト争奪戦だってセレクション入りする前は頻繁に行っていた。少し前の状態に戻るだけだ。

 考えても仕方のない事を考える時間はない。

 そう結論に達し、呑気にリベンジマッチについて語っている白浪に適当な相槌を打つ。横にまるで危機感のない人間がいると、何だか色々とどうでもよくなるものである。

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