26.再会があまりにも早い(2)

 考えをまとめるや否や、エルヴィラは再度マーキングの魔法を起動した。

 狙う相手はリッキー――ではなく、自分自身だ。


「何を……これは、目印……!?」


 伊達に上位パーティを名乗っていないリーダーの彼は目を丸くして、そして舌打ちした。


「さっき外した魔法もこれか。グロリアは基本的に遠距離アタッカーって事は」


 そう。別にリッキー本人への印は必要ない。どのあたりに矢を撃ち込んでもらえばいいのかをしっかりと示せばいいのだ。

 かといってグロリアの高威力な魔弓矢に自分自身が射掛けられては堪らない。当たれば当然即死である。

 すぐさま《通信》で我らがリーダーへ連絡。半ば叫ぶように近況を伝えた。


「グロリア! グロリア、この《マーキング》は私自身に付いているわ。三歩下がるから、逆方向を狙って!」

「そのグロリアは白浪と戦闘中だっただろうが……!」


 などと言いつつも狙撃を警戒したリッキーが一瞬の躊躇いの後、その場を退く姿勢を見せる。

 ほんの数秒の攻防。

 グロリアが《通信》に応じられる状況でない事も視野に入れ、剣を構え直している丁度その時だ。

 先程までリッキーが立っていた場所へ寸分の狂いなく実体のない魔法を用いて作られた矢が飛来。それをギリギリで回避したリッキーだったが、矢は地面に突き刺さったと同時に爆風を周辺へ撒き散らした。


「ひえっ……!? あれ、もしかして私も巻き込まれていた可能性が……!?」


 点がエルヴィラだと分かった上での無茶だろうが、それにしたって手元が少しでも狂えば普通に巻き込まれていただろう。その事実に搔いているはずのない冷や汗を思わず拭う。《投影》外にある本体は今頃汗だくかもしれない。


 ――いや、今はそんな事に恐れ戦いている場合じゃないわ……!

 かなり近くで爆風に巻き込まれたリッキーは地面に伏せている。ただしどう見ても軽傷なのですぐ起き上がってくるだろう。

 トドメを刺すチャンスは今しかない。


 かつてのリーダーの元へ、走り寄ったエルヴィラは剣を振り上げた。

 一瞬だけそのリッキーと目が合う。憎々し気な、目。


「トドメ狩りかよ……」


 呆れたような物言いを頭から締め出し、エルヴィラはその剣を一思いに振り下ろした。


「ふう……」


 リッキーが離脱をしたのを見届け、息を吐く。

 勝たせてもらったという感じだが、それでもきちんと生き残った。これは大きな一歩だと自分自身を褒め称える。


 入れ替え戦終了のアナウンスが《投影》内に響き渡ったところで、ようやくエルヴィラは肩の力を抜いた。

 戦勝記念でこの後打ち上げとかするのだろうか、うちのパーティは。

 ――いや、あまりそういった事で盛り上がるようなタイプではないかも。


 ***


「――それで、あんたどこ行ってたんです? ベリルさん」


 《投影》から本体へ戻った直後、エルヴィラの耳には大分不服そうなジモンの声が飛び込んできた。基本的に上下関係を重んじる彼が、そういった事柄を口にするのはどことなく新鮮だ。

 恐る恐る、続く会話に耳を傾ける。

 糾弾されているであろうベリルはと言うと、小さく鼻を鳴らしたのが分かった。


「鬼人を追っかけてたら、いつの間にか全然違う場所にいた」

「よく堂々と言えましたね、それ。俺なんて複数人相手にした後、頭の痛くなる戦闘を繰り広げるエルヴィラを救助した上、《通信》もねえのにお嬢を捜していたんですけど」

「エルヴィラを救助した時点で、適当に時間を潰してりゃ良かっただろうが」

「ハァ? それにお嬢なんて相手のメインアタッカーを押し付けられた上、エルヴィラにまでこき使われたらしいじゃないですか」

「おう、面白い《通信》が筒抜けだったぜ。この先が非常に思いやられるな」

「俺のセリフなんすよ」


 エルヴィラは息を殺すように身を縮こまらせた。

 ――マズイ……。どう考えたって一番役立ってないのは私……いやでも、聞いた感じベリルもそんなに役立ってない……か……?

 間違いなく一番の功労者はジモンだろう。キル数ナンバーワンだとか聞こえてきているし。


「お嬢も何とか言ってくださいよ」

「この後、ゲオルクさんに呼ばれているから早くこの部屋を出ないと」

「……すんません、あの、皆さん報告をきちんとして貰ってもいいですか? のんびりしてる場合じゃねえってことですよね?」

「先輩は?」

「エルヴィラぁ……?」


 身の危険を悟ったエルヴィラは、ベッドに備え付けられている仕切り用のカーテンを勢いよく開け放った。最近、こんなのばかりである。


「はいはい! 私はもう起きているわ」

「なら早く出て来い」

「ご、ゴメン……」


 グロリア、と竜人の彼が壁掛け時計を見ながら首を傾げる。


「早く行かなくていいのかよ、お前」

「ギルドに顔を出してくる」

「おう」


 《投影》から帰還したばかりだとは思えないしっかりとした足取りで、グロリアが部屋を出て行くのを見送った。

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