15.後任が強そう(1)

 程よく緊張が解れたところで、控室のドアがノックされた。

 入って来たのは受付嬢――もとい、本日はスタッフの事務員である。


「準備が整いましたので、移動をお願いします。投影室Ⅰ……こちらです」


 どうやらぼちぼち開始するようだ。

 途端、再び緊張し始めたエルヴィラは深呼吸した。


 ***


 今回のステージはイーランド自然公園。公園と言うかほぼ森林なのだが、ギルドに所属していると定期的に足を運ぶ場所なので、庭のようなものだと思えば公園と同じなのかもしれない。


「う、一人だ……!」


 先にも述べた通り、初期地点は完全にランダム。

 エルヴィラの周囲には敵味方含め、誰もいないようだった。既にスタートの合図が切られているので《サーチ》を起動する。

 情報を確認しようとしたところで、《通信》魔法による連絡が繋がれた。


『……みんな、どのあたりにいるの?』


 グロリアの声だ。抑揚は無く、焦っている様子もない。彼女も一人きりなのだろうか。

 口々に居場所を教えてくれるが、どうやら全員それなりに離れた場所でスタートしているらしい。唯一、ベリルとジモンがブロック的に隣接した場所に陣取っているようだが――合流する気は無さそうだ。

 全員分の大まかな居場所を聞いたグロリアは最後に不穏な言葉を残した。


『分かった。その辺には撃ち込まないようにする。それじゃあ、何かあったら言って』

『待ってグロリア、私、誰かと合流したい……!』


 うんざりした調子でジモンが返事をする。


『それはいいが、お嬢の所には行くな。後衛潜伏だからな。俺はお前を迎えには行かないが、合流したいのなら勝手にしていい』

『同じく。だが、場所的に俺とジモンが自然と合流しそうではあるな』


 ベリルの呟きに、エルヴィラは潰れた声を上げた。


「そこ二人で合流したって、別に意味ないじゃない……!!」

『そりゃそうだ。あー、分かった。ジモン、お前ちょっとエルヴィラに寄れ』

『そうなると思いました。了解……』


 先輩からの命令で渋々と言った調子のジモンが合流してくれるようだ。


「ありがと! そっち行くわ!」


 ともあれ、一人よりずっと心強いので合流を目標にエルヴィラもまた動き出した。

 が、その足はすぐに止まる事となる。というのも、ジモンの元へ向かおうとしてすぐに密やかに話す声が耳朶を打ったからだ。

 息を潜め、なるべく音を立てないように会話している人物達を視界に収める。


 ――二人……! しかも、片方はリッキーさんの所の狙撃手だ。

 茂みから様子を盗み見る。一人はもう古くからいる狙撃手のメラニー。鳥人なので、ポンチョのような衣類を纏い、広く空いた袖からは薄茶色の羽根が見え隠れしている。彼等彼女等の特徴は非常に良い目と、少しの間滞空可能というトリッキーな動きだ。

 長い銃を持っているが、エルヴィラは遠距離武器の事をよく知らないので弾の飛距離などの専門的な知識も、扱い方も浮かんで来なかった。


 そうして狙撃手・メラニーと話すヒューマンの女性。

 彼女は誰だろうか。少なくとも自分がまだパーティに在籍していた時にはいなかった。新しいメンバーだと思われる。

 腰には片手剣を帯びており、種類までは分からないけれどバングルと腰のベルトにいくつかの魔法石が見えた。魔法職ではない者も着用している基本の魔法石以上の量である為、魔法も使ってくる可能性が高い。


 まずやらなければならないのはメラニーの排除だ。彼女は狙撃手であり、同時に狙撃に適性のある種族でもある厄介な存在だ。彼女に《マーキング》を付ける、或いはこの場で倒すのが優先事項。

 しかし、その彼女を護衛しているであろうヒューマンは未知数の敵だ。2対1でもあるし、突っ込むのは得策ではない。遠くから《マーキング》を命中させるのが安全のような気がする。


 奇襲し、とにかくメラニーに目印を付ける。

 その為にまず《火撃Ⅱ》を起動。これは腰のベルトに装備している魔法石だ。ヒューマンであれ、鳥人であれ火に関する魔法は生身で受けたがらない。注意を引くのに丁度いい魔法だ。

 ――準備完了。よし、大丈夫。私はやれる……!

 グロリアのパーティにはセレクションに入って貰わなければ困る。弟の治療費と、自分自身の生活の為にもだ。


 深呼吸し、次の瞬間。

 エルヴィラは密談する二人の間に、生成した火球を放り込んだ。


「……! メラニー!」


 先に反応したのはヒューマンの女。

 すぐに飛来物に気付き、メラニーの服を引っ張ってそれを回避させる。反応が思ったより早いが、本命は火球とは別のタイミングで放たれた《マーキング》だ。

 この魔法、橙色の液体を飛ばすのだが対象に付着した後は色が消える。火球もおよそ橙色である事を考えれば、これを隠れ蓑に本命の弾を少し遅れて撃ち出すのが最も回避され辛い――

 と、グロリアがそんなテクニックを教えてくれた。

 彼女の他ギルド員と違う所がこれだ。魔法の仕様を理解し、それを最大限活用して今まで生きて来たであろう実績。こなれていると言えばそれが近いだろうか。


 案の定、そういった仕様を知らないであろうメラニーのひらひらと長い服の袖に《マーキング》魔法が命中する。《火撃Ⅱ》の回避に気を取られて、衝撃がほぼ無い魔法の命中に彼女は気付いていない。

 ――よし! 一番大事な作業は完了!

 あとは撤退するか、或いは交戦するかだが――


「あれぇ? もしかして、エルヴィラちゃん?」


 件のメラニーがこちらに気付いた。名前を呼ばれ、足が止まる。

 嘲笑うかのような表情を浮かべた鳥人が、やっぱりと面白そうに手を叩く。羽根同士がぶつかり合って、サラサラと音を立てた。


「見て、ドロシーちゃん。この子が、ドロシーちゃんの前任!」

「彼女が例の。リッキーに追い出された……」


 ――私の後釜なのか、このドロシーっていう人。

 とても複雑な気分にエルヴィラはぐったりと溜息を吐いた。通りで追い出すまでが早かった訳だ。

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