14.作戦も立てられない

 ***


 そんなこんなで入れ替え戦の当日。

 元闘技場、現投影場を貸し切りにして行う《レヴェリー》の一大イベントだ。観客もそれなりに入っているらしいし、貸し切りなので当然両パーティ専用の控室だってある。


 その事実を前にエルヴィラは緊張で震える息を吐き出した。

 入れ替え戦は過去にも経験した。ロボのパーティに叩きのめされる、という嫌な経験である。これのせいでややトラウマだ。敗北後のリッキーときたら、荒れていて目も当てられなかった。


 ――いや、今はそんな事を思い出している場合じゃないわ。

 そう、この日の為にグロリア達監修のもと鍛錬を繰り返した。確実に数日前よりは強くなっているはずだ。

 主に《マーキング》魔法の命中精度を向上させ、この魔法のちょっとしたテクニックを教えて貰ったりなどした。流石はグロリア、魔法の仕様をよく理解している。


 現実逃避しても消えない緊張に、誰でもいいから話し相手になって貰おうとエルヴィラは顔を上げて控室内を見回した。

 まず我等がリーダー・グロリア。椅子に座り、無表情で机に視線を落としている。何を考えているのかまるで分からない。見る限り平常運転。話し掛ける勇気が湧かない。

 そんなグロリアをぼんやり眺めているベリル。やはりどういう感情なのか分からない。話し掛けると文句言われそう。

 次にジモン。ソファに陣取り、腕を組んで目を閉じている。眠っている様子ではなく、精神統一だか何だかしていそう。これもまた話しかけられる雰囲気ではない。

 絶望。どうなっているのだ、このパーティは。静かすぎる。


 が、ここで口を開いたのは年長者のベリルだ。やはり、彼やグロリアあたりになるとどんな状況であっても話題を振って許されるのだろう。


「グロリア。対戦相手の情報で知りてぇ事は無いのか? 丁度、追い出されたアホがうちのパーティにいるんだから」

「もしかして私の事を言っている?」


 ストレートな悪口に絶句していると、グロリアがのろのろと顔を上げ、そして唐突に訊ねた。


「……そういえば、リッキーのパーティに狙撃手は何人いるの?」

「言われてみれば重要な情報ですね。うちのパーティには隠密メインの人材はいませんから」


 ジモンの補足説明により、どうしてそんな事を聞かれたのか納得する。

 対人戦の場合、狙撃手に潜まれるのは大きな問題となる。近づくまでに蜂の巣にされるかもしれないし、見つかると距離を詰めるのが難しい。

 であれば狙撃手に見つからない行動を取れる者が必要となるが、ジモンの言った通りグロリアのパーティにそれを専門とするメンバーはいないという訳だ。


「一人よ。一人だけ」

「一人。それならいいけれど。見つけたら教えて」

「分かったわ。でもグロリア、流石に狙撃手が一人でいるところに遭遇したら私でも対処できるから!」

「……一人では行動していないと思うけれど」


 グロリアはもしかしたら知らないのかもしれないが、初期地点は皆ランダムである。最初に遭遇すれば、狙撃手でさえ一人の可能性があるのだ。


「……あ。そうだ、グロリア。作戦とかは立てないの?」


 ふと気付いてリーダーにそう訊ねる。

 しかし、横からベリルがあまりにも適当過ぎるプランを挟んだ。


「作戦だ? いつも通り、当たった敵を処理するだけだろ。ないとは思うが、対処できないような奴が相手なら早めに連絡しろよ」

「了解です。ま、特に話す事はありませんね。お嬢も、別に後衛には拘らないで立ち回るんですよね?」

「うん」


 ――それは……作戦とは呼べないのでは!?

 危機感が大きく膨らむ。《ネルヴァ相談所》在籍時代からこの大雑把な行動指針らしきものを作戦などと呼称していたのだろうか。

 流石にこのまま話題を流されてしまうと恐ろしいと感じ、慌てて警戒を煽るように言葉を発する。


「待って待って、それで本当に大丈夫? 不測の事態なんかが起こったら……」

「予想できねぇから不測の事態なんだろうが。その場で別の方法を考えるだけだ」


 ばっさりベリルに切り捨てられてしまった。

 代わり、助け舟なのか何なのかグロリアが事も無げに告げる。


「先輩は練習した立ち回りで問題ありません。私の手が空いている時なら、すぐにフォローします」

「あ、もしかして私だけ作戦を決めてくれた感じなのかな?」


 他はほぼ自由行動のワンパクなパーティ、それがグロリアのパーティ。


「いやでも、グロリアは知らないかもしれないけれど初期地点はランダムだから! 気を付けて」


 聞いていたジモンが眉根を寄せた。


「その情報で一番気を付けなきゃいけねえのはお前だ、エルヴィラ。初期地点で敵に囲まれていたら、早めに離脱宣言しておけよ」

「死の連絡をしろと……!?」

「いるのかいないのか分からないと、お嬢がお前を捜すだろう」

「う……。介護されている身分だからぐうの音も出ない。死期を悟ったら辞世の句を詠むわね、グロリア」

「分かった」


 グロリア本人はうんうん、と頷いている。もしかして、辞世の句の出来を期待されているのだろうか。死なないようにしようと誓った。

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