13.意外と知り合いが多い(3)
早くこの面子での留守番よ終わってくれ、ジモンが心中で祈りを捧げていると不意にベリルが口を開く。
どうやらゲオルクとグロリアの話題は上手く受け流したらしい。執務室に様子を見に行くだのと言いださなくてよかった。
「そういやジモン。このペースでクエストを受ければ、来月辺りには受注数を減らせるぞ。金が貯まってきた」
「貯金、上手ですよね。ベリルさん」
「そうだろ? 付き合わせて悪かったな。これなら週3くらいで休めるぜ」
「へえ。それは有難いですね。俺の武器、武器屋に預けると手入れに時間が掛かるんで。まとまった休みが欲しいんですよ」
待って、と非常に慌てた様子でエルヴィラが抗議の声を上げる。
「クエスト数、減らさないで! 私にはもっとお金が必要なのよ」
「はあ? それなりに稼いでるだろ、どんだけ金遣いが荒いんだ。これだからヒューマンは……」
空気が張り詰める。
ベリルに金の話題は危険だ。特にああやって潤沢な資金があるにも関わらず、もっと欲しい更に欲しい、みたいな手合いは危険。
クエスト数を減らされるのが痛いのか、必死のエルヴィラは空気感の異常性に気付いていない。
赤の他人ならばベリルが暴れ出しても傍観を決め込むのだが、相手はパーティのメンバー。エルヴィラが怪我をすれば、グロリアが悲しむのも明白だ。つまり、手が出そうなら止めなければならない。
ジモンはこっそりと頭を抱えた。もしかして新入りの彼女は、他人の地雷原でタップダンスを踊るのが趣味なのだろうか。勘弁してもらいたい。
ベリルの異様な空気を意に介さないエルヴィラは、金遣いが荒いという指摘に対しごく普通の世間話のような、或いは身の上話でもするかのようなノリで答えた。
そこには人間のみが持つ厭らしさは無いが、同時にベリルを気遣う媚も無い。
「いやそれが、弟が病気で……。私は医者じゃないから聞いてもよく分からなかったけれど、珍しい病気で治す為の薬が高額なんだよね。それに症状を緩和する薬? っていうのも高くて高くて……! 正直、今でもギリギリ黒字って感じで貯金もままならないのよ」
「……ああ、そう……」
ベリルの毒気が完全に抜けたのを見て、ジモンは肺から緊張した空気を吐き出した。流石、グロリアが気に入るだけあってエルヴィラの人間性はまともである。
殴り合いの喧嘩には発展しないと悟り、緊張でカラカラの口内を潤すべく水を煽る。今日で一番美味しい水だったに違いない。
もう一口――
「そういや、俺の角は高値で売れるらしいぞ?」
「ブッ!!」
「おい、汚ねぇだろ!」
――地雷を投げるのはもう、反則だろうが!
ジモンは心中で悪態を吐きながら、テーブルを布巾で拭く。
この話題の危険度は最上級と言って過言ではない。何せ、ベリルが自らこの話題を投げ掛けたにも関わらず、グロリアはその場から即座に離脱した記憶がある。しかも一時帰って来ず、話題の発起人であるベリルが首を傾げながら捜しに行くという地獄までセット。
無論、これまで空気を一切読めなかったエルヴィラがこの空気だけ読み切るなどという展開になるはずもない。
シンプルにブラックジョークと受け取ったエルヴィラは「ははは」と危機感もなく笑い声を漏らしながら、あくまでジョークだと思っているそれに乗っかった。
「何それ、竜人ジョーク? だいたい、どうやって角なんて回収するの? ……まさか、脱皮するとか?」
「は? する訳ねえだろ。……少量でいいならヤスリで削って、たくさん欲しいなら刃物で切断がセオリーだったはずだ」
「ええ!? 血生臭いし、完全に密猟じゃん! 要らない要らない、人体の一部は要らない!」
「へえ? しかし竜人の角の回収方法を知った訳だよな? 角が減ってたら、お前を真っ先に疑うわ」
「ちょっと! やめてよー!」
案外普通に会話しているのを見て、ジモンは震えながら胸を撫でおろした。
この空気の読めない女が入って来た時、流石に何を考えているんだお嬢と思ったが杞憂だったようだ。グロリアの見立ては間違っていなかったらしい。リーダーはきちんと衝突しない気質のメンバーを選んだのだ。
何にせよ、彼女が選んだメンバーにケチをつける事は無い。個人的な意見としては、グロリアがいれば、それでいいからだ。
「――盛り上がっているみたいだね」
ふらっとグロリアが戻って来た。
憎まれ口を叩くベリル、それを受け流すエルヴィラを見て出た感想がこれなのがもう格が違う。
主人が帰った事により、ジモンも少しばかり気を取り直した。
「お帰りなさい。サブマスターの用事は何だったんです?」
「《投影》の会場決め。くじ引きだったけれど、イーランド自然公園になったから」
「それはいいですね。引きが強い」
悠然とした立ち姿の彼女は何事も無かったかのような顔をしているが、会場決めだけであったのならば確かに戻りが遅かった。
そう感じたのか、ベリルによる無意識の保護者チェックが入る。
「遅かったな。他に何か連絡でもあんのか?」
「ない。……帰りに知り合いと鉢合わせたり、リッキーさんと会ってしまっただけ」
「リッキー……?」
対戦相手の名前を完全に忘却しているベリルに、耳打ちしてその事実を伝える。へえ、と竜人は興味の無さそうな声を漏らした。
「ああ。この小娘を追い出してうちに押し付けた奴か」
「言い方!」
途端に騒ぎ出すエルヴィラを、リーダーは心なしか微笑ましそうに眺めているようだ。
「お嬢、この後は何か予定が?」
「ないから、もう解散」
本日はお開きのようだ。
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