12.意外と知り合いが多い(2)

 ――悪い事って、続くんだよね。

 ゲオルクの執務室から足早に離れようとしていたグロリアだったが、廊下の角を曲がった所で先程よりもより気まずい相手と遭遇してしまった。


「ああ、お前、セレクションじゃないから別枠で呼ばれてるのか。良いご身分だな。これだから運営のお気に入りは羨ましい限りだぜ」

「……こんにちは。リッキーさん」


 舌打ちされてしまった。

 憎々しげな顔をしているリッキーその人は、お世辞にもお喋りを楽しみたいようには見えない。明らかに歓迎はされていないし、当然してもいないと言うのにベラベラと話始める。


「おい。俺はお前ごときになんか絶対に負けないからな。お前も、金の亡者のゲオルクも必ず引き摺り下ろしてやるから覚悟しておけよ」

「……」


 反応に困り、口を噤んでしまう。それはリッキーの怒りを更に煽ったようで、睨み付けられてしまった。盛大に燃える炎のような苛烈さに、それを向けられているこちらの方が疲れてしまう。

 ――と、ここで憎しみや怒り、そういった過激な感情がふと凪ぐ。

 情緒が不安定過ぎるが、今度は馬鹿にしたようなそんな態度を取り始めた。


「そういえばお前、うちから追い出したエルヴィラを拾ったらしいな?」

「はい」

「あの役立たずを拾って、お人好しアピールか? 顔が恐いし、取っ付き辛いもんな。グロリア。良い奴ぶって、バランスを取ろうって?」

「……いいえ」

「何が違うってんだよ。でももう気付いてるだろ? あいつ思ったよりずっと使えないって!」

「一人くらい戦闘員ではないメンバーがいても、問題ありませんから」


 そもそもエルヴィラは事務要員としてパーティに入れたのだ。なので書類のあれこれを全て引き受けてくれている時点で役割を果たしていると言える。

 当然、そんな事情は一言くらいでリッキーに伝わるはずもない。先程までの嘲笑は消え失せ、心底気に食わないと言わんばかりに眉根を寄せた厳しい表情を浮かべる。


「は、澄ました態度取りやがって。俺達には非戦闘員が一人二人いようが負けないって? そのスカした感じが前から嫌いだったんだよ」

「……私の事をパーティに誘ってませんでした?」

「ああ、誘ったさ。戦闘能力だけはピカイチだってのは分かってたからな。だが、仲間じゃないなら目の上のたん瘤以外の何者でもないだろ」

「……」

「とにかく、当日を楽しみにしてろよ。鼻を明かしてやる」


 吐き捨てるようにそう言ったリッキーはもう一睨みすると、ゲオルクの執務室へと歩き去って行った。

 どっと疲れたような気がして、外であるにも関わらず溜息を吐く。

 人の激情は苦手だ。こちらは何とも思っていないのに、自分自身の気力まで相手の激情で燃やされるかのような心地になる。


 何はともあれ、パーティの皆をロビーに待たせたままだ。早く戻らなければ。

 げんなりした気分のまま、グロリアは歩みを再開した。


 ***


「お嬢、戻って来ませんね」


 ギルドのロビーにて。

 ジモンは小さくそう声を漏らした。


「ああ? そのうち戻って来るだろ。しかもそんなに経ってねぇよ」

「ゲオルクさん、グロリアがお気に入りだもの。話し込んでいたりして?」

「絡まれてるって事か……?」

「え? いや知らないけれど……?」


 悩みの種はこれだ。

 この場にはベリルも、新入りであるエルヴィラもいる訳である。


 ジモンは《ネルヴァ相談所》に最後に加入したのだが、ここの連中は癖が強い。そして案外と複雑な人間関係が横たわっており、それに伴って『しない方が無難な話題』なるものが幾つか存在する。


 その中の一つがこれ――ベリルに下手なグロリアの話題だ。

 長命種と短命種が同じ所属にいると起こりがちなのだが、短命種の成長が早すぎるあまり長命種側がほぼ短命種を育てたと言って過言ではないくらい時間を共にしているシチュエーションが存外とある。

 グロリアはかなり幼い頃から《相談所》に在籍していたのは事実なので、ベリルから見ると彼女は大きな子供なのだ。

 ああやってグロリアは自分で出来ると口では言いつつも、不安要素をチラつかせられるとすぐに乗ってしまうのだ。


 事実としてグロリアは子供と呼べる年齢ではなく、多少のトラブルも自身で解決する力がきちんと備わっている。だけど、時の流れがゆったりな長命の竜種はその事実を正しく認識出来ないのだ。

 そういった認識の齟齬はジモンもよくよく存じているので、こうやってすぐ不安要素の話をすると狼狽えるベリルを見て、そういった話題をなるべく振らないようにした。気遣いと言えばそうだし、主にベリルが面倒だったからとも言える。


 話はエルヴィラに変わるのだが、彼女は恐らく長命種全般にそういう要素がある事を知らない。ヒューマンしかいないような場所で生きてきた可能性が高い。

 ヒューマンは全種族の中で最も数が多く、そうであるが為に小さな村一つを開けてみるとヒューマンしか住んでいないなんて事はザラにある。

 だから彼女は何故ベリルが唐突に不安そうにするのか理解できないのだと思う。

 悪い人間ではないけれど、人の悪意には触れずに生きて来た運の良いヤツ、それがジモンの彼女に対する感想だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る