11.意外と知り合いが多い(1)
退室したグロリアはこっそりと息を吐いた。
そもそも執務室へ行くのは気が滅入る。それに加えて後日開催される緊張イベントの打ち合わせともなれば、胃の辺りがキリキリと痛くなってしまうのも当然だ。
「――……?」
この人気のない廊下に静かな足音が幾つか響いていると気付き、顔を上げる。
丁度そのタイミングで角を曲がって見知った顔――元リーダー・イェルドと同期のロボ、そしてイェルドではないもう一人の男性エルフが現れた。
珍しい組み合わせではあるものの、すぐに合点がいく。彼等はセレクションのパーティリーダー達だ。名前は忘れたが、もう一人のエルフもセレクションの中にいたはずだ。
――この後、ゲオルクさんと用事があるのかな。
というか、それしか考えられない。入れ替え戦の影響が関係のないセレクション・パーティに波及しているという事実は、グロリアの胃を更に痛めた。
「グロリア! 久しぶりだな! 元気にしてたか?」
「うん」
こちらの姿を確認し、一番に声を掛けて来たのはロボだった。手を振ってご機嫌そうだが、彼は通常時からこうである。
イェルドが微笑ましそうな表情を浮かべた。もう彼のパーティのメンバーではないが、保護者然とした態度は変わらずだ。
「やあ。入れ替え戦の打ち合わせだったか?」
「はい」
「そうか。贔屓は良くないが、元パーティメンバーとして応援しているぞ」
「……ありがとうございます」
他愛のない世間話。そして――
グロリアは失礼にならない程度に、面識はまるで無いはずの男へと視線を向けた。
「……」
互いに話す事は無く、故に交わす言葉もない。
しかし彼はじっとこちらを見ており、その視線ときたら何か形容し難い感情の渦のようなものさえ覚える。彼に何かしただろうか? まるで記憶にない。
しかし空気を読まないロボが世間話を続ける姿勢を見せたせいで、強制的に思考を奪われてしまう。
「リッキーに勝てば、グロリアも晴れてセレクション入りかー。うん、楽しみだな!」
「気が早いな、ロボ」
「悪いとは思ってるんですけどね。でもほら、リッキーさん、俺のパーティにも負けてるし。まさかグロリア相手に10位死守は難しいと思いますよ」
「……ロボ、9位じゃなかったか? そういえば、お前は入れ替え戦に出ないんだな」
「いや俺の所はリッキーに勝って10位と9位を入れ替えたんで。やっても無駄だからやらん、ってゲオルクさんが言ってましたね」
「――ふむ。それもそうか。やはり無理なタイミングで入れ替え戦など始めたらしい事が伺えるな。例年とは違う流れだ」
「総入れ替え戦なんて、そうそうやらないらしいですし」
総入れ替え戦、話だけは聞いている。
セレクションの順位整理のようなもので、不定期の開催とされ、ここ数年は全くやっていないそうだ。つまり順位を上げたければ下剋上形式となる。
ふふ、とここでそれまで黙っていた件のエルフ男性がロボの話を鼻で笑った。
「それ、もうやる事ないですぞ。Sランクのパーティが、Aランクパーティにジャイアントキリングされる、なんて不祥事を起こした馬鹿っぽいトラブルがありまして。ギルド協会からそういうのは止めてくれとお達しが出てんだわ」
「えー、ロマンがあって良いと思ったんだけどな!」
「ええー、元気だなあ。僕はそこそこの順位で良いんで、面倒なイベントはキャンセルしたいっすわ」
「クリメントさん、物知りだよな」
「何年ギルドにいると思ってんだか。これだから短命種は時間の概念が滅茶苦茶なんだよな」
エルフの男――改め、クリメントはニヤニヤと笑っている。あまり周囲にいなかったタイプだ。
ふと、コミュニケーション能力の化身であるロボが思い出したように手を打つ。
「あ! 放置してて悪かったな、グロリア! えーっと、リッキーのパーティは……鬼人の――」
「待て待て」
何らかの情報を提供してくれようとしたロボだったが、驚いた様子のイェルドに停められた。元リーダーは首を横に振り、同期のそれを押し留める。
「それはマナー違反だな。グロリアが自分で調べたのなら止めないが。恐らくはリッキーもグロリアのパーティがどういう風に立ち回るのかを知らない。こういうのはフェアにやった方が、後から不満が出ないものさ」
そうですな、と独特の言い回しでクリメントが同意した。
「ただでさえ、ゲオルク氏の私的な感情が入りまくってそうな入れ替え戦ですし? ド素人共がやらせだとかなんだとか言い出しかねないんで、是非グロリア氏には奴を完膚なきまでにボコボコ、もとい言い訳が出来ないくらいに捻り潰していただく方向でお願いしますわ」
「クリメントさんの方が民衆に叩かれそうだよな!」
「ぐっ……! 強めのカウンター、止めてくれ……。これだから陽キャは」
それはそうと、とイェルドがクリメントを半目で見やる。
「……自分で自己紹介も出来ないようだから、俺が紹介しておこう。悪いな、グロリア。彼はクリメント。知っているかもしれないが、セレクションパーティのリーダーだ」
「――どうも……」
「クリメントは、グロリアと急に会って緊張しているが気にしなくていいぞ」
これが緊張している人間の挙動か? ちら、と件のクリメントを見やる。目が合った瞬間、先程までよく動いていた口は閉ざされてしまった。初対面のはずだが、もしかしてもう嫌われているのだろうか。
イェルドの下手なフォローに内心で文句を並べる。一先ずこの場からお暇した方が良さそうだ。
「イェルドさん。私、戻りますから」
「ああ。引き留めて悪かったな」
気まずい空気から逃げ出すように、グロリアは足早にその場から離脱した。
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