10.先輩が前向きすぎる(7)

 ***


「――……はっ!?」


 自分の首がコロコロと転がる体験をしたエルヴィラは、投影室備え付けのベッドで目を覚ました。吐き気を催すような出来事にぐったりと息を吐く。

 ――敵のジモン……こっわ……!

 流石、《相談所》元メンバー。これが現実だったらと思うとぞっとする。本当にただの《投影》でよかった。


 しかし、そんなセンチメンタルな気分も長くは続かなかった。

 カーテンで仕切られた隣のベッド――つまり他の仲間達の話し合う声が聞こえてきたからだ。


「何を余計な手間増やしてくれてんだ、ジモン」

「先輩、全然起きてこないけれど。《投影》内で殺されたらこうなるの?」

「それは個人差があるんじゃないですかね、お嬢……。あ、いや、余計な手間かけてすんません」

「どうして急に横で虐殺を始めたの、ジモン? 少し待っていてくれればよかったのに」

「いやあの、はあ、申し訳ない……」


 ――私が要らない事をしたせいで、ジモンがグロリアとベリルに詰められている!

 相談所メンバーの3人には、先にも述べた通り力関係というものが存在する。リーダーであるグロリアがベリルより少し強く、ジモンはその下。エルヴィラは新入りなのでその下を見ている状態だ。

 なのでお偉い2人に糾弾されているという状況になる。慌てて起き上がり、仕切りのカーテンを開け放った。


「ごめんなさいいいい!! 私から仕掛けて、ジモンは応戦しただけなのよ!」

「ハァ? 何故? 手の込んだ自殺か?」


 心底理解できない、そんな顔をするベリルに心中で同意する。グロリア戦を見ていたら何故かやれるような気がしてきた、などと伝えようものなら怒られかねない。


「――それは良いけれど。ベリルが鍛錬に横槍を入れて、先輩が事故ったんだから、魔法の狙いはベリルが教えてよね」

「前後の文脈繋がってねえだろ、正気か? 無表情の圧で正当な事を言っているような空気を出すな。俺は騙されないぞ」

「……。教えるの、自信が無いからちょっと手伝ってよ」

「最初からそう言えよ。おう、いいぞ」


 グロリアにこんな事を言えるのは、きっとベリルだけだ。知り合いがギルドに来てよかったね、そんな風に思いながらジモンをチラ見する。彼は彼で会話の行き先をハラハラしながら聞いていたようだ。

 ――もしかしてジモンって、私と立場が似ている?

 自分との違いはベリルに気を許されているか、そうでないかだけなのかもしれない。どのくらいグロリア達と行動を共にしていたのかもよく分からないし。


 おい、とベリルがこちらへ不機嫌そうな声を発した。


「何をぼんやりしている。《投影》に入り直して、お前の魔法の鍛錬をすんだよ、早く戻れ」

「アッハイ」


 こうして、《投影》であるにも関わらずヘトヘトになるまで狙いの付け方を教えられた。9割くらいベリルが教えてくれたが、それはどうなのだろうか。ちょっとの域を超えているのではないだろうか。

 誰も何も疑問を呈さないので、そのまま突き進んで解散になったけれど。


 ***


 エルヴィラと魔法の鍛錬を行うようになってから数日。

 サブマスター・ゲオルクに呼び出されたグロリアは、彼の執務室を訪れていた。


「――この箱は?」


 そんなグロリアの眼前には箱が置かれている。紙で出来た箱で、上部に丸い穴が空けられているが、その穴から中が覗けないように細工されているようだ。

 ゲオルクは無駄を嫌う人間である。

 淡々と言葉を吐き出し、箱と呼んだ目的を同時に話始めた。


「入れ替え戦のステージを決めるが、くじ引きで決めるルールでな。くじを引くのは挑戦する側という決まりもあるから、お前を呼んだ」

「ああ。ステージを……」

「ちなみに、闘技場は人数の関係上、とても狭くなる事を考慮して入れていない」

「そうですか」


 促されるまま、箱に手を突っ込み、最初に指先に触れた紙を抜き取る。そこからどうしていいのか分からず、それをそのままゲオルクに手渡した。

 サブマスターが折り畳まれた紙を広げる。


「――イーランド自然公園。成程、良い場所を引いたな。狙撃手には有難いステージだろう」

「そうですか」

「あまり……お前達には関係が無さそうではあるが」


 少し何か考えるように黙ったサブマスターだったが、やがて頭を振ると重々しい溜息を吐き出した。


「お前は本当に無口だな。用事は以上だ。……何かあれば訊ねに来るといい。当日を楽しみにしている」

「はい。失礼いたします」


 ゲオルクに背を向けて退室を急ぐグロリアは、こっそりと息を吐き出した。彼の事は少し苦手な上、こういった場所に呼び出されると緊張する。ベリルも何かやらかしているかもしれないし、早急にロビーへ戻るとしよう。

 退室時にサブマスターへ礼をしたグロリアは、静かにドアを閉め軽い足取りで歩きだした。

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