09.先輩が前向きすぎる(6)

 ジモンが自らの気付きで落ち込んでいる間も、グロリアとベリルの睨み合いは続いている。


「勘を取り戻して来たのかよ。今の反射神経は2年前と同じくらいだったぜ」

「……ちょっと、目が覚めてきた」

「それは何より」


 そう返すグロリアだが、エルヴィラが見る限り状況は悪い。

 左足は氷の床に埋まっている――即ち足ごと、地面を凍結してしまって身動きは取れない。ベリルの間合いは中距離を維持しているが、彼の意志一つで容易にその間合いは消えるだろう。

 更に竜人とヒューマンでは埋めがたいスペックの差まである。ここから巻き返せるビジョンが湧いて来ない。


 ベリルは腹をすかせた肉食の魔物よろしく、ゆっくりと遠巻きにグロリアの周囲を歩き、背後に回ろうとしている。手は抜かないようだ。

 身動きの取れないグロリアは首の可動域をギリギリまで使い、ベリルが視界から外れないように細心の注意を払っている。無機質な目はベリルを追っているものの、やがてそれも限界に到達する。

 ここから彼の動きを視界に入れる為には首を逆に回す必要があるが、そんな大きな隙を彼が見逃すはずがない。


「――お嬢の《防壁》を割る。それから本体を攻撃」

「それは? ジモン」

「ベリルさんが今から取らなければならない行動だ。これを1つにまとめて仕掛けるはずだが、どの方法で一纏めにするのかは動き出さないと分からないな」

「つまり、グロリアには攻撃の防ぎようがないって事?」

「そうなる。が、お嬢が降参しないのなら、まだ考えがあるのかもしれないな」

「がんばれグロリア……!!」


 ベリルが足を止めた。

 グロリアという獲物が自分の姿を視界に入れられていない事を確かめているような挙動の後、静かに腰を落とす。人間に飛び掛かる3秒前の猛獣と同じである。


「――ん? あれ、グロリアの見ている方向……」


 祈るような気持ちで彼女に目をやって気付く。それまでベリルを追っていた無機質な瞳は全然別の方向――主に斜め下を見ている。グロリア自身の胸のあたりだ。

 それが何を意味するのか。考えが及ぶ前にベリルが音もなく駆け出した。


 まるで動き出したのが見えていたかのように、あっさりと氷の床から足を引き抜いたグロリアが突っ込んで来たベリルの方を振り返る。その手には短剣が握られていた。

 自ら突っ込んで来た竜人の通り道に切っ先が置かれているようなものだ。

 グロリアの突き出した短剣の切っ先はしかし、咄嗟の反射によってベリルが腕で防御姿勢を取った為に致命傷とはならなかった。

 刃ごとグロリアの腕を振り払う。その動作により、ベリルもまた腕に傷を負ったがやはりそこは頑丈な竜人の皮膚。浅い。


 グロリアもそれは分かっているようで、さっさとその場から離脱。長距離とまでは行かないが、即座に距離を開けた。武器は魔弓に切り替わっている。


「《サーチ》を見ていた訳か」


 いやに冷静なジモンの声で我に返る。あの不自然な視線の先には、ベリルの動きを点で捉える為の魔法があったらしい。

 グロリアに不審な動きはほぼ無かった。《サーチ》も手や杖での位置指定はせず、全てを頭の中だけで完結させた動き。


「氷の床は?」


 答え合わせは意外にもベリルによってされる。


「凍ってると思っていたが、氷を張る時に足の周りだけ避けたな? グロリア」

「《風撃》を別起動させて、足の周りだけ凍らないように魔法を吹き飛ばした」

「そういう小賢しい所は嫌いじゃないぜ」


 ――これが《相談所》か! 現役の時に出会わなくて、本当によかったわ……。

 エルヴィラは内心でほっと安堵の息を漏らした。まさか、かつては恐れられていた集団が3人も自分のパーティにいるとは。巡り合わせというのは分からないものだ。


「何だか興奮してきた。私もあれ、真似したい!」

「は? どれの事言ってんだ……? なんにせよ、上手く立ち回れるようになってから言え」

「私もやれる気がしてきたわ」

「これを? 無理だろ……現実、を……!?」


 見ているだけでは何も上達しない。折角なので、こちらも鍛錬しようと思いエルヴィラは腰の剣を抜いてジモンに斬りかかった。

 驚いたジモンが即座に回避姿勢を取ったものの、間に合わずに肩口を薄く切り裂く。強面が引き攣る瞬間が確かに見えた。


「――……上等だ。エルヴィラを遊ばせておくわけにもいかねぇからな」

「もしかして、意外と短気……!?」


 あのギロチンじみた大斧が振り上げられる。

 先程は恐いと思ったし、今も恐いがそんな事は言っていられない。恐らく上から下に振り下ろされるのだから真横に避けて、それでグロリアみたいにカウンターをお見舞いする。


 我ながら完璧なプランだ。

 思い描いた通り、降って来た刃を躱した――のだが、ここで誤算が発覚する。それは思っていた以上に大斧での一撃が強烈であった事だ。

 地面に叩きつけられた衝撃で、バランスを崩す。風圧だけで怯んでしまったのだ。

 そうした一つの綻びに加えて、二撃目が存在するという予想外の事実も牙をむく。


 獣人の反射的な動きはヒューマンを軽く凌駕する。逃げた獲物を追う草食獣は瞬時に反応し、振り下ろした大斧を間髪入れず振り上げた。ただしこれは二撃目の呼び動作などではない。

 振り上げる、という攻撃行動だ。斜めに振り上げられた斧の刃が正確にエルヴィラの喉元を捕らえ、首から上を撥ね飛ばす。《投影》なので痛みは感じないが、嫌に明瞭な視界のブレと、そして暗転。トラウマになりそうだ。

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