08.先輩が前向きすぎる(5)

 グロリアを見下ろすベリルが低い声を漏らす。何かお怒りの様子だが、エルヴィラには急なテンションの乱高下の理由がまるで分からないのでただただ困惑するばかりである。


「さっき手合わせして気付いたが――グロリアお前、ちょっと弱くなったんじゃねえのか」

「……そうかな?」

「あのエルフ、子供だと思って相当甘やかしたな。叩き直してやるからかかって来いよ」

「今?」

「そう、今。エルヴィラがポンコツだろうと、ジモンが失敗しようととやかくは言わない。だがお前は駄目だ。お前は強くなければならない、弱さが許されない。俺をまた仲間にしたんだからな」


 それが二人の間でどういう意味を以て行われたやり取りなのかは読み取れない。

 しかし、確かに思う所があったのだろう。グロリアがゆらりと動いた。手の中にはいつの間にか切れ味の良さそうな短剣を握っている。

 通り魔の犯行現場を目撃した一般人のような気持ちで声も出せずその光景をただただ見つめていたエルヴィラは、唐突な動きに目を見開いた。


 呼び動作はほとんどなく、下段から上段へと刃物で切り付けるような攻撃。

 上体を逸らし、ギリギリで回避したベリルが流れるように後退する――のをグロリアが《火撃Ⅰ》らしき魔法で追撃。純度の高い暴力行為が始まったのを、くらりと眩暈を覚えながらも観戦してしまう。


「えぇ……?」


 そろそろと移動してジモンの隣に立つ。一瞥されたが、それだけだった。

 ドン引きしたような声を漏らす獣人の彼は、今はエルヴィラの事などどうでもいいらしかった。

 それでも仲間との交流を図ってみようとめげずに声を掛けてみる。


「あの二人って、いつもあんな感じで急にドンパチ始めちゃうの?」

「流石にここまで急に始まったのは初めて見た」


 ジモンは頭が痛そうだ。時間も無いのに、と零れた言葉もばっちり聞こえている。ヒューマンは獣人程聴覚に優れる訳ではないのだが、単純に彼の小声が大きい。


「そうなのね。でも滅多に見られないレアな光景ってことかな」

「そうとも言えるが……あれは参考にするな。お前の為にはならない」

「参考に出来るレベルを超えてるのよね。でも……分かる人に解説して欲しいなあ」

「……まあ、いいだろう」

「ありがとう!」


 溜息を吐いたジモンだったが、彼は根が真面目な人物である。すぐにお願いした解説を始めてくれた。


「お嬢の立ち回りはどの位置からでも相手を再起不能に出来る攻撃を撃ち込める、場所を選ばないアタッカーだ。立っている場所によって使う武器も魔法も変えるが、俺達が前衛だからか基本は裏にいる事が多い」

「ふむふむ」

「ベリルさんは長距離以外、どこにでも立てる。あの人は角が邪魔な上、キラキラしているのが目立って潜伏が出来ないから、狙撃はそもそもやらない。出来るのかも聞いた事は無いが、お嬢がいる内はやらないだろう。今回も長距離の間合いは使わないはずだ」

「あ、ベリルさんはオールラウンダーじゃないんだ。了解。……そもそもどっちが強いの?」

「俺が《相談所》へ来た頃には、ベリルさんの勝率が高かったな。が、お嬢も負け続けている訳でもない。今はどちらが強いか分からないが、ベリルさんの言っている事が正しければ軍配はあの人にありそうだ」


 ああそうだ、とエルヴィラは手を打つ。


「あの二人、どういう関係性なの? 仲良いわよね」

「それは今聞く必要がある事か? 俺は《相談所》入りが随分遅かったから、出会った時からああだったが。話は色々聞いているが、それをお前に共有するべきだとは思わない。本人たちに聞く事だな」

「それもそうだね。そうしよう。楽しみだなあ……」

「見ないタイプの人間だな、お前」


 鉄と鉄がかち合う、甲高い音で視線がグロリア達の方へと吸い寄せられる。

 グロリアはいつの間にか小振りのメイスを装備していた。それを遠心力で以て振り回し、ベリルの持っていた片手盾を弾き飛ばす。先程の破壊的な音はこれだったようだ。


「はは、困ったらゴリ押ししようとする癖が前からあるだろ、グロリア。焦ってんのか?」


 余裕がありそうなベリルがそう言って煽るものの、グロリアは通常運転。顔色一つ変えず、盾を失った竜人の顔面を殴打する勢いでメイスを振り抜いた。

 が、これは空振り――


「あ!!」


 メイスの重さに引かれて、グロリアの上体が泳ぐ。それは恐らくエルヴィラが初めて見た、同時に分かりやすい彼女の失敗だ。流石のジモンも隣で息を呑んだのが分かった。

 しかしベリルはその隙を狙って攻撃、などという事はしない。どころか、やや驚いたような顔をして跳び退った。

 それと同時、先程までベリルが立っていた地面が氷の床へと変わる。ただし、グロリアの左足もまた凍り付いて地面に張り付いている状態となってしまった。


 それをひやひやしながら見ていたのだろう。ジモンが小さく息を吐き、何が起きたのかを親切に説明してくれる。


「魔法の事はよく分からないが、どうやら左足の裏を起点に魔法を発動させたようだ。足の一本を失うのは痛いだろうが……延命としては成功か……?」

「あのままだと、ベリルに頭を握り潰されてただろうから、仕方ないんじゃない?」

「ベリルさんの言う通り、お嬢は少し弱体化したのかもしれない。前はあんな分かりやすい隙を作るような振る舞いはしなかった」

「そうなんだ」

「……あ」

「ど、どうしたの? ジモン」

「いや待てよ。Aランク試験でお嬢と俺でも競った手合わせが出来たのは……お嬢の弱体化が原因……もしかして、俺はあまり強くなっていない……?」

「大丈夫、大丈夫! 強かったって、私は見てたよ!」

「口先だけの励ましは要らん」

「あ、うん……」


 ジモン、真面目過ぎる男である。

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