07.先輩が前向きすぎる(4)

「私は……みんなの役に立てるのなら、どちらかを選ぶわ。私のせいで仲間に怪我させるのは嫌だもの」


 エルヴィラはそう言ってはにかむように笑みを零した。

 スタイルに拘りはない。戦闘慣れした、謂わば先輩にも当たるような人物達が色々と自分の為に考えてくれている事を、スタイルだ何だと否定するつもりもない。

 そもそも指摘される前から、立ち回りがどことなく噛み合っていないのは薄々気付いていたのだ。それを改善する為に案を出してくれるのは有難い。


 頷いたグロリアが珍しく自らの意見を発信する。


「先輩は一先ず中距離魔法アタッカーまたはサポーターにしよう。余裕が出来てきたら、私が剣の扱いは教える」

「カッコいい事を言ってるが、お前に説明が出来るのか? ……いや、出来るってんならそれで構わないが」


 ベリルは呆れている様子だが、グロリアはその言葉を撤回しなかった。しかし、とここでジモンが疑問符を浮かべる。


「エルヴィラの動きを見るに、位置取りは基本前衛です。中距離は間合いの管理が難しい……。そこはどうします? 模擬戦なら問題ありませんが、奴は生身で相手の刃物を受け止めかねません」

「……成程ね。そこは武器を持てよ、と俺でもそう思ってしまったがそうすると同じ事の繰り返しで中途半端になるってわけか」

「でしょうね。ベリルさん達は位置が悪ければスタイルを丸ごと切り替えても問題ありませんが、それの失敗例がエルヴィラです」

「いやだが、エルヴィラ……これに剣を握らせるのは……厳しい」


 こうしよう、とリーダーらしく威厳ある声をグロリアが放った。


「先輩は中距離に位置取りするから、後ろに敵を通さないのは2人の役目。けれどそれは絶対ではないから、先輩は敵が迫ってきたら魔法を撃つのを止めてください。その腰の剣でいなして防いで、私の援護を待ってください」

「グロリアを待つ?」

「はい。私は先輩の目の前にいる敵を優先的に処理します。なので――その片手剣。鞘にスロットがありますね。そこに《マーキング》を固定装備してください」


 ほう、と興味を示したのはベリルだった。それで、と楽し気にグロリアへと説明の続きを促す。


「《マーキング》は武器に付与できる魔法です。魔法を付与された武器が、少しでも対象に触れれば成立します。勿論、撃ち出しても結構です。私は先輩が付けた印を頼りに、機械的に点を処理します」

「そういう事ね。分かったわ!」

「けれど先輩、忘れないでください。私には《サーチ》上にある点が何であるのか分かりません。決して、仲間に印を付けないように。私を人殺しにはさせないでください」

「は……はい」


 いつも通りの無表情、抑揚のない声音――のはずなのに、何故かはっきりと釘を刺されていると分かってしまい、思わず敬語で返してしまった。


 ベリルとジモンが密やかに二人で会話する声が耳に入って来る。


「俺達はグロリアに射殺される可能性があるらしいぞ、ジモン」

「恐すぎるだろ……。やはり、竜人の厚い皮膚でも魔弓は防げませんか?」

「お前等は俺等を鉄の塊か何かだと思ってんのか? あんなもんまともに食らったら、シンプルに人体を貫通する」

「では敵を後ろに通さない、という事で……」

「それが安パイだな」


 ――私の信用が無さすぎる!

 分かっていた事ではあるが、それでも思う所があるのは仕方がないだろう。


 ああそうだ、と思い出したようにベリルがグロリアへと声を投げ掛ける。


「グロリア。一応エルヴィラに、印を付けてからどのくらいで攻撃を仕掛けるのか教えておけよ。仲間の誤射で死ぬのなんざごめんだ」

「先輩。準備次第ではありますが、最短10秒です」

「はっや。いやでもあのアホ鳥の方がまだ大分早いな」

「アホ、鳥?」


 思わず聞き返すと、グロリアが淡々と答えを教えてくれた。


「私に狙撃のあれやこれやを教えてくれた、鳥人の師匠です」

「ああー、分野毎に師匠がいるの? 凄いな、《相談所》……」


 鈍い音がしたと思えば、いつの間にかジモンが突き刺さっていた大斧を回収した。


「ではお嬢。まずはエルヴィラに魔法の練習をさせるという事でよろしいですか?」

「――いいや」


 グロリアと目が合う。無機質なガラス玉のような黒い瞳だ。

 そんな彼女は緩く手を持ち上げると、エルヴィラの胸辺り――恐らくは心臓付近を指さした。


「先輩。魔法を狙って撃つようにしましょう。狙いが……あんまりにも、甘い」

「そうかな? 当たるようには撃っているのだけれど……」

「どこに当たるように狙っているのですか?」

「え、目の前の敵……?」


 自分より少しだけ背の低い後輩はゆったりと首を横に振る。そこに感情は不思議と伺えない。


「魔法にもよりますが、基本的に面ではなく点に狙いを定めてください。価値ある強い魔法も当たるべき場所に当たらなければ意味も、いえ、価値すらもありません。敵を殺せる箇所を点で狙ってください」

「敵を、殺す……」

「そう」

「分かった。じゃあちょっと私に狙いの付け方を――」


 グロリアと対面で話をしていたはずだった。なのに、ふとその間に腕が割り込んだ――と思えばベリル本体まで割り込んでくる。


「それ時間が掛かるやつだろ。入れ替え戦までに適当に練習しろ。この話はこれで終わりでいいな?」

「いいわけがないけれど。急に何? ベリル」


 割り込んできたベリルは自分ではなく、グロリアに用事があるようだ。そちらを向いていて、もう新入りに感心が無い事が伺える。

 邪魔をしない方が良いかもしれない。そう判断したエルヴィラは、そっとその場から離脱した。

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