06.先輩が前向きすぎる(3)

 チームメイトのグロリアはどうやら、自分を見捨てなかったらしい。

 それを脳が理解できたのは事が起きてから一拍後だった。


 エルヴィラの頭上に振り上げられた大斧が薪でも割るかのように振り下ろされる――はずだったが、それに横槍が入る。

 その場所から退けろと言わんばかりに水球が飛んできた。炸裂するまで何の魔法だか分からない場合があるグロリアの魔法を警戒したのか、ジモンがそれを生身ではなく斧を盾代わりに受け止める。

 結果的に言えば、それは本当にただの《水撃Ⅱ》程度でしかない魔法だった。


「グロリア、ありが――ああっ!?」


 礼を言うついでにグロリアの方を見たのだが、やはりこちらを気に掛ける余裕など無かったのだろう。ベリルの《風撃》系魔法により彼女の愛刀が吹っ飛ばされる瞬間だった。

 よく斬れそうな刃の切っ先をグロリアの喉元に突き付けたベリルが、真意不明の小さな溜息を漏らしたのは――どうやら終了の合図だったようだ。


「もういいぞ、ジモン。大体どういう事なのかは分かった。ほぼ俺とグロリアがドンパチやってただけだが」

「ええ。では、反省点――いえ、違いますね。問題点をまず並べましょうか」


 言いながら、ジモンが斧を下ろす。その刃が斧の重みだけで地面に刺さったのを見たエルヴィラはぞっとして息を呑んだ。流石の獣人、使っている武器が既に規格外である。


「あ……」


 何の気なしに3人の様子を見つめていると、ふと既視感のある光景が目に飛び込んできた。

 グロリアとベリル。

 主にベリル側の癖なのかもしれない。吹き飛ばされた愛刀がどこへ行ったのかを探すグロリアと、そんな彼女を眺めているベリル。

 ただ彼の方は何故かグロリアを上から下までそれとなくチェックするような動作を取っている。そしてそれは恐らく無意識下の行動であり、先にも述べた通りただの癖だ。

 それをエルヴィラが最初に気付いたのはつい先日である。盗賊団を討伐するクエストの後。

 村内でグロリアと合流した時、ベリルは即座に今と同じ行動を取った。あの時も意識があったようには思えなかったのを覚えている。だってまるで、親が子供に怪我がないかを確認するようなそれで、あまりにも彼の性格と懸け離れた行動だったから。

 ――ここも気になる~! 非常に話を聞きたいわ。


「おい。いつまでそこに突っ立ってんだ。お前の話をしようとしてるんだぞ」

「切り替え早……」

「ハァ?」


 ベリルに怪訝そうな顔をされてしまった。慌てて早足で仲間達の輪に入る。

 それで、と彼の不機嫌そうな声で我に返った。竜人の彼はとても感情が分かりやすい。これは何か文句を言ってくる時の空気感だ。

 エルヴィラは慌てて表情を引き締めた。


「何が問題なのかを理解した。前提として戦闘慣れしてなさすぎる。ビビッてその場に止まるとか何考えてんだ? 処刑待ちか?」

「ごめん、ジモンが恐かったからつい」

「……。いや、もう突っ込まないぞ。次、魔法を使うタイミングがおかしい。そもそもシンプルに下手糞過ぎるだろ。使えてるってレベルじゃねぇぞ。剣技に至ってはやる気あるか? 剣と魔法を使うスタイルなのに、剣先で魔法の撃ちだし先を定めてたら意味ないだろ。どういう意図があってそういう動きしてんだ? そのあたりは最早、理解すらできない」

「凄い、当たってる……!」

「他に感想は無いのか? 今までどうやって生きてきたのか竜人の俺にでも分かるように説明しろ。やはりヒューマンとは分かり合えねぇわ」


 絶句した様子のベリルに曖昧な笑みを返す。ぐうの音も出ない正論だし、正直魔法などギルドに加入するまでほとんど練習すらした事が無かった。よく受付から転身できたな、と自分でもそう思う。

 ここでそれまで黙っていたグロリアが口を開いた。


「先輩は、どのくらいの期間を鍛錬に充てたんですか?」

「飛び飛びなのよね。受付になる前に1年くらい魔法を練習していて、その後はギルド員に転職する前の期間1年と、なってから3年くらいはちゃんと修行したかな……」

「リッキーのパーティで学んでいたんですよね? 教え方が悪いと思います」


 ここでグロリア限定のイエスマン、ジモンがその意見をすぐさま支持した。


「成程。そう言われてみれば、その期間で素人ではありますが立ち回り自体は出来ていますね。努力の方向性が今まではおかしかったから、伸び悩んでいたという可能性は大いにあります」

「そう。先輩は正しく練習すればきっと上手になる」


 で、とベリルが眉間に皺を寄せて首を振る。


「何からさせるんだよ。このままだと一生ポンコツだぞこの女」


 考えるように黙り込んだグロリアの代わり、ジモンが唸るような声を漏らして悩まし気に溜息を吐いた。


「何から……。正直、俺はジョブ切り替えなんざしないので分かりませんね。どこを正せば上手く機能するんでしょうか、こいつ。いっそ、剣または魔法のどちらかに絞ります? 器用に二つのジョブを行き来できるようには見えないんで。ちなみにお嬢は、色々と切り替えますけどいつもどうしてるんです?」

「別に意識してない。必要な場所に必要な得物を持って立ってるだけ。……勝てれば何だっていいもの」

「そこはもう、勘とかなんとかなんですね……」


 2人の意見を聞いていたベリルが再度発言を始める。腕を組み、神妙そうな表情を浮かべている様子だ。


「ジモンの案を採用するか。どちらかに絞るぞ。現状、前衛はもう要らねえから魔法職の方が有難いが……。ただな、こいつは誤射で俺達に魔法を当てそうな危うさがある」

「それはそうですが、前に立たせてフォローする暇もなく敵から一刀両断されるよりマシでしょう。エルヴィラがいなくなれば、お嬢が悲しみます。……多分」


 ここで鶴の一声であるグロリアの発言が2人を黙らせた。


「――先輩はそれでいいですか? 魔法か剣を選ぶという案で」

「選ばせてる余裕あんのか? このパーティに」

「次の人間を入れれば解決するから」


 グロリアは事も無げにそう言った。ジモンは反論しない。ベリルも傍観を決め込んだのか口を閉ざした為、エルヴィラへと三者の視線が集まった。

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