05.先輩が前向きすぎる(2)
模擬戦の開催が決まるや否や、グロリアとベリルは互いに背を向けそれなりの距離を取った。
ステージは闘技場。両者の間に遮るものは人以外はない。
慌ててエルヴィラはチームメイトである彼女の背を追った。
ここで一度、持ち物の整理をしなければならないだろう。
エルヴィラ自身は腰に愛用の得物である片手剣をぶら提げている。物理的に所持しているという事だ。
しかしグロリアとベリルは徒手空拳。彼女等は《倉庫》に武器を仕舞っており、使用時に取り出す戦闘スタイルだからだ。
ジモンはその手に凶悪なサイズの大斧を持っている。ただし、これは
そう、この時点で個人によってスタートラインが既に違う。
グロリアとベリルは相手を見てからの後出しである。先にある程度手の内を晒してしまっているエルヴィラとジモンは、手が割れる前にこれらを討伐しなければならない。
準備が整ったと認識したのか、ベリルがぽつりと言葉を漏らす。
「――始めるか。おい、合図をしろ。ジモン」
「承知しました。お嬢、そちらはエルヴィラという荷物を抱えていますので俺の出遅れは気にしないでください」
申し出に対し、グロリアは鷹揚な態度で頷いた。
あまり聞いた事は無いけれど、ここに横たわっている上下関係は何なのだろうか? 最初から自然に存在していたので逆に気にならなかったが、年功序列は適用されていない。
――もう少し仲良くなったら、出会いの話とか聞いてみようかな。
人間関係について聞くのが好きなエルヴィラは内心でワクワクとそう取り決めた。尤も、彼等に過去の話を聞けるのは何年先か分からないが。
ともかく今は模擬戦だ。
ジモンの簡易的且つ原始的な手を打つという動作で幕が上がる。
まず飛び出してきたのはベリルだ。まさに手品の領域。いつの間にかその手に片手剣を持ち、凄まじい速度でグロリアへと突っ込む。武器の切り替え、そして選択が早い。
対するグロリアの表情に変化はなく、淡々とベリルの特攻を処理する腹積もりのようだ。最初から装備していたバングルの魔法を起動。
無数の細かい氷の刃がベリルへと飛来する。因みに、エルヴィラに魔法を同時起動する才能は無いので、カッターナイフじみた氷刃を精製する為のレシピは不明だ。2つ以上の魔法が組み合わされている事くらいしか判断できない。
放物線を描くように直線ではなく、上から降り注ぐそれにほんの一瞬だけベリルが目を奪われる。突っ込んで問題ないと思ったらしく、防御らしい防御姿勢を取る事はない。
――たかが一瞬、されど一瞬。
視線誘導の隙に、グロリアが獣人であるジークが装備するような大盾をその手に出現させていた。後ろからその光景を見守っているエルヴィラには、その大盾の内側に無数の魔法石が装備されているのが見えている。逆に、ベリルにはそれが見えていないだろう。
重た過ぎて地面に少しだけ埋まった大盾――というか、最早分厚い鉄の塊はベリルの振るった剣の一閃を微動だにせず防ぎきる。それと同時にグロリアが上に放った氷の刃が降り注ぐも――
「頑丈過ぎる、竜人族……」
皮膚の具合はヒューマンと何ら変わらなさそうなのに、ほとんど無傷だ。多少なり掠り傷は認められるが、こんなものは痛くも痒くもない事だろう。これが竜人、持って生まれたスペックというものだ。
――あれ? そういえば、ジモンはどこに行ったんだろう。
不用心にきょろきょろと見回して捜すと、今まさに熱い戦いを繰り広げているグロリアとベリルを挟んだ向こう側にいた。目が合ったのだが、こちらを見てやや困惑したような表情を浮かべている。
そうだ、そうだった。これは2対2の模擬戦だった。突っ立っている場合ではない。
正気に戻ったエルヴィラが思い出したと言わんばかりに手を打つと、心なしか向こう岸のジモンは絶句したような表情に変わっているようだった。
我に返って2人の苛烈なバトルに視線を戻す。
既にグロリアは大盾を仕舞い、《防壁》魔法でベリルの近接攻撃を防ぎつつ手斧で木材ではなく人間の頭でも割るかのように応戦している。Aランク試験の時から思っていたが、最短且つ最小限で相手を殺害しようとする動きは、どこかギルド員のそれとは異なっているように思えた。
「グロリア、加勢するわ!」
これは《投影》による模擬戦。炎魔法を使用して問題のない場所。
グロリアとベリルは最早互いに白熱した戦闘を繰り広げており、エルヴィラの事など眼中に無い。ジモンはこちらを目視してはいるが、向かってくる気配が無かった。立ち回りを見ると言っていたので、その延長上にある行動だろうが。
それを良い事に隠していた中サイズの魔石――そう、剣の鞘に隠された魔法石を起動する。この手口は最近、魔剣士スタイルの間で大流行しているものだ。片手剣の鞘に魔法石を嵌めるスロットを付けただけなのにバカ売れして、武器屋はさぞ困惑しただろう。
剣先で狙いを定める。
魔法と言うのは狙撃手程ではないにしろある程度の狙いが必要だ。外れてしまえば意味はない。そうなってくると自身の手や指先、或いは完全な魔法職ならば杖の先端、それらで狙いを補正するのが基本の使い方だ。
あのグロリアですら余程切羽詰まっていない限りは何かで照準の補正を行う。
――と、ジモンが動いた。
グロリアは無視し、一直線にこちらへと向かってくる。速い、シンプルに体躯が大きすぎる、そして恐い。
《投影》内部であるにも関わらず恐怖に委縮し、判断が鈍った。折角出来上がった魔法で援護しようと思ったのに、何故か中途半端にジモンへと撃ってしまう。
それを鼻で笑ったジモンが分厚い鉄板みたいな大斧の刃を振るう。《火撃Ⅲ》の火球はあっさり掻き消された。
「あっ……」
ギロチンよろしくジモンが大斧を振り上げるのがはっきりと見えてしまい、動揺の声を漏らす。ここから状況を打開する為にはどう動けばいいのか全く見当もつかなかった。
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