04.先輩が前向きすぎる(1)
***
――よし、パーティメンバーへの報告完了。ああ、疲れたなあ。
グロリアは完璧な無表情でありながらも、内心で拳を振り上げて喜びを噛み締めていた。
コミュ障に人前で大事な連絡など、普通に大仕事である。相手が仲間だろうが何だろうが関係なく疲れるものだ。やっと解放された喜びで、今すぐ踊り出してもいいくらいである。
「今日の予定はもうないから。解散――」
さっさと帰って休もうと思い、そう言って締めようとしたのだがしかし。
「よろしいですか」と珍しくジモンが口を挟んだ。突然の動きに吃驚したグロリアが反射的に首を縦に振る。
三者の視線がジモンの元へと集まった。全く怯んだ様子もなく堂々と、その彼が口を開く。
「お嬢、エルヴィラを当日までに少しでも鍛えるべきです」
「急にどうして?」
「あれから俺の方でも調べたのですが、この入れ替え戦って言うのは《レヴェリー》の公式戦に相当するイベントですね?」
「そうだよ」
「つまり人が大勢見てるって事です。お嬢の顔に泥を塗る訳にはいかねぇんで、この見るに堪えない立ち回りのエルヴィラをどうにかするべきでしょう。そいつは現状、何の役にも立ちません」
あまりにもはっきりとした物言いに、エルヴィラがショックを受けている横で即座に反応を示したのはベリルだ。腕を組み、難しい顔をしている。
「そうだな。死ぬ程怠いが、この頓珍漢は放置したらまずそうだ」
「そう……」
――あこれ、本当にマズイ立ち回りなんだな、先輩……。
ベリルにここまで真剣にそう言われるなどそうそうない。流石先輩、レジェンドである。
しかし、エルヴィラに求めているのは書類作成と事務処理云々のみで戦闘における立ち回りに多くは求めていない。出来ればメンバーもまだ増やしたいし、そこで補っていきたいと考えている。
だが、あまりにも弱すぎてクエストに行ったら巻き込み事故で死亡するようなレベルであるなら、それは改善する必要があるだろう。
一つ問題があるとすれば、ベリルにエルヴィラを鍛える気がありそうなことだ。彼の指導は厳しい。ジモンは下に後輩がいるのを見た事が無いので分からない。
「――先輩はどうします?」
反応に困ったグロリアは、渦中の人物に意見を求めた。最終的には本人のやる気が全てだとも思ったのである。
「勿論、鍛錬は大事よ。《相談所》の元メンバーから色々教えて貰えるなんて、凄く有難い事だよね!」
「そうですか」
「という訳だから、私、投影室を借りて来るわ。待っていて!」
――超やる気! もう借りに行っちゃったし!
フットワークがあまりにも軽いエルヴィラの背を見送る。誰も異議を唱えなかったのでこのままエルヴィラを鍛えてどうにかする活動に切り替わるのだろう。
***
「よし、頑張るぞ!」
投影室を速やかに借り、闘技場のステージに《投影》魔法で入った。
エルヴィラは声を張り上げ拳を握り締める。前回の盗賊討伐クエストでは足を引っ張ってしまった。金を稼ぐという目的もある以上、自身の実力も必要不可欠だ。それに折角拾ってくれたグロリアのパーティに貢献どころか迷惑をかけている状態はよろしくないのである。
そんな
ここ数日、3人を観察していて分かった事がある。
まず第一に口数があまりにも少ないグロリア。彼女は3人の中で最も若いが、それでもどことなく発言力が強い。彼女の声はまさに鶴の一声であり、ジモンが後押しするので多数決の関係上意見がとても通りやすいのである。
そして案外話が出来るのはベリルだ。彼は意外にもパーティのバランサーである。暴力的な発言が多いものの、今の所は一度も暴力沙汰で問題にはなっていない。竜人がどういった生態系なのかは知らないが、三者の中で最も常識的であり育ちの良さが漂っている。
最後にジモン。彼は恐らく自分に全く気を許してはいない。文句も言わない。関心が無い。序列を重んじるので下手な事を言うと意見をすぐに握りつぶされる可能性があり、1対1での会話には気を付けた方が良い。
「――というか、結局こいつはどんな立ち回りが基本なんだよ。戦えてるところを見た事がない」
ベリルのうんざりしたような一言により、エルヴィラへ視線が集まる。見られていると気付き、背筋を伸ばした。ここで無表情にして無感情なグロリアが淡々と抑揚のない声で事実のみを伝える。
「先輩とはランク試験で戦った」
「ほう。同じ会場にいたんですね、奴も」
「剣を振り回して、変な位置から魔法を撃ってきていたと思う」
なんだそれは、とベリルが眉間に皺を寄せた。
「おい、お前の話をしてるんだぞ。どういう事か分かるように説明しろ」
説明を求められたエルヴィラが、脳内で何を伝えるべきか整理し、それを言葉として出力する。前回、似たような事を聞かれた時は上手く伝えられなかった。
「えーっと、私は簡単に説明すると魔剣士スタイルを導入していて……。近距離と中距離を行き来して、剣も使いながら魔法も使う感じね」
「魔剣士スタイルってなんだよ。聞いたことねぇよ」
俺が説明しますよ、と既に苛立っているベリルへ説明を買って出たのはジモンだ。返事を待たずさっさと概要を口にする。
「《レアルタ》でも流行ってましたよ。エルヴィラが言っているそのままの戦闘方法で、本当に適切な距離で魔法を使い、近すぎれば近距離で戦うっていう堅実なスタイルです。尤も、運用を完璧に出来ればの話ですが」
「それは何だ? グロリアや俺の立ち回りと何が違うんだ?」
「何も違いませんよ。ベリルさん達には分からないかもしれませんが、剣と魔法を同時に使用するのは華があって人気なんですよ。下らないでしょ、下手が使っても派手なだけです」
既にそれが出来ているグロリアには恐らく理解されないだろうが、魔剣士方式で戦うギルド員はパーティに採用されやすい。器用で割と何でも出来る人員を欲しがる傾向が強いからだ。
それにヒューマンという種族柄、魔法が苦手で使えないのは致命的だ。魔法に変わる身体能力を持たないので、手数は多いに越した事は無い。
――と、ここでそれまで黙っていたグロリアがついに言葉を発した。
「戦ってみた感じ、先輩にそのスタイルは噛み合っていないと思う。別々の作業を別々にこなしているだけ」
「そんなに壊滅的なのか? 逆にどうなってんのか気になってきたぜ……。模擬戦するぞ、訳が分からん」
「分かった。先輩、私と組みましょう。1対1ではベリルが一方的に先輩を伸して終わりになります」
へえ、と唇の端を釣り上げたベリルがジモンへと視線を投げる。
「だそうだ。行くぞ、ジモン」
「承知しました。……あくまで今回はエルヴィラの立ち回りを確認する為のものだと忘れないで下さいよ」
「分かってるって」
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