9話:ギルドの企画

01.情報の共有(1)

 件の盗賊退治から数日が経った。


 グロリアは昼間の食堂でゆっくりと温かいスープを啜る。今月のノルマは既に達成済みなので、ようやくベリルが望む高額クエストに手を伸ばせて快適な日々が送れるようになった。

 来月のノルマは人数が4人になったので、手分けして早急に終わらせよう。ノルマ系のクエストは大した事ないのでエルヴィラを連れていても問題はないはずだ。


 ――お腹一杯。そういえばこの後、ゲオルクさんに呼ばれてるんだよね。

 食器を戻しながら、サブマスター・ゲオルクの執務室に足を向けた。


 ***


「この間言っていた、セレクションの入れ替え戦についてだが」


 執務室に到着し、ゲオルクに接触。開口一番にそう言われた。

 ――ああー、あれ、本気だったんだ。やっぱり……。

 彼は悪趣味な嘘や冗談など吐かないので、やると言ったらやるのだが今回ばかりは嘘であって欲しかった。普通に緊張するし、やはり対戦相手となる10位パーティはリッキーから変動が無いので苦手な人間と対面する羽目にもなる。


「日程について決まったから教えようと思ってな。丁度、1週間後だ。空けておくように。無論、パーティの調整も怠るな」

「……はい」


 ――しかもビックリするくらいに急!

 確かにギルド員など、クエストを受けている時以外は基本自由にしている集団だ。が、それにしたって予定を入れるのならもっと早くに申告してもらいたい。心の準備だとか色々とあるのだ。

 というか、こんなにも早急に事が運ぶなど事前に予定していたレベルである。何らかの陰謀に違いない。


「細々とした連絡は都度行う事とする。……お前達はまだセレクションに入っていないから、連中との連絡は別口だ。揉められても困るからな」

「ええ。承知いたしました」


 それは素直に有難い。業務連絡の度にセレクション勢と一緒くたに集められては胃が持たない。もうこいつこの場に顔を出してるの? などと思われかねないし、入れ替え戦に敗北したらとんだお笑い種だ。

 ――まあでも、あんまり早くに連絡されても胃が焼き切れていたかも……。そうだよ、良い方に考えよう。ベリルも金に困っているし、早めに決着しそうで良かったって。

 などと頑張ってポジティブに考えていると、更にゲオルクが話を推し進める。


「入れ替え戦は一般的な投影での模擬戦とルールは同じだ。ただし、闘技場ステージは狭すぎるからな。くじ引きか何かで別のステージを決める」

「はい」

「それと、人数合わせはない。パーティのメンバーであれば何人参加させても良しとしている。総力戦だからな。準備期間が1週間しかないから、恐らくお前達のパーティはリッキーのパーティよりも少ない人数で挑む事になるだろう。……まあ、恐らくは問題ないだろうが」

「そうですか」


 リッキーのパーティは人数が役割分揃っていたはずだ。バランスの良いパーティ、とよく言われているのを耳にするし。

 ただし、数名程度の差であれば誤差。ゲオルクの予想通り、敗北時の理由が人数差とはならないだろう。そこは、ベリルとジモンの戦闘能力を信頼している。相手が全員、信じられない程の強敵などでなければ人数差は然したる問題ではない。


「連絡は今の所、以上だ。また何かあれば追って伝える」

「はい。ありがとうございます」


 それらしく頭を下げて、執務室を後にした。

 今聞いた話をパーティの皆に伝えなければならない。別に明日でもいいけれど、まだギルド内にいるのなら召集を掛けてみよう。


 ***


 結果的に言えば、まだパーティの仲間たちはギルドの中にいた。

 今日は朝一でクエストをこなしたおかげで、半日暇になったのだがまだギルド内をうろついていたらしい。


「――それで? 解散後に呼び戻して、今度は何の用だ。グロリア」


 ロビーのソファに腰かけ、足を組むベリルは明らかに堅気の人間とは思えない所在不明の凄みがある。特段、苛ついている様子もなくからかうようにそう言われたのを皮切りにグロリアは今聞いた話を全員に伝達した。


 へえ、と悪人面で笑うのはベリルだ。


「思ったよりもかなり早かったな。いいぜ、対人戦は好きだ。魔物の駆除作業と違って、まあまあ面白い」

「それでお嬢、リッキーのパーティについて何か情報はあるんで? 正直、いくら《レヴェリー》の上澄みとはいえ、10位パーティなんて俺もよく知りません」


 流石はネルヴァ相談所の面子。あまりにも好戦的過ぎる。

 一方で元リッキーパーティのエルヴィラは難しそうな表情を浮かべている様子だ。


「うーん、リッキーさんと戦うのかあ……」


 ――かなり心配そう……。前のパーティとの再会も早すぎるし、仕方ないよね。

 何とか先輩に安心して貰おうと、グロリアは唸る彼女に声を掛けた。


「私が付いてますよ」

「更に心配になってくるのよ、それ……」


 バッドコミュニケーションだったようだ。

 そんなエルヴィラの様子などやはり目に入っていないのか、ジモンがいやに熱の入った調子で拳を握り締める。全身で力んでいるのか、彼の座っているソファからミシリという軋むような音が聞こえた。


「何故か今まで2年間も他所のパーティの傘下にいたお嬢の実力を認めさせる良い機会です。貴方はあまりにも控えめで且つ、そういった事に興味が無さすぎます。舐め腐った態度のAランカー達をここで黙らせましょう」

「お、おう……。どうした、ジモン? 元ヤン時代の色んなモンがはみ出てるぞ」


 茶を飲んでいたベリルが心底引いたような視線を熱く語るジモンへと向ける。が、ジモンは熱弁を続けた。いったい何が彼をここまで熱くさせるのだろうか。


「いえ、実はロビーにいると耳が良いので聞こえてしまって。何でも、お嬢があまりにもずっとBランクに留まってたんでAランカーの有象無象共が調子に乗っててですね。やれ顔が恐いだけだの、オールラウンダーが珍しいだけだのと言いたい放題です。だいたい、Sランカーのイェルドがさっさと試験を受けさせなかったのが元凶では?」

「いや、グロリアはその試験とやらを受けるのを滅茶苦茶拒否してたニュアンスだったぜ。サブマスターとかいう奴が困ってたからな。まあ、面倒臭かったんじゃね? 丸1日潰れるし」


 ――ああ……。私のせいでジモンが変に……! ごめんジモン、緊張するから受験したくなかっただけ!

 ともあれ、そんな噂などヒューマンの五感では聞き取れないので無問題だ。気にしないでいいと伝えなければ。


「――別に気にしてないからいい。私の耳には聞こえないもの」

「グロリア。お前がロビーに来たら、そういう話してた連中が顔を真っ青にして出て行くのを度々目撃するぞ。裏で何かやってるのか?」

「ベリルはもう黙ってて」


 状況は悪化した。何もやっていない事を説明したが、何故か誰も信じてはくれなかった。

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