16.場違いな人物(4)

 ***


 ――駄目だ、先輩に矢が当たる……。


 グロリアは思わぬ展開に嘆息した。

 盗賊団のリーダー・イザエルを追い詰めた所までは良かった。が、投降した彼を捕縛しようとして近づいたエルヴィラを逆に人質に取られている。

 どうやら放った数本の矢で大まかにどの辺に潜んでいるのか当たりを付けられているようだ。イザエルはエルヴィラを盾に屈み、完全に頭部等を隠してしまっている。


「ジモン。先輩をリーダーから引き離せない?」


 ベリルの姿は村内にない。先程、正面から入って来たジモンに《通信》を用いて尋ねる。ややあって、唸るような声と共に返答があった。


『難しいですね。俺の大味な武器では、振り回した瞬間エルヴィラの胴まで真っ二つにしかねません。しかし、奴に逃げ場がないのもまた事実なのでベリルさんが戻るまで待つのはどうでしょうか?』

「そういえば、ベリルは?」

『あー……。いや、多分まだ外の掃除をしてると思います。エルヴィラの奴がやらかしそうだからって、俺の持ち場を受け持って中に入れって言われてて』


 ――優し……。何だかんだ言っても、そういう配慮してくれるんだよね。ベリル。

 ある程度、見張りを片付けた段階でジモンだけ返してくれたようだ。


「分かった。なら、位置が悪いから、私は移動――」


 角度を変えれば済む話なので、いないベリルを待つより自分で動こうとした。のだが、結果としてそれは杞憂となる。

 エルヴィラを盾にするだけで動きが無かったイザエルが、唐突に行動を開始した。

 《倉庫》から特大サイズの魔法石が出現する。


「これは――」


 ほぼ条件反射。その魔法石はエルヴィラという盾に護られていない。それを脳が理解するより僅かに早く、グロリアはそれ目掛けて矢を射掛けた。

 ただし、矢の到達より魔法の起動が早い。

 明らかに持ち運びに適さないサイズの魔法石が起動。イザエルの姿が消えたと同時、グロリアの放った矢が魔法石を粉々に割り砕いた。

 しかし、その場には既にイザエルがいない。どうやらあの魔法石は《転移》系の魔法を内包していたようだ。


「失敗した……」

『――仕方がないですね。クエストの目的は盗賊団の討伐なので、それそのものは達成したようなものでしょう。今回は運が悪かったという事で』


 ジモンから即座にフォローされてしまった。

 上手く行き過ぎてしまったせいで油断を招いたのが良くなかったな、と自省する。イザエルの異様な空気感には気付いていたはずなのに、きちんと見ていなかったのは過失だ。

 ――それにしてもあの、イザエルとかいうエルフ。どうして盗賊なんかやっていたんだろう。今日日盗賊団の運営なんてあまり賢いとは言えない選択だけど。

 それに折角運営していた盗賊団をあっさり捨て、さっさと自分だけ逃亡してしまった。盗賊の運営は建前で、実は他に何かやっていたのだろうか? イーランド自然公園と程近い村、という立地も何かがあるとしか思えない。


 双眼鏡を再度覗くと、ジモンに謝り倒すエルヴィラが見えた。

 ともかく事後処理を始めなければ。日が暮れてもギルドへ帰れなくなってしまう。人質にギルド員もいるらしいので、彼等にも手伝ってもらい早急に戻ろう。


 ***


「大変、申し訳ございませんでしたぁ!!」


 19時過ぎ、ギルドのロビーにて。

 エルヴィラの情けない声が響き渡った。彼女の目の前には鬼の形相を浮かべたベリルが腕を組んで、額に青筋を浮かべているのが見て取れる。


 ――どうしよう、ベリルを止めないと。

 それを見ながらグロリアは久々の恐ろしい状況に、こっそり息を呑む。ちょっと最近では見た事がないくらいにお冠だ、竜人様が。

 ジモンに助けを求めようと目配せするも、彼も彼でエルヴィラにあまり興味が無いらしくその恐ろしい光景を事も無げに見つめている。もっと仲良くしろ、パーティの仲間だぞ。


「テメェ、どういうつもりだ!? 雑魚のくせにノコノコと格上相手に近付きやがって! 見て分からなかったのか!?」

「分かりませんでした……!!」

「そうだろうよ! だいたい、注意力がどうかしてんだよお前。さっきも何もねぇ所で急に転んでただろうが! 吃驚するわ!」

「ごめんなさい!!」


 謝り倒すエルヴィラに、ベリルの毒気が抜けていくのが分かる。彼は捻くれた性格なので、素直な人間に弱いのだ。ここで変な言い訳や口答えをすると長くなるので気を付けよう。

 ちなみにエルヴィラの名誉の為に弁解しておくと、彼女は確かに戦闘では少しミスしてしまった。が、ギルドへ戻ってすぐに必要書類を記入&提出し、即クエストを完了させるという仕事は狂いなく正確にこなしてくれている。


「もしかしてワザとか? 馬鹿なふりして俺の警戒心を解こうってハラか?」

「ベリルさん、それは流石に暴論じゃないですかね。そんな演技が出来るのなら、みすみす自分が人質になるような事にはならないかと」

「それもそうか……」


 飛躍し過ぎた理論をジモンが冷静に諫める。流石に無理のある意見だと思ったのか、あっさりベリルも考え直したようだ。

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