15.場違いな人物(3)

 ***


 ――ど、どどど、どうしよう!!


 盗賊達が支配する村のど真ん中。

 エルヴィラは心中で大声を上げた。盗賊団のリーダーことイザエルの言い分には納得だ。こんなに人質と密着されたり、失敗すれば即家ごと燃やされるなんていう状況で狙撃頼りは非常にマズイ。

 ――どうにか、人質を解放しないと……!!


 腰に帯びた剣の柄に手を掛ける。

 《倉庫》を多用するグロリアなんかは手元に武器を全く置かないが、焦ると変な行動を取りがちだと自覚しているエルヴィラは愛用の得物を携帯しているのだ。そこは個人の好みによる所が大きいだろう。

 それを見ていたイザエルが冷えた笑みを浮かべると、その行動を咎める。


「おや、人質が見えませんか? 余計な事はしない方がいい。責任を取らされるかもしれませんよ?」


 責任は置いておいて、民間人が傷付けられるのは避けなければならない。

 柄に掛けた手に力が籠もらないのを見て、イザエルが笑みを深くした。こいつは恐らくただの盗賊団のリーダーなどではないのだろう。


「そんな顔をしないでください。我々も生きていく為に必死なのです。ふふ……。そもそも、人質なぞなくても狙撃なんてできませんよ」

「そんな事……」

「使用しているのが銃であれ、魔弓であれ……離れた場所から人間の末端部位を狙うのは手間だし外すリスクが高い。であれば、人間を的に見立てた時、身体の中心を狙う他ありませんね?」

「私はロングレンジの武器を使わないからイメージしか出来ないのだけれど」

「結構ですよ。そして、人間という的の中心を撃ち抜くという事は――当たれば相手を即死させるリスクも高いという事。特に狙撃銃や魔弓は威力が高い。当たれば私達も当然、即死が見えてくるラインですね。しかし――」


 そこでイザエルはおかしそうに笑って、少しだけ言葉を切った。


「貴方達、ギルド員と言うのは何の訓練も受けていない、少し戦闘が出来るだけのド素人……。人を殺す度胸がないと自覚が出来ていない頭お花畑集団です。きっと撃てませんよ。二度襲撃されて、運の悪かった数名の構成員以外に死人が出ていなのを見て確信しました」

「人を殺せないのは、良い事よ。人間はそうあるべきだわ」

「ええ。良いのですよ。それが許される立場であればね。出来ないのならば、何故こんな辺鄙な村になど来たのです? ところで、狙撃手からは何の返事も無いのですか? まあ、好きなだけどうするか考えても結構ですけれど」


 会話が聞こえていたのだろう。盗賊の下っ端に羽交い絞めにされている人質の一般人女性が声を上げて藻掻くのが聞こえる。


「グロリア……」


 言葉数があまりにも少ない彼女からの応答はない。

 その様子は聞こえずともイザエルに伝わっているようで、彼はおかしそうにクスクスと笑い声を漏らしている。


「頃合いを見て、その狙撃手にここへ来るようお願いしていただけますか? 我々がわざわざ迎えに行くわけにもいかないので――」


 イザエルの言葉はしかし、独特の風切り音によって遮られた。

 突如飛来したそれは松明を持っていた下っ端盗賊の頭部に命中する。

 水魔法をベースに形成されたその矢は男の頭をリンゴか何かのように貫き、そのまま制止している――が、次の瞬間控えめに爆散した。あたりに矢の質量よりもかなり多い水がスプリンクラーのように撒き散らされる。

 それにより、男が持っていた松明の火が消えた。同時にぐしゃりと盗賊の男が声もなくその場に倒れ込む。


「これは……魔弓……」


 男の頭部からとめどなく流れ出す鮮血を、感情のない瞳で見つめたイザエルが呟いた瞬間。

 放たれた2本目の矢が、女を人質に取っていた盗賊のこれまた額を撃ち抜いた。寸分狂わずど真ん中にだ。頭部をあっさり貫通したその矢は、今度は地面に刺さっている。つるりと輝いており、まるで氷で出来ているように見える。加えて、1本目と2本目の矢で威力が異なっていたようだ。

 偶然かと思ったが、魔弓の主はグロリア。彼女がそんな適当な事をする訳がないので、これも計算なのだろう。


 解放された一般人女性が血を流して倒れる盗賊の男を見て悲鳴を上げる。そのまま走り出した彼女を、残された盗賊の下っ端も或いはリーダー・イザエルも追わなかった。やがてイザエルが残された下っ端の男に鋭い声で命令する。


「狙撃手はあの辺りの丘から矢を放っています。倒してきてください」

「りょ、了解です!」


 村から走って出ようとした男の前に、ぬるっとジモンが姿を現した。外のお片付けが完了したのだろう。

 唐突な巨漢の登場に怯んだ下っ端の男が足を止める。刹那、ジモンが担いでいた大斧を振り下ろした。形容し難い音と共に倫理観のない肉片に早変わりした盗賊の男からそっと目を逸らす。


「ひっ……! や、ヤバいですよこいつ等。イザエルさん!」


 途端、慌てだす盗賊達だったがジモンの目は冷ややかなものだった。

 自分達は躊躇いもなく人を殺害するが、逆の立場になると恐いらしい。しかし、人間などこんなものなのかもしれない。エルヴィラは現実逃避した。

 一連の状況を見ていたリーダー・イザエルの表情から流石に笑みが消えた。しかし、慌てている様子はなく他と違って肝は据わっているらしい。


「こいつ等は本物だったか……。滅多に見ませんが、腕利きの狙撃手に潜まれると圧迫感が凄いですね」

「なんでそんなに余裕なのよ。どこから矢が飛んでくるか分からないのに」


 頭を振ったイザエルがあっさりと両手を上げた。


「詰みました。投降します」


 ――意外と引き際が良いな……。

 そうは思ったが分の悪い戦いはしないであろう、スマートなタイプなので少しの納得感もある。

 ともあれ無用な血は流すべきではないだろう。《倉庫》からロープを取り出したエルヴィラは盗賊団のリーダーを捕縛するべく歩み寄った――


『――待って、先輩』


 久しぶりのグロリアからの《通信》が耳朶を打った瞬間、目の前のイザエルが思いもよらぬ機敏さで動いた。

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