14.場違いな人物(2)

 リーダーと思われる男の登場に湧き立ったのは盗賊の下っ端達も同じだ。ざわつきながらも、恐々とエルフに声を掛ける。


『イザエルさん……? どうして顔を出したんです?』

『ああいえ、面白い事を言い出したなと思って。少し興味が湧きました』


 イザエルと呼ばれたエルフの男が目を眇める。上から下までエルヴィラを観察し、滔々と語り始めた。


『良いですか? 我々は今、ギルドから生死問わずの討伐対象として認識されています。襲い掛かって来た前2つのパーティは奇襲を仕掛けて来たでしょう?』

『ええ、確かに。人質を見せつけたら大人しくなりましたが』

『そう。お話してみたら、《レヴェリー》からのお使いだったようなので、目の前の彼女と同じギルドです。……先に出たパーティがどうなったのかを知らないはずがないでしょう? 生死を問わないとは言え、こうして交渉に来るのはギルド協会が発布したマニュアル通りの行動です。別に守らなくても小言を言われる程度ですが』

『つ、つまりどういう事ですか? イザエルさん』

『マニュアル通りに動くだけの大馬鹿か、一応はマニュアル通りにやってやろうという寛大且つ余裕のあるパーティか……。前者である方が、私達にとっては有難いですねえ』

『成程、確かに!』


 概ね合っている。リーダー・イザエルの取り巻きはともかくとして、彼には気を付ける必要がありそうだ。

 下っ端に考えを説明した所で、イザエルの視線が事の成り行きを緊張した面持ちで見つめるエルヴィラへと戻った。


『――と、言う訳ですが……。合っていますか? 私の考察は。ところで、ギルドはパーティ単位で活動をするのですよね? つまり貴方は一人でここに来たわけではないでしょう。それにしても単品で交渉に来るとは思いませんでしたが』


 どうするべきか考えあぐねているのだろう。エルヴィラが、グロリアのいる方向をチラと一瞥した。指示を仰ぎたいのだろうが、別に好きにしてくれても構わない。

 何かエルヴィラに言おうと思ったがしかし、彼女の動きを目敏く発見したイザエルが先に言葉を発した。


『おや、狙撃手があの辺りにいますか? 一先ず貴方を交渉材料に、そちらの狙撃手も村へ招待しましょう。それがいい。まあ、恐らくこの会話は筒抜けでしょうが』


 どうやらエルヴィラを捕らえ、それを元手に他のメンバーも脅して大人しくさせる。そういうやり口でパーティを無力化するようだ。基本的に寄せ集めのチンピラ集団である盗賊団とは、似ても似つかない手法。このイザエルという男だけ、盗賊っぽさが無いのも不気味だ。

 などと考え込んでいて、エルヴィラの事を忘れていた。混乱したであろう彼女は、これまたトンチキな発言を口にする。


『えーっと、とにかく私との交渉は決裂って事?』

『うん、そうですね。いや、もうその話は大分前に終わっていたと思うのですが……?』


 このふわっとした会話の合間にも事態は進行する。

 4人いた下っ端盗賊の内一人が、民家の中から明らかに一般人の女性を引き摺り出してきたのだ。首元には鈍く輝くナイフが押し当てられている。何とも分かりやすい人質だ。

 そしてこの人質は――狙撃手であるグロリアへ向けられたものらしい。目こそ合わないが、視線はエルヴィラではなくどこにいるのか定かではない狙撃手を捜している。


 更にもう一人、下っ端の不審な動き。

 男がこの明るい中、松明を手にして民家の横に並ぶ。家の中は角度的な問題で見えないが――


『聞こえていますか、狙撃手さん? この民家は貴方達のお仲間である《レヴェリー》のギルド員に貸し出しています。よく燃えるように工夫もしてありますし、一瞬で火が回るでしょう。……ええ、これはただの報告ですが』


 エルヴィラの困った顔が双眼鏡で丸わかりだ。


『……あれ、グロリア聞こえてる? あんな事を言っているけれど』


 ――もう狙撃手バレてるからって、急にこっちに声を掛けて来ないで! ビックリするから!

 まさか普通に話しかけられるとは思わず、固まって声が出ない。そうすると彼女はいつも通り、ノンストップで話始めた。


『あ! もしかして、《通信》切れちゃってるかな? ええー、ど、どうしよう……』

『すみません、込み入っているようですが大丈夫ですか? こちらとしても急に飛び道具を撃ってくるなと交渉して欲しいのですが』


 呆れた様子のイザエルが、あまりの要領の悪さに心配し始めている。ぐだぐだだ。


「大丈夫。聞こえています」

『ああー! 良かった! ど、どうしようこれ。当たるから、無暗に撃って来ないでね、グロリア』


 エルヴィラの言葉を聞いて判断をしたらしいイザエルが、薄く笑う。


『ギルド員など、所詮は戦闘素人集団です。こうも人質と殺していい人間が密着していると、狙撃は難しいでしょう。……などと、言い訳をして結構ですよ。どうせ貴方達に人など殺せないのですから』


 ――一理はあるかもしれない。

 ただそれは個人の考えによる所が大きい事と、人質と如何に密着していようが頭が飛び出ている時点で狙撃はする。どころか相手が急に動かないので、焦って手元が狂わない限り人質ごと爆散、などという結末にはならない。

 番えた矢をキリキリと引き絞った。交渉は決裂だ。それどころか、向こうがこちらに条件を提示しようとしてくる舐めっぷり。前の2パーティを撃退したので、味を占めたらしい。

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