13.場違いな人物(1)

 ***


 ――一人は楽だな。

 目的地に近付いたので、のんびりと歩を進めながらふと、ベリルはそう思って息を吐いた。


「盗賊退治か」


 グロリアと初めて出会った時の事を、こういったクエスト時には毎回思い出す。

 小さな村が盗賊団の餌食になったありふれた出来事。燃える村を前に呆然と立ち尽くしていたグロリアの表情を今でも思い出す。思い返せばあの日の彼女には珍しく表情らしい表情があった。

 今なら分かる。

 基本、感情を表に出さない彼女が途方に暮れて立ち尽くしている状況なんてもう二度と見られないだろう。あの出来事はきっと彼女にとってトラウマになっている。


「なっ、何だテメェ!」


 しゃがれた声が耳に届いた事で我に返る。

 ベリルの目の前には外の見張りをしていた盗賊団の一員と思しき男が、既に量産品のサーベルを抜いて身構えている。


「始めるか」


 エルヴィラという不安要素を抱えている以上、なるべく丁寧に外の掃除をしなければならない。

 グロリアに面倒を見るよう言ったが、出来る限り面倒事に発展しないよう立ち回るくらいの配慮はしてやって構わない。流石にそこまで意地が悪いわけではないからだ。


 ***


 グロリアは手持ちの双眼鏡を覗き込み、状況を逐一確認していた。

 ベリルもジモンも、淡々と作業的に仕事をこなしている。たまにわらわらと集まって来た盗賊達に囲まれてはいるが、特に問題では無いようだ。

 ――私達もそろそろ動き出そうかな。

 ここまで来れば、交渉に向かったエルヴィラが背後から斬りつけられるような事にもならないだろう。尤も、そうなりそうな場合は援護射撃して速やかに対象を再起不能にするのがグロリアの役目ではあるけれど。


「先輩、そろそろ……」

「分かった。えーと、盗賊団のボスだかリーダーだかと話をして、一応投降しないかを聞けばいいのよね?」

「はい。……《通信》を起動してください。会話の内容を聞いておきます」

「オッケー」


 念の為、連絡が取れるかをその場で確認。中距離魔法も出来ると豪語していただけあり、こういった基本的な魔法の起動には問題が無さそうだ。


「どこから入ったらいい? グロリア」

「正面からどうぞ」

「よーし、エルヴィラさんにお任せ!」


 ベリルが言い出したとんでもない作戦だが、新入りであり先輩でもあるエルヴィラに躊躇いや恐れは見られない。こういう所が、リッキーのパーティでも買われていたのだろうか? 今となっては知る術もないが。

 謎の自信満々さで意気揚々と村へ向かうエルヴィラに、正体不明の不安感が降り積もる。どうしてあんなにも元気一杯なのか理解に苦しんだ。


 ともかく、正規ギルド《レヴェリー》でのお仕事。

 盗賊団に投降を促したが聞き入れられなかった、という実績はこの後滅茶苦茶しても大丈夫なように必要だ。急に襲い掛かって群がって来た盗賊を全員殺害しました、は如何に『生死問わず』クエストでも許されないのである。

 そもそも第一に――相手が抵抗をせず、従うのであれば死人が減って良いこと尽くめだ。命は大事にするべきである。誰であったとしてもだ。


 肉眼で追えなくなったエルヴィラの行方を、双眼鏡を覗きながら見守る。

 既に村の入り口から、本当に言った通り堂々と中へ侵入した様子だ。まどろっこしいのが嫌いなベリルはこういった指示を出しがちだが、事と次第によっては次からは改めるべきかもしれない。


「――で、出て来た……」


 お一人様になってしまったので気が抜け、自宅にいる時のような情けない声が喉から洩れた。慌てて心中でそれを戒める。独り言がたまに大きくなるのには注意をしなければ。


 ともかく、村に入ってすぐ、エルヴィラは出て来た盗賊達に周囲を取り囲まれた。彼女は緊張した面持ちだが、心なしかややリラックスしているようにも見える。どんなメンタルをしているのか。

 外と人質の管理に人員を割いているのか、人数は4名と多くない。最悪、全滅させようとグロリアは何本か魔弓の矢を作成し、取り出したそれに番えた。

 それと同時に、《通信》魔法から外の音声が届けられる。


『ギルド、《レヴェリー》よ。貴方達のリーダーは? 交渉をしに来たわ』

『何言ってやがんだ、応じる訳ねえだろ!』

『え? そちらがリーダー? 応じないって事でいい?』

『いや、俺はリーダーじゃねぇよ……。応じない方が良さそうな方面の食いつき方止めろ、不安になってくるから……。交渉する気が無さすぎるだろ』


 ――何だろ、このトンチキな会話は……。

 これだから先輩は面白いんだよな、と心中で呟く。彼女の独特な言葉選びと滲み出すぎている態度は典型的な嘘を吐くのが下手な人のそれだ。本体の善性が強いので、好感が持てるけれど。


 しかし、それを聞き流していると盗賊達の輪の中に新たな人物が加わる。

 彼は明らかに出で立ちが異なっていた。まずそもそも、盗賊だとは思えない小綺麗な身なりをしており、髪も整えられている――清潔感がある。種族は耳の形からしてエルフ。美男美女しかいないエルフなので、当然涼し気な目元の男前だ。

 纏う雰囲気はにこやかで、仕掛けてくる気配は無く、エルヴィラに興味を示しているのが伺える。


『おや、前2つのパーティと毛色が違うのが来ましたね』


 涼し気な声。それは余裕の表れであり、この時点でグロリアはこのエルフ男性こそがリーダーなのだと確信した。まるで盗賊団らしくはないが。

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