12.元受付(2)

 ***


「あのさ、私、ベリルにかなり嫌われてるみたいなんだけど……」


 書類を提出する道中にて。

 二人きりになった途端、エルヴィラは申し訳なさそうな顔でそう言った。


 ――本当、何であんなに拒否されたんだろうか?

 ベリルの嫌悪や拒否には、それと同量の警戒が含まれる。彼のトラウマとも呼べるべき思い出の数々が他人にこうした態度を取る理由なのだが、エルヴィラのように見て分かるくらいの無害そうな手合いにはあまり強い拒否感を示さないのが常だ。現に、ジークの警戒は早期に解いていた。彼とエルヴィラは同じ手合いだ。


 考えて――そして、ふと思い当たる。

 ――もしかして、金の話をしたせいかも。

 竜人の角というのは裏社会で高額売買されているという事実があるのだが、その中でも一等高値を付けられるのがベリルの珍しい色の角だ。私利私欲に駆られた人間達の視線にベリルは晒され続けてきた。当然、口にするのも恐ろしい目に遭った事も一度や二度ではないらしい。

 ならば時間が解決するだろう。エルヴィラは金欲しさに人の角を勝手に削り取って売り払うような人間ではない。


「ベリルは警戒心が強いので、先輩に害がないと分かれば態度が軟化すると思われます」

「ええ、本当に? ムシケラを見るような目だったわ」

「いつもの事なので、大丈夫です」

「平等に大抵の人類をムシケラみたいな目で見る感じの人なの、ベリル?」

「いや……」


 正解がない問いかけに上手く答える事が出来ない。

 エルヴィラに多大な誤解を植え付けてしまったが、それを解くような高度なコミュニケーション能力はグロリアに備わっていなかった。

 ――とりあえず、時間は掛かるだろうけれどそのうち収まるよね。

 自分の中では疑問に対し正解を得たのですっきりした。


 この後、さくっと受付に書類を提出。

 特に差し戻される事もなくするするとクエストに出発する事となった。流石、元本職に手伝ってもらうとスムーズである。


 ***


 転移魔法を使い、盗賊たちが根城にしているらしい村の近隣まで移動してきた。あまり近づきすぎると気付かれるかもしれないので、やや遠巻きではあるが。


「森林公園の近くにある村か。立地が悪すぎるだろ、俺ならここには住まねぇな」


 高台から村を見下ろしたベリルが鼻を鳴らす。

 その嫌味を聞きながらも、グロリアは《倉庫》から双眼鏡を取り出して村の様子を覗き込んだ。


 村は周辺を木々で囲まれており、そこに村があると知らなければ素通りしてしまいそうな程度の規模だった。村内には明らかに目の血走った、ガラの悪そうな男達が闊歩している。件の盗賊とやらだろう、大胆な事だ。

 また、幾つかの民家には見張りらしき人員が置かれている。

 ――人質を一か所に集めてるのかな? そういえば、ギルド員も何人か捕まってるって言ってたような。


「セオリー通りに行くのなら、外をうろついている見張りの処理と中に入って人質の解放が必要だな。二手に分かれるか?」

「うん」


 ベリルの当たり前と言えば当たり前の確認に頷きを返す。と、エルヴィラが慌てた様子で意見を述べた。


「一応、人質を解放して投降しないか交渉しないといけないと思う。盗賊とは言え、急にこちらから襲い掛かって皆殺し……なんて事をしたら、指導を受ける事になると思うわ」

「はあ? 怠すぎるだろ……」


 うんざりとしているベリルには悪いが、エルヴィラの言い分は正しい。あくまで交渉したが相手は受け入れなかった、という建前は必要なのである。例え、今回のクエストが生死問わずであったとしても。

 言うまでもないが――ベリルは交渉に向かない。舌打ちした彼は、淡々と自分の役割を述べた。


「俺とジモンで外の見張りをどうにかする。交渉がしたいなら、お前等でどうにかしろ」

「そうですね。お嬢は圧が強すぎるので、そちらの元受付とやらにお願いしては? 少なくとも、他人とコミュニケーションは取れるでしょう」

「そりゃいい。あー、グロリアはその辺から援護射撃担当で良いだろ。ついでに受付の小娘が囮もやりゃ楽でいい」


 まるで世間話のノリで進む作戦計画に、エルヴィラが目を回している。


「え、なになに!? つまりどうするの!?」

「だから俺とジモンが外の片付け。お前は交渉役兼囮で、グロリアはそこから魔弓で口答えするアホを射撃する――これでいいだろ。ま、お前も盗賊なんてもんに接触したくねえだろうしな」


 最後の一言はグロリアへ向けて発せられたものだったが、リアクションをする前にエルヴィラが聞いた内容を反芻する。


「えーっと、私はつまり盗賊と交渉すればいいって事ね」

「おう。……ああ、恐いなら逃げ帰っていいぜ」

「大丈夫! グロリアが後ろにいてくれるんでしょう? なら、恐い事なんて何もないわ」

「……」


 ベリルが沈黙した。これは恐らく、困惑だ。

 エルヴィラのどこから出て来るのかまるで不明な善性は、彼のような皮肉屋にして人間不信の権化には理解不能なのだろう。

 二人をそれとなく観察していると、ジモンから肩に手を置かれた。


「と言う訳で、俺等でどうにかしますよ。お嬢。遠くにいてください。お嫌いでしょう、盗賊団なんて」

「何かあるの?」


 特に下心も何もない純粋なエルヴィラの疑問はしかし、気まずい空気が漂っただけで誰も答えなかった。彼女も要らん事を突いたと気付いたのか、下手糞に話題を転換しようと奮闘している。


 ――正直、私の過去の云々はあまり気にしないで欲しい……。

 もう10年以上も前の話だ。

 盗賊に村を襲われ、《ネルヴァ相談所》に保護された。凄惨な光景ではあったが、気遣いは不要だ。所長やベリル達に支えられ、現在は前向きに日々を送っている訳だし。それに、村を襲った盗賊とクエストで今から対戦する盗賊は別だ。


「行くぞ、ジモン。外の敵が片付いたら、エルヴィラを投入しろ」

「分かった」


 ベリルとジモンが連れ立って目的地へと向かって行った。

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