11.元受付(1)
「――グロリア!」
聞き覚えのある声に呼ばれ、はっとして顔を上げる。振り返ると、そこにはAランク試験以降見掛けていなかったエルヴィラその人が立っていた。
当然、彼女の事など知らないベリルが鬱陶しそうに眉根を寄せ、ジモンは一瞥のみで沈黙を貫いている。最悪の空気だが、エルヴィラは止まらない。
「久しぶりね。何だか楽しそうにしていたけれど、声を掛けてしまったわ。やっぱりパーティから除名されてしまったから、ついでにその報告も、ね……。ああそうだ、パーティが――あれ? もしかして一人増えた? とはいっても3人しかいなくて手が回っていないんじゃ――」
「おいおいおい! どんだけ喋り続けるつもりだ、この女……!?」
無限に言葉を発し続けるエルヴィラに、とうとう痺れを切らしたベリルが横槍を入れた。困惑がありありと表情に浮かんでおり、不謹慎だが少しばかり笑ってしまう。
「……それで、何の用事でしたか?」
会話の着地点に到達していないようだったのでそう訊ねる。ベリルに怯んだエルヴィラだったが、すぐに持ち直した。彼女のメンタルは見習っていきたい。
「そうそう! それで、もしよかったらグロリアのパーティに私も入れて欲しいなーって……。いや、ソロで依頼も受けられないし」
「こいつは何なんだ?」
即難色を示したのは当然の如くベリルである。
基本、他人に対して嫌悪感から入るので早くも態度が悪い。
「――新人だった頃、面倒を見てくれた先輩」
「へえ。で? 何が出来るんだよ、お前」
ベリルの圧迫感がある物言いに、エルヴィラは及び腰だ。しかしそこはコミュニケーション能力の高い彼女、問いに応じる。
「え、えーっと、魔法もそれなりに使えて……剣も持てるから前衛も出来るし……うーん、後は何だろう……小さい盾も使えると、思うかな?」
「……」
あまりにも覚束ない回答にベリルでさえ絶句した。
それを続きの言葉を待っていると勘違いしたらしいエルヴィラがやや考えた後、手を叩いてやけに自信満々な調子で付け足す。
「あ! 元受付だから事務作業も出来るわ! ちなみに、グロリアが今持っている書類は緊急クエスト用じゃないから、書き直した方がいいわ! 盗賊退治の緊急クエストへ行くんでしょう? ゲオルクさんが言ってた」
「採用」
「え?」
黙って事の成り行きを見守っていたジモンが、ここで初めて短めの疑問符を発した。グロリアは脊髄反射で同じ言葉を繰り返す。
「採用」
「やった! 流石はグロリア、話が分かるわね!」
「早速、提出用の書類を作って欲しいです」
「おねえさんに任せなさい! 数分で仕上げるわ!」
意気揚々と正しい書類を掴み取り、記入を始めるエルヴィラ。それを見て困惑した様子のジモンとベリルが声を上げた。
「え、ちょ、正気ですかお嬢!? もうちょっと考えた方がいいのでは?」
「こいつ、戦闘で役に立つとは思えねえぞ、大丈夫か? いやでも、4人になればこいつが使えなくとも二手に分かれてクエストを受けられるのか……」
「誰か彼女の面倒を見るんです? ベリルさんが見るんですか? 俺に押し付けないで下さいよ、本当」
「は? グロリアが採用したんだから、グロリアが面倒を見るだろ」
「ええ……。お嬢は遠距離武器持ちなんですよ。他人の面倒を見るのには適さないジョブかと……」
「知るか。前衛やれ、前衛」
埒が明かないと思ったのか、ベリルがまたもエルヴィラにちょっかいを出す。
「おい。お前、元は受付やってたらしいが……何故、ギルド員に?」
「あー、当たれば受付をやるより稼げるから。だから、この間まではリッキーのパーティにいたのよ。追い出されちゃったけれど」
難しい顔をしたベリルがどうしてだか沈黙してしまった。代わりにグロリアが珍しく自ら問い掛ける。入ってくれるのはありがたいが、金を稼ぐのにこのパーティは適さないかもしれない。
「先輩。私のパーティは新規なので、リッキーさん達程の稼ぎはありません」
「大丈夫大丈夫! グロリアならすぐにセレクション入りするって。ゲオルクさんに気に入られてるのが強いよね! サブマスターから緊急クエストを回して貰えるのは期待の表れだし」
「……」
「それにシンプルに腕も立つし、慣れてきたらきっとたくさんクエストを受けられるようになるわ」
言いながら書き終わった書類をエルヴィラが満足そうに見つめて頷く。ちら、と見た感じ彼女の字はとても綺麗で、そして書くのが早い。流石は元受付嬢。書類の処理能力がギルド員とは比較にもならない。
「よし! 上手く書けてる」
――助かる~! 戦闘能力は過剰になってるから、エルヴィラ先輩はいてくれるだけで本当に有難い。
内心でホクホクしていると、地を這うようなベリルの声が耳朶を打った。
「グロリア。この小娘、本当にパーティに入れるつもりか? 俺は反対だぞ。足を引っ張りそうだし、立ち姿からして大した戦力にならないのが丸わかりだ」
「ええ!? 確かに要領が悪いとは言われるけれど……!!」
ショックを受けているエルヴィラを完全に無視し、ベリルがジモンへと同意を求めた。
「そう思わねえか? ジモン」
「思う所はあります。が、お嬢がそうすると言うのなら、それに従います」
「はあ? イエスマンめ。グロリアを甘やかすな」
「いや……。ベリルさんには言われたくないです……」
――どうしよう! 不味い流れ!!
エルヴィラのいる前でそういった会話は本当に遠慮して貰いたい。非常に焦りつつ、グロリアは精一杯のフォローの言葉を口にした。尤も、それが適切な表現であるかは別の問題である。
「加入させると決めたのは私だから。ちゃんと面倒を見る」
「面倒を見て貰った義理か? ……チッ、まあいい。お前ちゃんと見とけよ、その小娘を」
「うん」
あまりにも下手な弁解過ぎてゴリ押しになってしまったが、ベリルも基本的には甘い。普通に折れてくれてよかった。
――でも……いつもより、拒否感が強いな?
言っちゃ悪いがエルヴィラは警戒する必要性のないタイプの人類だ。グロリアでさえそう思うので、ベリルが彼女を頑なに拒否する理由が見えてこない。どうでもいい、といつもならそれで終わるはずなのに。
「……取り合えず、書類を受付に提出してくる。二人は待っていて」
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