10.サブマスターの期待(4)

「――話を聞く限り、もうギルド如きが介入する域を出た話のようですが」


 ここでジモンが淡々とそうゲオルクに言葉を投げ掛けた。ああ、と力なく息を突いたサブマスターがゴルドの話を持ち出す。


「ところで我が《レヴェリー》へ最も出資しているのはゴルドさんだ」

「……ふむ。話の流れが変わったようで」

「彼の富豪は現在、ギルドに持ち金のリソースを大きく割いている。貴族である以上、要請すれば騎士団に対応を丸投げ出来るだろうが、それはゴルドの利益にはならない。自分が出資しているギルドに解決させたい、名を売りたい――それがスポンサー様のご意向だ」

「――まあ、いいでしょう、金は大事ですから。それで俺達の……というかベリルさんの財布が多少マシになるのであれば喜んで」


 おい、とベリルがジモンを睨み付ける。


「いつもは金欠じゃねえんだよ。今回はたまたまだ」

「知ってますよ。貴方に散在癖があれば、今頃まで騒動を起こさずにいられたわけがないので……。節約の賜物ですね……」


 ジモンの精一杯のフォローに涙が出そうだ。

 しかし、それよりも気になる事があったのでグロリアはそれまで貫いていた沈黙を破った。


「失敗したパーティは?」

「ああ。Aランクパーティを2つ別々に送り込んだ。が、先にも述べた通りだ。返り討ちに会い、数名が人質ないし死亡している」

「そうですか」

「お前達ならばやれると踏んで、前のパーティの失敗報告を聞いた時点で呼びに来たという訳だ」


 だそうだぞ、とベリルが小馬鹿にしたように目を細める。


「ギルドだなんだと言いながらこの体たらくだ。どうする? 受けてやるか?」

「受けてやるというか、ベリルにお金が無いから受けるんだよ?」

「グロリア、お前時々本当に良い奴だな……。ノルマ残ってる、つってたのに」


 こうしてノルマは未達なのに緊急クエストに着手する事となった。もう仕方がないので、可及的速やかに解決の上明日からはノルマ消化作業に手を付けたいものである。


 ***


 クエストを受けるとは言ったが、流石のサブマスター・ゲオルクも一介のパーティに対して書類仕事を引き受けてくれるお人好しではない。よろしく、と依頼書を残して去って行く彼はまだまだ忙しそうである。


 そんな訳で、書類を記入する為に移動してきた。

 緊急クエスト用の書類など作った事もない。イェルドパーティにいた時には、既に出来上がったものをリーダーが携えており、流されるまま現地へ向かっていたからだ。


 顔を上げるとベリルと目が合った。彼もどうやら書類の記入作業にいい加減、嫌気がさしている様子だ。

 無言の押し付け合い。どちらも譲らずにガンを付け合っていると、事情を知らない見兼ねたジモンがおずおずと口を開いた。


「あの、どうしました?」


 ベリルの狙いがグロリアから、ジモンへと移る。


「お前、こういうの得意だったよな? ちょっと書類に記入してくれや」

「俺は今日、移籍してきたばかりなのですが」

「よろしく」

「ええ……」


 有無を言わさぬ押し付けで、あっさりジモンにペンを握らせてしまった。これは良くないのでは? チーム内不和、という嫌過ぎる言葉が脳裏を過ぎった。

 悲しいかな、真面目な男であるジモンは微かに溜息を吐くと、ペンを握って記入方法を確認しつつも手を進め始めた。

 ――ごめん、ジモン……!

 当然、言葉にならないグロリアの謝罪は誰にも届かない。


「どうだ、行けそうか?」

「ベリルさんが俺に押し付けたんですよね? ……《レアルタ》と書式が大分違いますので、時間が掛かりますね」


 ついでに言うと台はジモンに対して小さすぎるし、ペンも備え付けの物は短すぎる。獣人の中でも一等身体の大きい彼は大体のスペースで色々とはみ出してしまうのである。

 苦戦している様子のジモンを見ていたベリルが小さく唸った。今度は何を言い出すつもりだ、と固唾をのんで見守る。


「字が汚いな」


 ――うわ、始まったよ……。

 心中でうんざりしたような溜息を吐く。ベリルはそういう字だの折り目だの、細かい事に拘りがあるタイプなのだ。


「帰ったら練習するぞ」

「うわ、また要らん事を言い出しましたね。勘弁してくださいよ、こっちは貴方みたいに良いお育ちじゃないんで」

「だから教える、つってんだろ。時々見え隠れするよな、盗賊だった頃の名残が」

「否定はしません」


 と、ジモンの手が止まった。

 その視線がグロリアへと向けられる。


「流石にお嬢の名前を俺が代筆するのは恐れ多いので、ここに名前だけ記入していただけないです?」

「分かった」


 手の平にあったえらく小さいように見えるペンを受け取る。自分の手に渡った瞬間、ペンが長くなったように錯覚した。

 ペンを走らせ、名前を記入すると難しい顔をしたベリルがボソッと呟く。


「グロリアの字も……いや、及第点って所か?」

「はあ? であれば、お嬢くらいの字で下限って事になるんですかね? このレベルにまで到達しないと解放されないのかよ……」


 ジモンは心底うんざりしているようだ。しかし確かに、お世辞にもジモンの字は美しいとは言えない。何なら読めない個所があるくらいには癖のある字だが、でも練習するとなったら非常に面倒臭いという気持ちも理解できる。

 ――そんな事より……この書類、間違ってたらどうしよう。

 普通のクエスト書類に記入したが、こんなにゴチャゴチャと記入されていただろうか? 若干違う気がしてならない。

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