09.サブマスターの期待(3)

 ***


「――実に壮観な眺めだ」


 グロリアがパーティの仲間を連れて戻った瞬間、ゲオルクがそう呟いて目を細めた。壮観な眺めも何も《ネルヴァ相談所》同窓会の方が正しい。我々も所詮は人間なので、そういった認識は改めて貰いたいものだ。

 一方でサブマスターの態度にベリルがワザとらしく鼻を鳴らす。彼は彼で常に喧嘩腰なのはどうにかならないのか。ジモンに至っては興味もないらしい。全員自由が過ぎる。


「で? 俺達を呼んだ理由は?」

「ああ、そうだったな。グロリアには少し話をしたが、緊急クエストを頼みたい」

「報酬は?」


 あまりにも直接的な問いであったが、ゲオルクは気にした様子もなく淡々と事実を述べた。


「良い依頼主が出したクエストだ。報酬額は現状ギルド内にあるクエストのどれよりも高いと思っていい」

「お、金もねぇし丁度いいぜ」

「それは良かった。ところでクエスト内容を説明する前に一つ聞きたい事があるのだが――」


 ここでゲオルクは言葉を選ぶかのように口を閉ざし、やがて遠回しな言い方を諦めたのか、これまた直接的な問いを投げ掛けた。


「お前達は必要であれば、人間を殺せるだろうか?」

「正規のギルドなのに、暗殺依頼ですか?」


 苦い顔をしたのはジモンだ。


「そういう訳ではないし、このクエストに違法性はない。最初の問いに答えて貰いたいのだが?」

「だそうですよ、お嬢」


 ――ここで私か! そういえばリーダーだったわ……。

 何故急に最年少者に振って来るのかと思ったが、顔を立ててくれたらしい。ベリルあたりがささっと答えると思って返事する準備をしていなかった。

 内心で挙動不審になりながらも、やはり凍り付いたグロリアの声帯が冷たすぎる声音を紡ぎ出す。


「可能です」


 もうこの時点でこのクエストがどういう立ち位置なのか見えてきた。報酬が高額な理由もだ。

 あまり『そういった』依頼は多くはないが、裏を返せばゼロでもない。既に《相談所》で経験済みだ。故に何ら問題はないと判断し端的に返答する。

 予想通りの回答だったのか、ゲオルクは深く頷いた。そうだろうな、と言わんばかりである。


「ならばこの緊急クエストについて説明しよう。内容自体はただの盗賊退治でしかない。問題はこのクエストが珍しく――『生死問わず』であるという事だ」


 生死問わず――凶悪な盗賊団討伐時などに出される、盗賊団の構成員であれば最悪殺害してしまっても法による何らかの罰則が発生しないモノを指す。これらはギルド協会からの認定が必要であり、勝手に生死問わずのクエストと定める事は出来ない。

 ゲオルクが手の中にあった依頼書を机に広げる。そこには血のように赤いギルド協会の認定印が押されていた。


 ――この人達、何をやらかしたんだろ……。

 盗賊と一口に言っても大抵は殺しなど御法度。こうして許可が下りる程度には暴れているようだが、いったいこいつらは何をしたのだろうか。山の中で暮らしてたまに通行人を襲うくらいならば、こんな書類は下りない。


「依頼人はゴルドさんだ。グロリアは会った事があるな?」

「ええ」


 大富豪の名前が出てきて、グロリアは心中で拳を振り上げて喜んだ。彼は本当に金払いが良いので報酬の期待度が爆発的に上昇した。


「それで? その賊の情報は?」


 話に飽きてきたのであろうベリルが続きを促す。ゲオルクは一つ頷くと話を再開した。


「連中はただの盗賊団などではない。何せ、自然公園付近にある村……そう大きくはないが、この村を乗っ取りそこで活動に勤しんでいる。当然、村人はそのまま人質として囲われている状態でその辺のパーティではどうにも手に負えない状態のようだ」

「それはまた随分と大胆な連中ですね。今はまだギルド員が送り込まれる程度で済んでますが、手に余るようでしたらいずれは国から騎士団を派遣され、そのまま団も解体されるでしょうに」


 盗賊事情に詳しい元盗賊・ジモンが眉根を寄せる。合理的ではない、と首を横に振った。


「幸か不幸か、ゴルドさんが騎士団に対応を求める事は無いだろう。まあ、それは後々話す。依頼にはあまり関係がないからな」

「キナ臭い話になってきましたね」

「盗賊団だが、元々は構成員が100名程いた。しかし、既に《レヴェリー》から送り込んだパーティと交戦しており、数はそれなりに減っているだろう。盗賊団のリーダーが切れ者のようだ。失敗したギルドの人間も人質に組み込み、これらを上手く使ってくると報告を受けている」

「そうですか」

「被害状況は深刻だ。乗っ取られている村の住人は勿論、《レヴェリー》のギルド員も数名殺害されている。帰ってこられた者の証言によると……やはりこの、団のリーダー。こいつが曲者のようだ」


 ベリルが報告を聞いてそれを分かりやすく鼻で笑った。


「登場人物が全員ポンコツで聞くに堪えない報告だな。何故、そんなアホみたいな事になるのかがまるで理解できない」


 指摘に対し、ゲオルクは酷く渋い表情を浮かべる。力なく首を振った。


「反論の余地もない。これはそう、ギルド全体の弱点とも言える。ギルド員など、全員が戦闘技能も独学で、それどころか素人集団である事に違いはない。魔物を討伐する事は出来ても、人殺しは出来ない者が大半だ。まともな倫理観なのは良い事だが、更に悪いのは自身で出来ないという事を理解できない者達だろうな。出来ないのなら、最初からそれを認識し断って欲しかった……」


 サブマスターは疲れ切った調子でぐったりと溜息を吐く。どうやら連日の騒動でかなりお疲れの様子だ。

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