死神のタユウちゃん

桜餅ケーキ

残念ですが死にま~~す。



 美頭源五郎みがしらげんごろう、七十七歳。


 怒りっぽく、すぐ口汚い言葉を吐き出してくる事からハゲ頭ゲンゴロウと近所の子供たちに呼ばれる老人。


 ともに暮らし、たった一人の家族でもある自らの妻の事をクソババアと呼び、口汚く罵っては早く死んでしまえなどと酷い言葉を浴びせる。


 そして、老人の妻はそんな老人の言葉に何も言い返す事はなく、適当な返事で家事をする。


 妻や周囲に対するあまりに酷い老人の態度をみた、息子夫婦や親戚たちは彼の事を蔑み、厄介者として扱うようになった。


「――母さん、あんな奴とは離れたほうがいい」


 母の身を案じ、自分たちと共に暮らす事を提案する息子夫婦。だが、老人の妻はそんな息子夫婦の申し出を断り、離れる事を選ぼうとはしなかった。


 そして、母があの家を離れられないのはきっとあの男が脅したりしている、だから離れる事ができない。


 息子夫婦がそんな事を話しているのを聞きながら、源五郎は一人、何もない空っぽな夜空を見つめた。


 ――赤い瞳が自らを見下ろしている事に、彼はまだ気が付けなかった。


 ◆ ◇


 ある日、妻が出かけ家に一人だけになった源五郎。新聞だけは自分で取りに行くことにしている為、玄関へと向かう――が……


 ドッガッシャーン!!


 良いか悪いかで言えば間違いなく悪い音と共に横開きのドアが源五郎の真横を掠め吹っ飛んでいく。


 一瞬、何が起こったのか理解できずに固まる源五郎の顔面に真っ黒なブーツの厚底が押し付けられた。


「じっ!?」


 悲鳴すら上げれず、そのまま床へと叩きつけられてしまう。


「やや!?二重ドアかと思って蹴っちゃいましたが……ドアじゃなくて平べったいお年寄りの顔面でしたね。タユウちゃんってば、うっかり!」


 テヘッ、とあざとく笑う真っ赤な着物を着た少女。可愛く舌を出しているが似合っていないゴツイサングラスのせいで愛嬌を一切感じる事が出来ない。


「はい、おじいさん。早速ですが質問です。今死ぬのと、今日死ぬの、どっちがいいですか?私が歌い終わる前に、お答えください」


 そんな少女の謎の質問に源五郎は鼻を押さえながら起き上がる。 


「いきなり人んちの玄関蹴破っておいて、なんじゃ、このクソガキは。尻を出せ、引っぱたいてぇ――!?」


 寸分のズレもなく、少女は源五郎の顔面を再度踏みつけた。


 そして、言葉通り歌い始める。


「あぁ~~私は~~優しい~~女の子~~とっても~~優しい~~女の子~~慈愛に溢れて~~ついやっちまう~~めんどいから~~つい~~やっちまう~~今も~~かなり~~めんどい~~つい~~やっちまう~~」


 カラオケだったならば、アドバイスに見せかけた煽りを言われてしまうような、そんな何とも言えない歌声を披露する。


「待て待て待て待て!!なんじゃ、その歌は!?やめろ!!歌うの今すぐやめんか!!」


 顔を踏まれながらも源五郎はやめるように大声をあげた。


 ……源五郎の言葉を受け、少女は優しく微笑み――源五郎の顔面を更に強く足で踏みつけた。

 

「あぁ~~めんどい~~何が規定だボケェ、こっちは安い給料で死神やってやっとるじゃ。福利厚生、賃金上昇くらいセぇやあのクソボケェ~~ああ~~私は優しい女の子~~優しすぎて~~このジジイさっさと片付けたい~~」


「だから、なんじゃその歌は!もはや、歌では無くなっとるではないか。お前のただの愚痴になっとる――ぅぐぅ!?」


「……うるさいですね。せっかく、こっちが待ってあげているのに……ああ、そう言えば自己紹介がまだでしたね」


 うっかりさんです、そう言って源五郎の頭から足を退けると、少女はしわくちゃになった紙を見せてきた。


「私、こういう者です」


 しわくちゃの紙には【明日から実践できる、嫌いな上司とよろしくする方法。遺体の処分、密室での処理等も別料金で受付中!!】と書かれていた。


「あっ、間違えました。失敬、失敬……こういうものです」


 再び出されたしわくちゃの紙には、【コロンと一発、死神協会】と書かれているのだった。


 訝しげな顔で源五郎が再び少女の顔を見上げると。


「おほん……私、死神のタユウと言います。短い間ですが、どうぞよしなに」


 サングラスを外し、タユウと名乗った赤い着物の少女は彼岸花のように赤く不気味な瞳を源五郎に向けるのだった。



 通されてもいないのに、タユウは勝手に居間に座る。


 吹っ飛ばした玄関はダミ声で取り出した胡散臭い道具で直した。


「あっ、お茶はいりません。私、人の家の食器とか湯呑みに触りたくないんで……ばっちい」


 指でちっちゃくバツを作り、そう言った。


「言われんでも、死神になんぞださんわい」


「おや、これは随分と嫌われたものですね。私、何か気に障るような事しました?」


 潔癖っぽい事を言った癖に、図々しくお茶請けの煎餅に手を伸ばす。


「したじゃろうが!!おもっきり玄関蹴破って、ワシの頭を踏みつけたろ!」


 もごもご、バリバリ、タユウは愉快なお口で否定した。


「やだなぁ、可愛い女の子の可愛いイタズラではありませんか。それに人によっては大変喜ばれますよ?」


 咀嚼した煎餅を持参したカフェオレで流し込むと、本題と言わんばかりに話始めた。


「さて――貴方の元にこうして美少女死神のタユウちゃんが、やって来た理由なのですが……えっと」


 ガサガサと大きなカバンを漁るタユウ。


 あれ、どこやったかな?とこぼしながら、漁り続け、やがて――


「……まぁ、簡単に言えば、貴方の寿命がすぐそこに迫っているって事なんです」


 面倒になったのか、探すのをやめ、源五郎に口頭でそう説明するタユウ。


「……」


 今、タユウが告げた事も、そのふざけた容姿も、死神と名乗るこの幼い少女も……普通に考えれば到底信じることなど出来ないだろう。


 ……だが、源五郎には、彼女の言葉は虚偽であると糾弾することが出来なかったのだ。何故なら――


「お医者さんに言われませんでしたか?もう、手の施しようがない、あるいはもうどうしようもないみたいな事を」


 三日前、かかりつけの医者に言われた言葉が源五郎の脳裏に蘇る。


『もう……手遅れなんだよ。源さん』


 ソレは、信頼できる親友でもある医者の言葉。


 嘘などつくはずが無かった。


「……ワシは……いつ……いつに……死ぬ?」


 タユウは首にぶら下げた灰色の懐中時計を開く。


 時計には四つの針があり、二つは現在の時刻、残りの二つは対象となった人間の寿命が尽きる日を刺し、止まっている。


「――今日の午後十一時五十七分二十九秒。死因は……言わなくても、わかりますよね?」


 タユウは先程とは違い、酷くつまらなそうに淡々と質問した。


「あぁ……わかっておる……」


 源五郎はタユウの言葉を受け、静かに心臓を押さえながら搾り出すように返事をした。


 タユウは拳銃を見せつけるように取り出す。


 拳銃にはでっかく骸骨のマークが掘られており、とても頭の悪いデザインをしている。


「――一応、楽に逝きたいのであればこの一発解決くんで、ぶっころ……楽に眠らせてあげられますけど……どうします?」


 タユウの言葉に源五郎は……


「いや、結構」


 そう、答えた。


「――そうですか……では……今夜遅く、お迎えに上がります……どうか、残り短い灯火で足掻かぬよう――後悔も未練も抱えたまま大人しくなさってくださいね」


 とても冷たく、まるでこれから運ぶ物を見るような目でタユウは言うのだった。


「ああ、分かっとる……分かっとる」


 そして、その場を後にしようとして。


「なんか、タユウちゃんがとても悪い奴みたいに見えるんで、一曲歌っていいですか?」


「早よ帰らんか!」


 そんなどうでもいいことを言い残すのだった。


 

 …………


 人も町も眠りについた夜遅く。


 星と月だけが眠らぬ空の下、源五郎は珍しく妻を縁側に呼んだ。


 相変わらず名前ではなく、おい、ババアと酷い呼び方だったが、妻は特に怒る事もなく、慣れた様子で男の元へとやって来る。


「はい、何ですか?」


 妻の顔を見ようともせず、男は夜空を見ながら淡々と喋る。

 

 「お前と……出会って、何年経った?」


 珍しく男の顔は少し寂しそうで、今にも泣き出しそうな弱々しい顔をしていた。


 妻はそんな男の女々しい顔を、小馬鹿にするように笑い。


「そうですね……もう五十年と少し、になりますかね……」


 そう穏やかに答えた。


 カチカチッと、時計はゆっくり確実に進む。


 男は続けて独り言とも質問とも取れる言葉を口にする。


「ワシはお前と……何百回同じ飯を食って、何百回同じ顔を見て、何百回喧嘩して……そんで……――何回、お前に愛してると言った?」


「そうですね……一回?……いえ、一度もありませんね」


「そう、だったか……」


 すまない、源五郎がそう続けようとするのを邪魔するように。


「……愛してるなんて言われたことはありません。ただ……絶対に笑って死ねるようにしてやる、なんて事を言われたのは覚えていますよ」


 懐かしそうに妻は笑い、源五郎は恥ずかしさと嬉しさと……寂しさが混じる不細工な顔で笑った。


 少しすると源五郎は一度、深呼吸をした。


「……お前を残して死にたくなかった……ワシは……ワシは、お前より後に……死にたいんじゃ……お前を、送ってから……」


 ただ唇を震わせながら絞り出す。


「だから、まだ……どうか……どうか……どうか……」


 未練も後悔も何もかも抱えたくなくて……必死に絞り出す。


 妻はそんな身勝手で馬鹿な男の背中を優しくさすりながら


「何を言っているんですか、あなたには私より先に死んでもらわないと困りますよ。アナタが居なくならないと、私は好きに生きられませんから……だから、何も思い詰めないでください」


 妻は愛する男を抱きしめる。


「……アナタがいたら、私は笑って死ねませんから」


 口汚くて、ぶっきらぼうで、素直ではない。そんな面倒な生き方しかできない男を優しく抱きしめた。


「……そうか……そうか……やっぱり、とんでもねぇ……クソババアじゃねえか……」


 源五郎は嬉しそうに笑う。


 そして、まぶたが重くなり始めた源五郎の瞳には――満月を隠すように夜空に浮かぶ死神の姿があった。


「ああ、お迎えか……死神さんよ」


 源五郎の最後の言葉に死神はただ……


「ええ、のんびり運行の美少女によるお迎えです」


 僅かに微笑み、遅らせていた時計の針を元に戻した。






「おい!タユウ!!」


「何ですかアゲハちゃん。はっ、もしかしてエクレア勝手に食べたのバレました?」


「いや、エクレアの件は後で覚えとけよ?……そうじゃなくて、お前が最近送ったジジイの事だよ」


「はい、それが何か?あっ、もしかしてA判定貰えたりですか?」


「いや、AどころかF、しかもマイナスな」


「なんですって!?」


「当然だろ、お前勝手に時間遅らせた訳だし」


「……むぅ、やはりお人好しは行きづらい世の中なんでしょうか」


「自分で言うなよ」


「アゲハちゃんだって、ただの美少女だったタユウちゃんを無理矢理、死神にした極悪人じゃないですか!」


「いや、あれは……ああするしか……」


「あぁ?何ですか?音量上げてくれません?」


「死ね」


「死神に死ねとは?」


「……いいから戻るぞ、タユウ」


「……そうですね、アゲハちゃん」



 ◇ ◆


 乱暴な旦那がいなくなり、息子夫婦と共に暮らす一人の妻だった女。


 女は空っぽな夜空を見上げる。


「大丈夫……笑ってますよ。だから、心配しないでください」


 誰かに話しかけるように、夜空へと語りかけた。

 

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