なりきりテーマパーク

ぱかぱか

第1話

俺は休日を自宅でゴロゴロして過ごしていた。日頃の疲れなのか眠気に負けて目を閉じ眠ってしまっていたんだと思う。どの位寝ていたのかは分からないが体に痛さを感じ目を開けると、そこには見知らぬ森が広がっていた。まだ夢の中なのかと思ったが、土や森や風の匂いを感じる。自分の体を触ったり抓ったりしてみるが確かな感覚があった。




「どうする。どうする。落ち着け。落ち着くんだ。まずは状況を整理するんだ」




 敢えて声に出し混乱しそうになる思考を、理性を総動員して落ち着かせる。今だ胸が早鐘を打っているが状況を把握する事にした。周囲を見渡すとやはり見知らぬ森の中、視線を上げると空には月が2つあった。まさかと思っていたが、そのまさからしい。家族や友人の顔が過るがそれどころではない。今どうするかだ。




(はぁ……これって異世界召喚ってやつか?どうしよう。まずはテンプレ通りアレか)




「ステータスオープン……あれ?」




「ステータス参照……」




「スキル確認……」




 ………………




 …………




 ……




――――




 色々試してみたがこの世界ではステータスやスキルの確認などは出来ないらしい。不安は有る。不安は有るがしかしこんな森の中で1人途方に暮れていても仕方がないと思い行動に移す事にした。




 森を彷徨っていると遠くから人の声の様なものが聞こえて来た。俺は危険な動物などに襲われるのではないかと1人不安な気持ちで森の中を彷徨っていたので、何も考えず声の様なものがする方向に駆け出した。森の中を走り視界に映ったのは、土の道で豪華な馬車を取り囲む多数のゴブリンとゴブリンと斬り合う2人の騎士、そして二人を応援する豪華な衣装の少女と燕尾服の男性と侍女服の女性だった。俺はこの状況を見てすぐには出て行かず、隠れながら見守る事にした。




 2人の騎士は特別目を見張る様な動きでは無かったが、あっと言う間にゴブリンを切り伏せて行く。豪華な衣装の少女は大喜びである。俺はこれまで争い事と無縁だったので無残なゴブリンを見る事を心配していた。だが切り伏せられたゴブリンは黒い靄になって消えて行くので、凄惨な状況を見ず一安心している。全てのゴブリンを切り伏せた2人の騎士は、豪華な衣装の少女の前に行き片膝を付いて報告する。




「全てのゴブリンを倒しました」




「姫様お怪我はありませんか?」




「えぇ。大丈夫よ。それより二人共格好良かったわ」




 豪華な衣装の少女はそれはもう嬉しそうに弾んだ声で答えた。その3人のやり取りを微笑ましそうに燕尾服の男性と侍女服の女性が見つめていた。言葉が通じるか不安はあったが同じ言語だと確認する事が出来た。俺はタイミング的に今だと思い森から出ながら声を掛けた。




「すみません!」




 俺の声に5人が一斉に振り向いた。俺の格好が珍しいのか訝しげに見て来る。俺は敵意は無いと示す為に両手を上げながら近付いた。




「驚かせてすみません。皆さんに対して敵意はありません。信じて貰えるかは分かりませんが、気が付いたら森の中に居て此処が何処かも分からない状況でして……色々と教えて頂けませんか?」




 5人は顔を見合わせた後、燕尾服の男性が口を開いた。




「えぇ。我々に敵意があるとは思っていませんのでご安心下さい。先ずは自己紹介から致しましょう。こちらに居られるのがシエナ王国の王女アレクシア様でございます」




 燕尾服の男性が豪華な衣装の少女を紹介する。燕尾服の男性は40歳過ぎ位で、ブロンドの髪にグリーンの瞳だ。中肉中背だが若い頃は武術でもしていたのか、引き締まっている感じがする。




「アレクシアよ」 




 紹介されたアレクシア王女は俺が居た世界の小学校高学年位で、ダークブロンドの髪にヘーゼルの瞳だ。満面の笑みで綺麗なカテーシーを披露してくれた。王女がカテーシーを俺にした事に違和感を持ったが、此処は俺が居た世界と違うのでそう言うものなのだろうと納得した。




「私はアレクシア様の執事アルバートでございます」




「そして此方がアレクシア様の侍女ブレンダでございます」




 執事のアルバートは自己紹介をして挨拶した後、侍女のブレンダを紹介する。アレクシア王女よりぎこちないカテーシーだったが笑顔でしてくれた。侍女のブレンダは執事のアルバートと同じ40歳過ぎ位で、レディシュの髪にブラウンの瞳だ。落ち着いた雰囲気の女性だ。




「そして此方の二人は、アレクシア様の護衛騎士パトリックとノーマンでございます」




 二人共爽やかな笑顔で見事な騎士の礼を見せてくれた。護衛騎士と言っても二人共全身鎧では無く、兜は被らず胸当てと腕当てのみ金属製で他は布の服だ。この辺りに出て来る敵程度では問題ないのだろう。先程もあれだけの数のゴブリンを簡単に切り伏せていたので納得出来る。さすがは王女の護衛に選ばれるだけある。




 護衛騎士パトリックは俺が居た世界の大学生位で、ブロンドの髪にブラウンの瞳だ。執事アルバートより背は高くがっしりとしていて流石騎士と感じさせる体付きだ。




 護衛騎士ノーマンはパトリックより若く見え俺が居た世界の高校生位で、レディシュの髪にヘーゼルの瞳だ。男性陣の中では一番背が低いが引き締まった体付きをしており、これから訓練を重ねていきパトリックの様ながっしりとした体付きになっていくのだろう。




 全員の挨拶を受け今度は俺の番である。俺は此処で一瞬迷った。本当の事を話すか、自分の素性を偽るか。彼らしか頼る存在が居ない中で下手をしたら警戒され、敵対されてしまうかもしれない。最悪の場合捉えられて俺の意識とは関係なく、この世界には無い知識や技術を提供させ続けられてしまうかもしれない。




 しかし短い時間しか接していないが、彼らの人柄を見ていると皆優しさに溢れている。俺の意思とは関係なくこの世界に召喚されてしまったと話しても、大丈夫なのではないかと思えてしまう。根拠なんて何処にも無いただの俺の直感だ。




「ショーと言います。これから突拍子も無い事を話しますが、先ずは聞いて下さい。先程も話しましたが、気が付いたら森の中にいました。そして私はこの世界の住人ではなく、別の世界の住人なんです」




 そして全員を見渡す。皆は口を大きく開けたり、口に手を当てたりして驚いた顔をしていた。特に侍女のブレンダは全身を使って驚いていた。その驚き様にどんな事を言われるか心配していたが、驚いた後に顎に手を当て思案していた執事のアルバートの言葉で安堵した。




「なるほど……そう言う事も有るかもしれませんね」




「こんな話を信じて頂けるのですか?」




「えぇ……世の中は広いですから……」




 執事のアルバートの話を聞いて他の面々も頷いた。俺は誤魔化さず本当の事を話して良かったと思った。彼らを信じて良かったと。




「いつまでも此処で話をして居る訳にもいきませんし、色々聞きたいとのお話し。どうですかな、我々に同行しませんか?」




「ありがとうございます。是非お願いします」




 俺には願ってもいない言葉に即座に了承した。




「では、アレクシア様は馬車の中へ。ブレンダお願いしますね。パトリックとノーマンは引き続き警護と御者をお願いします」




 執事のアルバートに馬車にエスコートされたアレクシア王女は、馬車に入る前に向き直ってドヤ顔で2人の護衛騎士に言葉を掛けた。




「私の騎士パトリック、ノーマン、警護は任せましたわよ」




「「はっ!お任せ下さい」」




 俺はこのやり取りだけで2人の護衛騎士がどれだけアレクシア王女に敬意を持っているか察した。まだ幼いのに慕われるだけの物を持っているのだなと。アレクシア王女達が馬車に乗り、俺も続いて馬車に乗り込んだ。アレクシア王女が真ん中で、右に侍女のブレンダが左に執事のアルバートが座った。俺はアレクシア王女の正面に席に座る。頃合いを見て御者席から声が掛かり出発した。馬車には初めて乗ったが小説や漫画に出て来る馬車と違い、乗り心地が良いまるで車みたいだった。先ず執事のアルバートが声を掛けて来た。




「では、ショーさん何が知りたいですか?」




「そうですね……先ずは……」




 そして俺はこの世界の事を聞いて行くのだった。ここはシエナ王国の王都モデナからアレクシア王女の叔父に当たるブレシア公爵の居城に向かう街道である事。アレクシア王女は両親である国王や王妃の他に2人の兄が居る事。しかし皆国政に忙しく中々構って挙げられない事。そんなアレクシア王女を不憫に思い、歳の近い子を持つブレシア公爵に相談し今向かっている事。シエナ王国は内陸国で周辺にはシルミオーネ王国、マネルビオ王国、ラッパロ王国がありその3ヵ国とは友好関係である事。幾つかの国を挟んだ地にはラグーザ帝国と言う覇権を狙う国が有る事等を教えてもらった。




 生活に関わる事も聞いてみた。魔道具と言う物が生活の基盤にあり、水や湯を出したり、炎を出し調理の際に使う物や、照明に使う物等多岐に渡り魔道具が活躍している事。製造方法は秘匿されており携わる者しか知らない事を教えてもらった。俺が感心して聞いていると何故かアレクシア王女も楽しそうに聞いていた。




 他にも色々聞いてみた。護衛騎士パトリックとノーマンが戦っていたのは、やはりゴブリンである事。ゴブリンは魔物と言う半生物に分類される事。魔物はゴブリンの他にも昆虫型や獣型、更にはドラゴン等が居る事。俺は話を聞いてどの様に半生物と言う魔物が生まれるのか気になり聞いてみた。




「申し訳ありません。専門家ではない私には詳しい事は……」




 執事のアルバート少し焦った様子でアレクシア王女をチラチラと気にしながら答えていた。王女の執事に選ばれる程の人物が知らない事があるのを恥じているらしい。




 雰囲気を察した侍女のブレンダが話題を変えて来た。アレクシア王女はその可憐さと困っている者を見ると手を差し伸べる慈悲深さから、多くの国民から愛されている事。そんなアレクシア王女を慕って集まった者達が、様々な事で競い合い優秀な者が選ばれて傍で使えている事教えてもらった。




「アルバートは色々な事が出来るし色々な事を知っているのよ。ブレンダは料理やお菓子作りが上手なのよ。パトリックとノーマンは私が困っているとすぐに来てくれて助けてくれるのよ」




 アレクシア王女は嬉しそうに話してくれた。その様子を見た執事のアルバートと侍女のブレンダは、互いに視線を合わせたりして嬉しそうに微笑んでいる。そう先程執事のアルバートからシエナ王国や周辺各国の話や、魔道具の話を聞いていた時から互いに視線合わせたりしていたのだ。(お互い歳も近いし、そう言う関係なのでは?)等と邪推してしまった俺は悪くないと思う。




 その後は話題が変わってしまったので聞けなかったゴブリンとの戦闘の時の事。護衛騎士パトリックとノーマンの剣は魔法が付与された特殊な剣である事。魔法があり訓練を積めば誰でも使える様になる事を教えてもらった。




「今度はショーの事を教えて」




 アレクシア王女にせがまれ今度は俺の事を話していく。どんな世界で、どんな国に生まれ、どんな生活をしていたのか。アレクシア王女は興味深そうに俺の話を聞いてくれたが、そしてこの世界にどの様にして来たかを話した。




「休日を自宅でゴロゴロして過ごしていたら、いつの間にか眠ってしまい目を覚ましたら森の中でした」




 アレクシア王女はがっかりした様子で俯いたが、不意に顔を上げ何かを決意した表情をして言った。




「この世界の神に呼ばれて使命を託されたとか、この世界のどこかの国が使った大魔法で召喚され逃げて来たとか、誰かを庇って死んだらその人物が神様のお気に入りでこの世界に生き返らせてくれた、とかの方が良くないかしら?」




 俺はその言葉を聞いて確かにと思ったが実際は違うのだ。俺がどう返すか迷っていると侍女のブレンダが助け舟を出してくれた。




「姫様、ショーさんが困っていますわよ。先程の言葉は真実を隠す為かも知れませんわ。実際は姫様が仰られた理由かも……」




 その言葉を聞いたアレクシア王女は目を輝かせた。侍女のブレンダが俺に目を向けウィンクしてきた。年上の女性でも身なりがきちんとしていて雰囲気があれば強烈である。俺は侍女のブレンダから意識を逸らす為に彼女の言葉に乗っかった。




「今は話せませんが、いつか真実を話します」




 それからのアレクシア王女は上機嫌であった。




――――




 どれ位時間が経ったのだろうか。まだまだ話をしていたかったが、不意に御者席から声が掛かった。




「姫様、ブレシア公爵の居城が見えてきました。ご準備を」




 それから物の数分で馬車は停まり扉が開かれる。執事のアルバートとが降りアレクシア王女をエスコートし、侍女のブレンダを護衛騎士ノーマンがエスコートした。俺は降りる時チラリと護衛騎士パトリックに視線を移した。視線を感じたのか護衛騎士パトリックが爽やかに微笑んでいた。男の俺にエスコートしないのは分かっていたが、敢えてされていたら新たな扉を開いていたかも知れない。馬車を降りると左右に侍女と使用人が10人ずつ並び、中央に高級そうな衣装のブレシア公爵一家らしき人物たちが出迎えてくれた。満面の笑みをアレクシア王女達に向けていたが、予定に無い来訪者である俺を見咎めると訝しげに見て来る。




 しかしアレクシア王女が綺麗なカテーシーを披露して挨拶をすると、皆笑顔挨拶を交わしていく。そして執事のアルバートが俺を紹介する。




「こちらは異世界からの客人でショーさんです」




 その言葉に皆驚いていたがそれまでの態度とは違い笑顔を向けて来た。その後は俺もブレシア公爵一家と挨拶を交わしていく。ブレシア公爵は執事のアルバートと同じ歳位に見える。公爵夫人も同じ歳位だろう。ブレシア公爵には2人の子供が居り、俺が居た世界の中学生位の男女だ。




 だが俺にはそんな事はどうでも良かった。殆どの侍女に顔の側面の耳とは別に、頭部にケモ耳があり、臀部には尻尾が生えていたのだ。俺はピクピク動く耳やフリフリ動く尻尾が気になって仕様がなかった。俺だけかと思っていたが、アレクシア王女達も気になっている様子だった。




「王都からの長旅で疲れているだろう、お茶でもしながら久しぶりに話をしよう」




 ブレシア公爵の言葉で中に案内される。俺の気を引く物があり外観は良く見ていないが、内部は質実剛健と言った武骨な雰囲気だった。ここでアレクシア王女達とは別れ俺は1人別の部屋に案内される。別れ際にブレシア公爵が言った言葉が嬉しかった。




「君の好きなだけ滞在すると良い。君の都合も有るだろう」




「ありがとうございます」




 俺はブレシア公爵に礼をしアレクシア王女達と一端の別れの挨拶を交わして、侍女の3人に案内され2階にある客室に向かう。向かう際に滞在中の注意事項として立ち入り禁止の場所を教えて貰う。2階にある客室に到着し中に入ると、高級そうなソファーやテーブルに豪華な調度品の数々を見て流石公爵と目を見張った。俺が固まっていると侍女の1人が口を開いた。




「こちらのお部屋を起点に右側の扉が寝室、左側の扉が浴室と洗面所がございます。食事はお部屋でも1階の食堂でもお好きな方で召し上がって頂く事が出来ます。お召し物もご要望が御座いましたらご用意させて頂きます」




 何と至れり尽くせりなのだろうか。まるで高級ホテルの様だと、高級ホテルに宿泊経験の無い俺は思った。




「先程も申しましたが立ち入り禁止場所には注意して下さい。テーブルの上に館内地図が有りますので、そちらを参照し目的の場所への経路や非常時の避難経路の確認を行って下さい」




 そこで俺はテーブルに向かい館内地図を確認し驚嘆した。広い広いと思っていたが俺の予想以上だった。数百人規模の小中学校の校舎が3つ4つは確実に入る。振り返り侍女に顔を向けると微笑みながら答えてくれた。




「その館内地図の4倍の広さがございます」




「そんなに広いのですね」




「はい。ブレシア公爵様には常に大勢のお客様がお会いに来られます。現在もアレクシア王女様の他に大勢の貴族の方や仕官を求める騎士や魔術師や流浪の剣士の方が滞在して居られます。そのお世話をさせて頂く私たち使用人もその数だけ居りますので……」




「ありがとうございます。こんなに広いのも納得出来ました」




 俺は驚きの連続だった。そして此処で初めてアレクシア王女やブレシア公爵と言う雲の上の存在と、平然と話をしてしまっていた事を実感した。だから改めてお礼の挨拶が出来ないかと聞いてみたが、予定を確認してみるとの返事だけだった。部屋を出て行こうとした侍女の3人に先程からどうしても気になる事を質問してみた。




「侍女の方達はケモ耳と尻尾が生えている方が多いですよね。何か理由があるのですか?」




「えぇ……大変人気なんです。可愛いと思いませんか?」




「はい!非常に可愛いと思います!そのケモ耳と尻尾を触らせて貰えませんか?」




 俺はついそんな事を口走ってしまったが、侍女の3人は驚いた顔をしたが嫌そうでは無かった。一瞬触らせて貰えるのかと期待したが返って来た答えは違っていた。




「お気持ちは分かりますが女性の体に触らせろとは、あまり良いお言葉ではありませんよ」




 当然だ。至極当然の答えだった。俺は羞恥心を誤魔化す為に彼女達に質問した。彼女達は獣人と呼ばれる種族である事。獣人は特別身体能力が人より高いと言う事は無く人と同じ位であり、違いは見た目だけで有る事。この世界の人種は人と獣人だけである事を教えて貰った。聞いてはいないがエルフやドワーフは居ないと言う事だ。俺は侍女の3人に礼を言い退室するのを確認してからソファーに座った。俺は一番大事な今後についてゆっくり考える事にした。




 元居た世界に戻る方法を見つけ出して帰りたい、これが俺の本心だ。しかし簡単には見つかるとは思えないし最悪帰れない事も考慮して、この世界で生きて行く方法を見付けなければならない。だが俺には地位も金も権力も無い。知識や技術もこの世界で通用するか分からない、魔法なんて不思議現象が有るのだ物理法則も同じとは限らない。有るのはこの体と多少のコネだけ。今の俺では圧倒的に情報が足りなくて生きて行く方法を見付けられない。俺は館内地図を眺め俺が立ち入りを許されていて情報集が可能な場所を探す事にした。




――――




 俺が先ず向かった先は館内1階にある騎士団の訓練場だ。食堂が1番情報収集に向いているが、時間帯的に後回しにした。俺のこの世界には、ゴブリンや昆虫型や獣型やドラゴン等の半生物に分類されるが魔物が存在している。魔物の事を知らないと命を落としかねないと思ったのだ。因みに俺が立ち入りを許されて居るエリアに書斎は無い。




 騎士団の訓練場の入り口には騎士が立って居り、俺の格好を見て訝しげに見られたが事情を話すと驚いていたが快く教えてくれた。訓練場は元々誰でも自由に出入りが出来、更には訓練の見学席まで有るとの事で願ったり叶ったりだった。訓練場は地面剥き出しの学校の校庭のような場所だった。訓練場の脇を通り階段状に設置されている見学席に向かう。




 俺より先に見学席にいた人に案の定訝し気に見られたが、気にせず俺は空いている席に座り訓練を観戦した。訓練場には全体で100人程が居り、更に10人程のグループに別れ1グループに教官が1人付き、模擬戦は行わず型通りに素振りしている。驚くべき事に下は小学生位から上は60歳位と年齢の幅が広く、男性だけでは無く女性も多くいた。兜は被らず胸当てと腕当てのみ金属製で他は布の服と言う護衛騎士スタイルだ。訓練はあまり厳しくは無いみたいで、疲れたら少し休み他人の訓練を見ていたり時折白い歯が覗いていた。




 訓練を見ているだけではこれ以上得る物は無さそうだなと思っていると、ちょうど全体の休憩時間になり思い思いに休憩をして行く。見学席にも大勢の人が流れて来たので、思い切って声を掛ける事にして席を立った。周囲を見渡して見ると他の騎士団員と違う鎧を身に纏った、年齢がバラバラな男性3人組が目についたので声を掛けた。やはり俺の格好を見て訝しげに見られたが事情を話すと驚いていたが納得してくれた。そして気になる事を聞いて行く。




「失礼な事をお聞きするかも知れませんが、皆さんは他の方達と鎧が違いますよね?何か理由でも?」




「あぁ……私達は騎士では無く、流れの剣士なんですよ。そしてこの鎧は特注品なんです。鎧だけでは無く剣もなんですがね」




 そう答えてくれたのは60歳位の男性だ。一緒に居るのは30歳半ば位の男性と俺が居た世界の小学校高学年位の男の子だ。




「流れの剣士!格好良いですね。剣の腕一つで世界を回る!何か憧れますね」




 その後3人で入れ代わり立ち代わり話してくれた。3人は親子で他の家族は王都に有る自宅で暮して居り、3人が他の町々を回り稼いで生活費を稼いでいる事。親子3人で町々を回っているのでちょっとした有名人である事。3人は今日の夕方には王都に向けて立つ事。その他の事も色々聞いてみたが俺の当初の目的であるこの世界で生きて行く方法に繋がる話は聞けなかった。3人に折角だから一緒に訓練に参加しないかと誘われたがお断りした。そして休憩時間が終わり皆が集合した時にそれは起こった。騎士の1人が慌てて走り込んで来たのだ。




「騎士団長!大変です!」




「どうした!慌てずに、ゆっくり、はっきり、大きく喋れ!」




「はっ!物見が多数の魔物を発見!どうやら此方に向かっている様です!未確認ですが中には強力な魔物も多数居るようです!」




「何!騎士団の主力は不在だぞ!魔法士団の状況はどうだ?」




「はっ!いつでも出陣出来るようです!」




「……諸君今聞いての通りだ。君達はまだ正式に騎士団に所属はしていないが、多数の魔物が此処に押し寄せてきている……どうか君達の力を我々に貸しては貰えないだろうか?……命の危険が有るからもちろん強制はしない!だが、それでも我々と共に戦ってくれる者は、私が合図をしたら右手の拳を『オウ』と突き上げてくれ!……」




「魔物の大軍を打倒すぞ!」




「「オウ!」」




「声が小さい!もう一度だ!……魔物の大軍を打倒すぞ!」




「「「「オウ!」」」」




「……諸君!これより魔物の迎撃に向かう!我々の後にグループ毎に続いて欲しい!」




「……では、出陣!」




 俺は黙って見送る事しか出来なかった。勇壮で逞しい男性達だけでは無い。俺よりも華奢な女性達を、年端も行かない子供達を見送る事しか出来なかった。この中で果たして何人無事に帰って来る事が出来るのか。祈る事しか出来なかった。




――――




 どの位時間が経ったのだろうか。目を閉じ祈って居た俺の耳に大勢の足音が聞こえ、見学席から歓声が聞こえて来た。どうやら魔物を迎撃に出ていた第3騎士団が帰って来た様だ。




「諸君の活躍により犠牲者を1人も出さず、魔物の大軍を打倒す事が出来た!改めて感謝を述べさせて貰う……今日は疲れたであろう。時間も時間でなので、今日のところは湯に浸かり食事を取りゆっくり休み、また明日から訓練に励んでもらいたい。では解散!」




 見学席から盛大な拍手が送られた。言葉通り今日は此処までなのか皆鎧を外し始めた。大半の者が自前の鎧では無いのか鎧を返していた。皆が訓練場を去り始めたので俺も訓練場を出る事にした。華奢な女性達や年端も行かない子供達まで戦う中、祈る事しか出来無い不甲斐ない自分に嫌気が差したがまだ初日だ。気持ちを切り替え先ずは情報収集と食堂に向かった。




 食堂には先程訓練場にいた面々が大勢席に着いていた。なので俺の格好を見て訝しげに見て来るのは半数位だった。食事はビュッフェスタイルで俺が見た事の有る料理も有りそれらを選び、話がし易そうな人物を探す。訓練場で見かけた感じの良さそうな、俺が居た世界の高校生位の男女の2人組が、向かい合わせに座っていたので声を掛けて席に着いた。先ずはいつも通り事情を話すと此処でも驚かれたが納得してくれた。本当にこの世界の人達は異世界人に寛容だな等と思いつつ気になっていた事を質問した。




「今日無事に魔物の大軍を迎撃出来たのは大変喜ばしいのですが、中には年端も行かない子供達も一緒でした。正直帰って来れない者や大怪我をしてしまう者が居ると思っていたのです。何か理由が有るのではと考えていますが、教えて頂けませんか?」




「あぁ……それはですね」




 2人は快く教えてくれた。魔法士団の高位の魔法士の使う強力な防御魔法のお陰で、皆怪我をせずに済んだとの事。他にも後方からの魔法の援護でかなり助けられたとの事。この時俺はこの世界で生きて行く為に魔法を学ぶのは良いのではと考えた。魔物と切って張ったは出来る自信は無いが、魔法での後方支援であれば出来そうな気がした。暫らく2人と雑談をしてから客室へ戻った。戻る途中に侍女に会ったので翌日の衣服を頼み、変わってしまった日常に疲れて居た為浴室から出るすぐに寝入ってしまった。




――――




 翌朝目が覚めると思ったよりも心身共にも好調だった。信じられない展開を経験してしまったが、この世界で生きて行く為の目標が1つ出来たからだ。まだ不安な気持ちは大いにあるが。昨日用意してもらった魔法士っぽい衣服に着替え食堂に朝食を取りに行く事にした。




 食堂に行くと既に賑わっていた。朝もビュッフェスタイルで適当に料理を選び、話がし易そうな人物を探す。昨日の感じの良さそうな高校生位の男女の2人組を見かけたが、2人は俺に気付くと奥の方の席へと向かって行った。俺も朝は静かに食べたい方なので空いている席に座り、1人黙々と食べる事にした。1人食後のお茶を楽しんでいると皆が動き出した。すぐには動かず様子を見ながら俺も食堂を後にして魔法士団の訓練場に向かった。




 魔法士団の訓練場の入り口には魔法士が立って居り、挨拶をして訓練場に入る。魔法士団の訓練場も地面剥き出しの学校の校庭のような場所で的が複数設置されていた。更に階段状の見学席が有りこの辺りは騎士団の訓練場と同じだった。訓練場に俺が入った時には30人程しか居なかったが、後から続々と集まって来ていた。そんな彼らを眺めて暫らく待つと魔法士団長が現れた。この時には下は小学生位から上は60歳位の年齢の男女が60人程が集まっていた。




「入団希望者の諸君良く集まってくれた。これから魔法の訓練に入るが幾つか注意事項が有るので良く聞いて欲しい。」




 その後魔法士団長による注意事項の説明があった。水分補給は小まめにとか、手洗いの場所とか、急に気分が悪くなったらとかきめ細かい。そして魔法修得者と非魔法修得者に別れ5人程のグループを作り1グループに教官が1人付いた。勿論俺は非魔法修得者のグループだ。俺の他には小学校高学年位の男の子4人組だ。教官が魔法について説明していく。




「此処にいる者は初めて魔法を使うと言う事で説明をして行く。質問は全ての話を聞いてからにして欲しい。魔法は言葉に魔力を乗せる必要がある。その為に簡単に魔力とはどんな物かを説明する。魔力はまだ研究段階にあるが、人や獣人に限らず全ての生物に等しく存在すると言われている。魔力は我々の敵である魔物にも存在し、魔物の体の殆どは魔力で構成されていると言われている。その為魔物に傷を負わせるには魔力を用いなければならない。騎士や剣士は魔法が付与された剣で、我々魔法士はこの専用の杖を持ち、決められた呪文を詠唱しなければならない」




 その後、各呪文が記載された紙が配られていく。先ずは呪文を覚えろと言う事だ。俺は子供達に負けて堪るかと、一語一句間違えに様に必死に覚えいく。この時俺は魔法と言う未知なる現象を自分が使える様になると思うとワクワクして堪らなかった。頃合いを見て教官が声を掛けた。




「私が実演するので良く見ていて欲しい」




 そして教官が呪文を唱え、的に向かって魔法を発動させた。魔法を確実に発動させるためには、腕を真直ぐに伸ばし顔の正面に持って来る事。顔と杖と対象物を対角線で結ぶようにする事が大事だと教えてもらった。




「では、そろそろ皆実際に呪文を詠唱してみよう」




 そう言って子供達から順番に呪文を詠唱していくのだが、皆呪文を間違えても同じ魔法が発動していく。皆大喜びではしゃいでいるのだが、俺は釈然としなかった。疑問に思い教官に聞いてみると多少呪文を間違えてもイメージがしっかりしていれば問題ないとの事。あんなに必死に覚えたのに初めに言って欲しい。




 そんな事があったが俺も無事に魔法を使う事が出来た。その後はそれぞれ的に向かい、思い思いに呪文を詠唱していく。俺はこれで何とかこの世界で生活の糧が出来そうだなと安堵した。暫らくすると全体での休憩になった。俺は見学席に座り、他にも保険の意味で技術や知識等を得られないかと思い、どうにかして魔道具製造に関われないかと考えていたらあっと言う間に休憩時間が終わってしまった。そして休憩時間が終わり皆が集合した時にそれは起こった。魔法士の1人が慌てて走り込んで来たのだ。




「魔法士団長!大変です!」




「どうした!慌てずに、ゆっくり、はっきり、大きく喋れ!」




「はっ!近隣の街より救援要請です!現在多数の魔物による襲撃を受けていると!未確認ですが中には強力な魔物も多数居るようです!」




「何!魔法士団の主力は不在だぞ!騎士団の状況はどうだ?」




「はっ!いつでも出陣出来るようです!」




「……諸君今聞いての通りだ。君達はまだ正式に魔法士団に所属はしていないが、多数の魔物が近隣の街に押し寄せいる……どうか君達の力を我々に貸しては貰えないだろうか?……命の危険が有るからもちろん強制はしない!だが、それでも我々と共に戦ってくれる者は、私が合図をしたら右手の拳を『オウ』と突き上げてくれ!……」




「近隣の街を救うぞ!」




「「オウ!」」




「声が小さい!もう一度だ!……近隣の街を救うぞ!」




「「「「オウ!」」」」




「……諸君!これより近隣の街の救援に向かう!我々の後にグループ毎に続いて欲しい!」




「……では、出陣!」




 俺はこの流れは不味いと思った。昨日この世界に来たばかりで、さっき魔法を覚えたばかりだ。魔法士団や騎士団の皆が居るとしても、今の俺で大丈夫なのだろうか。恐怖で動けなくなり皆の足を引っ張ってしまうのではないか。胸が早鐘を打つ、不安で不安でたまらない。俺は皆の先頭に立ち近隣の街の救援に向かう魔法士団長の前に飛び出し不参加を表明した。皆が呆然とし訝しげに見て来るが事情を話すと納得してくれた。魔法師団長は気を取り直し再度皆に声を掛け出陣して行った。俺はいたたまれなくなり魔法士団の訓練場を後にし客室に戻った。




 俺は客室で女性や年端も行かない子供達が戦う中、恐怖で逃げ帰るしか出来ない自分を不甲斐なく思いながら皆の無事を祈っていた。それと同時に周辺でこんなに頻繁に大規模な魔物の襲撃がある此処は危険なのではないかとも。




――――




 どの位時間が経ったのだろうか。昼食の時間はとうに過ぎているはずだ。不意に扉をノックする音が聞こえた。返事をし入室を許可すると侍女達であった。俺は真っ先に近隣の街の救援の事を聞いた。侍女達は少し考え込み魔法士団と騎士団の活躍で皆無事に帰って来たと教えてくれた。俺は心より安堵した。そして本来の彼女達の要件だが、アレクシア王女とブレシア公爵一家がこれからお茶をするので、その時であれば会う事が出来ると伝える為だった。俺は参加する事を承知した。




 俺が案内されたのは中庭に当たる美しい庭園だった。そこに白いテーブルが置かれテーブルには白磁のティーセットと焼き菓子が置かれていた。テーブルにはアレクシア王女とブレシア公爵一家が座り、執事のアルバートと侍女のブレンダが傍に控え護衛騎士パトリックとノーマンは少し離れた位置で周囲の警戒をしている。




 俺は其々と挨拶を交わして案内された席に着く。そして感謝を改めて伝え雑談重ねていった。俺はこのゆったりとした雰囲気に癒されていった。そして明日アレクシア王女達が王都に帰る事を聞かされた。俺は意を決してこれまでの事を話してある事をお願いした。




「皆さん既にご存じの通り。私は昨日この世界に迷い込んでしまった別の世界の住人です。アレクシア王女様達と出会い拾われ、ブレシア公爵様に此方に滞在する許可を貰えて魔物が居るこの世界で何とか生きて行けています。本当に感謝しかありません。しかし昨日今日と既に2度も、此処の周辺で大規模な魔物の襲撃がありました。しかし私には魔物と渡り合える自信がありません。この世界で生活の糧を得ようと今日魔法士団で魔法を少し習いましたが、恐怖で近隣の街の救援に向かえませんでした。もっと安全な地でこの世界に馴染みながら、様々な知識や技術を学びたいと思います。アレクシア王女様達は明日、此処よりも安全と思われる王都に戻られるとの事、どうか私をご同行させて頂けないでしょうか?」




 沈黙が続いた。どれ位続いたかは分からないが俺にとっては長い沈黙だった。此処で慈悲深いアレクシア王女が口を開いた。




「宜しくてよ。ねぇ、アルバート」




「はい。勿論です。ショーさん明日我々と王都に向かいましょう」




「ありがとうございます」




 俺はこの時泣きそうだった。いやもしかしたら泣いていたかも知れない。それ位アレクシア王女の慈悲深さに感謝し、多くの国民から愛されている事を理解した。俺もアレクシア王女になら忠誠を誓っても良いとすら思えた。その後良い時間になったのでお開きとなり、その日は食事を取り湯に浸かり早々に床に就いた。




――――




 翌日自分の服に着替え食事等を済ませ、待ち合わせ場所であるブレシア公爵の居城の前で、アレクシア王女達と合流した。今日王都に向かうのは、俺やアレクシア王女達の他に5人の侍女達だ。なんでも休暇を貰い王都の実家に帰るらしい。5人ともケモ耳に尻尾が生えているが全員俺とは初対面だ。ブレシア公爵一家と別れの挨拶を交わして馬車に乗り込む。人数が多いので2台だ。護衛騎士パトリックとノーマンが其々の御者を務めた。




 アレクシア王女達を雑談をしていると不意に馬車が停まった。俺は魔物の襲撃だと思い身構えた。だが扉が開かれると護衛騎士パトリックが爽やかな笑顔で口を開いた。




「姫様、王都に到着しました」




 その言葉を聞いて俺は驚嘆した。こんなに近いのかと。しかし当然とばかりにアレクシア王女達は降りて行く。疑問はあるが俺もそれに続い馬車を降りた。侍女が10人程左右に並んで待ち構えていた。その後ろに城門と城壁その向こうに立派な城がある。だが王都と言う割には街並みがある様に見えない。




 俺が不思議に思っていると、アレクシア王女達が別れの挨拶をして来た。俺も挨拶を返しアレクシア王女達が去るのを見送る。次にブレシア公爵の居城から一緒に来た5人の侍女達が別れの挨拶をして来た。俺も挨拶を返し、5人の侍女達と少し距離を空けて左右に並んだ侍女達の間を通って城門を潜ろうとした時に不思議なことが起こった。




 俺の前をピクピク動くケモ耳とフリフリ動く尻尾を持った侍女達が歩いていたのだが、城門を潜った途端にピクピク動くケモ耳とフリフリ動く尻尾が消えたのだ。俺は理解できなくて暫らく侍女達を眺めてしまった。しかし侍女達が平然と歩き去るのでそう言う物だと割り切り俺も城門を潜り城に向かった。




 城には貴族っぽい服や騎士や剣士っぽい服や魔法士っぽい服や侍女や使用人っぽい服を着た人が大勢いたが、見た事が無い不思議な衣装の人達もいた。俺は理解が追い付かなかった。中は近代的な作りをしていたのだ。そして耳を疑った。




「この度は、なりきりテーマパークの剣と魔法の時代をご利用頂き誠にありがとうございます。近日、別エリアにて最新のAR技術を用いた大航海時代の公開を予定しております…………」




(俺は剣と魔法の世界に来てちゃったんじゃないの?剣と魔法の世界でどの様に生きて行こうか真剣に考えた俺の気持ちは?女性や年端も行かない子供達が戦う中、恐怖で逃げ帰るしか出来ない自分を不甲斐なく思っていた俺の気持ちは?なりきりテーマパーク?アレクシア王女達やブレシア公爵一家や流れの剣士親子はなりきっていたの?皆に訝しげに見られても事情を話すと納得してくれたのは、別の世界から来た人になりきってたと思われたの?)




 そんな事を考えていると急に色々な事が腑に落ち恥ずかしくなって来た。俺はこの状況をまだ理解出来ないが、かなりしでかしていた。暫らくそんな事を考え動きが止まっていたのだろう、声を掛けられた。




「お客様どうかなさいましたか?」




 そして俺は重大な事に気が付いた。この世界の通貨を持っていないのだ。俺は素直に謝った。




「すみません。何処かに財布を落としたみたいで、お金を持っていません」




 職員は訝しげに見てきたが何か納得したのか口を開いた。




「当施設をご利用前にご説明した通り料金は前払いですので、事前に左腕チップに登録した日数を超過しない限り追加の料金は発生しませんよ。お客様は自前の衣装の様なので、そのまま出口専用ゲートを通って頂いて問題ありません。」




 此処で又新単語が出て来た。どうすれば良いのか考えていると聞き覚えのある声が聞こえて来た。




「アルバート!喉が渇いたわ。飲み物を買って来て」




「アレクシア。いつまでなりきるんだ?」




「遠足は帰るまでが遠足って言うから、帰るまでがなりきりよ」




「帰るまで……はいはい」




「アレクシア。今度は何になりきるんだ?」




「また王女様かな?」




「ん。今度は異世界人かな?」




「異世界人か……ショーさんのなりきり凄かったな」




「昨日は特になりきってたもんな」




「あの衣装貸し出して無いわよね?」




「自前じゃない?」




 目を向けるとアレクシア王女達だった。だが衣装は見慣れていた豪華な衣装では無く、両袖にヒラヒラが付いた腕を振ると光が尾を引く不思議な服だ。あれがこの世界の流行の服なのだろうか。剣と魔法の世界よりファンタジーをしている。だが何か大丈夫な気がして来た。あれだけの人達がなりきっている姿を見て来たのだ。俺は職員に近くの役所の場所を教えてもらい、礼をして出口に向かい外に出た。




 雲を超える高層建築群、木々が生い茂っている浮遊する島、空を行き交う車の様な乗り物を目にして又驚いたが大丈夫。俺はこの世界でなりきって生きて行く決心をした。

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