猫の手も借りたいとは

@Wasshoi07

第1話


数日前にインフラ整備が整った王国はインターネットの話題で持ちきりだった。特に国王は動画配信サービスにどはまりしたようで、「踊ってみた」や「闘ってみた」で国中の重鎮たちが駆り出されていた。すなわち、国王の趣味の相手に、王宮の住人たちは忙しかったのだ。


そんなとき、ジェルキドが言ったのである。


「まさに『猫の手も借りたい』状況じゃのう。」


と。ロキは自分が呼ばれている気持ちになった。なぜなら、「犬の手も借りたい」ではなくて「猫の手も借りたい」だからである。犬でも虎でも豚でも鳥でもない。『猫』なのだ。


それはまるで自分の所属する生物科が選ばれたような感覚だった。いや、強いていうなら王宮には他に猫はいないのだから、『ロキ』が指名されたのも同然だ。


ロキは、それはそれは誇りに思った。なんで猫にゃのか?とロキが疑問に思うまではー。


さっそく不審に思ったロキは自身のプログラムからネットでリサーチを行った。そして見つけたのだ。由来を。


【元々は、鼠を捕ること以外は何の役にも立たないような猫でも、その手を借りたいと思うほど忙しいことに由来する。 】


「にゃ?」


ロキは疑った。サイト作成者が入力ミスをしたのではないかと。それか自身の解釈コードにエラーが生じたのではないかと。


だが、何度スキャンしても何度解釈しても書いてあることは変わらない。


次第にロキは怒りを覚えてきた。


「あんだけMeたちの手を借りたいて言っておいて、実は見下していたにゃ?Meたちに助けられておきながら、ありがとうって言っておきながら、本心は『鼠取りご苦労!』だったのかにゃ!?」


ロキの怒りは収まらない。


「許せねぇにゃ。…お望み通り鼠取りくらいの仕事をやってやるにゃ!!」


こうしてロキの他生物、特に人間ども(主人除く)への復讐が始まったー。

 

           ◇


「10分後に、国王さまの踊ってみた配信だ!タブレット接続は問題ないか?」


「大丈夫みたいよ。……ん?お姉ちゃん!充電あと4%しかない!」


「なんだと!!ちっ!昨日、イケメングル…いや、国内情勢の記事を見ながら寝落ちしたからか!」


「お姉ちゃん、私前半何も聞いてないから!」


玉座の目の前で獣人の姉妹が慌ただしく動き回っていた。カメラのセットや照明の調整で姉妹の手は今塞がっている。


「ミナ!充電器を差し込んでくれ!」


「あー。やっぱり余が踊る曲は『スマートキング』より『キングキングキングキング』がいい。それに合わせて衣装チェンジだ!」


「国王さまっ!!っ!承知しました!ミナ!すぐに衣装を手配しろ!」


「ええっ!まだ充電機も見つかってないのにぃ!もー!猫の手も借りたいわよ!!」


『呼んだかにゃ?』


ミナが叫んだとき、ロキが登場した。その手にはタブレットの充電器が握られていた。


「!でかしたぞ、ロキ!それをコンセントにつないでくれ!」


サラの命令に、ロキが頷く。タブレットに充電器を差し込むと、ロキはプラグを手にもった。


(これでプラグをコンセントに刺すと鼠取る以上の仕事になるにゃ。コンセントはまず除外するとして…他に刺すとこないかにゃ?代わりの差し込み口は………!あったにゃ!!)


コンセントは穴が二つだ。そして、他に二つの穴といえば一つしかなかった。


『セット!』


ロキは差し込んだ。 


そう、


ミナの鼻にー。


「いったああああ!何すんのよぉ!!!」


『プラグを挿入したまでにゃ?』


「どこに差し込んでんのよ!あんた馬鹿ああ!?乙女に何してくれてんのぉ!!?」


「おい!この忙しいときに何をやっている……ミナ!?な、何をやってんだ……?」


振り向いたサラが鼻と充電器が繋がれた妹を見て固まった。


「こんのくそ猫があああああああああ!!!」


真っ赤に顔を染めたミナの怒鳴り声が王宮に響き渡っていた。


           ◇


『愉快!愉快にゃ!我々を下等に見なしたやつらの間抜けな姿はクセになるにゃ!エクスタシーィィィにゃー!!』


ロキはご機嫌で王宮の廊下を歩いていた。音楽アプリに接続してロキが鼻歌を流そうとしたとき、廊下の奥から人が歩いてくるのが見えた。背丈の長い鍛えられた体の男だ。男はガッチリとした太めの手に、大量の箱を抱えていた。


『あいつ大丈夫かにゃ……。』


ロキは遠くから男を眺めていた。あれだけ鍛えられた体だ。推定箱10kgぐらいなんてことないのだろう。だが、ロキは人間が常に無茶をすることを知っていた。


(急がば回れという言葉を知らないのかにゃ?一度に荷物を運ぼうとして落とした事例はたくさんあるにゃ。70%の確率で落とすにゃ。)


ロキは猫の手を借りたい現象を今か今かと待っていた。


ロキと男がすれ違うまで後10mー。男はまだ余裕そうだ。


5mー。特に落とすそぶりはない。


2mー。変わらず。もうすぐすれ違う。


1mー。


『起きぬなら!起こして見せよう!猫の手にゃ!!』


「!?なんだ誰かいるのか!?」


ロキの言葉に男がびっくりしたように動きを止めた。ロキの猫サイズの姿は、箱を積み上げて運ぶ男には見えなかったようだ。

男が止まった拍子に箱はゆらゆらと揺れていた。


「!やばい!国王さまが配信に使われる宝石が!落ちる!」


『おー!!』


男が慌てたように、箱を左手で持ち直すと、空いた右手でバランスを崩した箱を押さえた。


『………』


だが、箱びっしりに詰められた宝石は、上の一部だけ衝撃に耐えられなかったようだ。箱を飛び出すとコロコロと床を転がっていった。


「!!なんてことだ!」


『Meの出番にゃ!』


ロキはさっそく転がっていく宝石の前に立ちふさがって宝石の暴走を止めた。


『宝石止めたにゃ。』


「!ありがたい!小さき者よ!」


男はほっとしたようにロキに礼を言った。だが、「拾い上げる」のは「鼠駆り」を余裕にオーバーする。


「助かる!箱がこんだけあるとしゃがむのも大変なんだ!」


ロキは、ロキが宝石を拾い上げてくれるものと思い込んでいる男の横をすたすたと通りすぎた。


「ありがとう!本当にありがとう!」


男の声はだんだんと遠くなっていく。


「もう乗せてくれたか!?」


男の声はまだロキには聞こえていた。


「おかしいな。箱に振動を感じない…。」


それも随分と小さくなっていた。


「あの、乗ってますか?」


「おい、何立ち止まっている!ておい!独り言か!怖いわ!!」


           ◇


猫(あるいは猫型ロボット)の手を借りた結果、それは本当にネズミを駆る以下だったー。いや、下手したら逆に鼠を放っているかもしれないー。


           ◇


ロキはルンルンとして廊下を進んでいた。復讐は上手く行っている。それだけでもロキは嬉しいのにさらなる幸福があった。


「ロキか。」


最愛の主人の声をロキの聴覚機能チップがとらえた。 


『ご主人!!!』


ロキがキドラの胸に飛び込んだ。すかさず今までの功績を語ると、キドラは不思議そうに口を開いた。


「おかしいな。…ああ。お前は「意地を張ってる」のか。だが、お前は普通の猫じゃないだろう。何つまらない意地をはっている。」


『!』


インターネットでつながった者同士、キドラはロキの感情を正確に理解した。だが、感情は理解できても動機はさっぱりだった。


「まあ、あいつらが語源通りの意味で言ったのかは知らん。だが、お前の力はそんなもんじゃないだろう、ロキ。」


『!!』


ロキははっとしたようにキドラを見つめた。ロキがしたことは、「猫の手を貸す」ことではない。猫のイメージを落とすことだったのだ。


『ご主人!皆のところに行ってくるにゃ!』


           ◇


ロキが宮殿に向かうと、そこはまさに地獄絵図だった。


「接続が切れたぞ!くそっ!つながらない!もう2分を切ったというのに!」


「衣装の腕が解れている!俺は修繕できない。誰かいないか?いないか!刺繍学んでおくべきだったな。」


「カメラエラー!どうしたらいいのぉ!?」


「余のメイクアップやり直せぇぇぇ!」 


問題が多発しておりどれも解決できていないようだ。時間がないこともあり、辺りはピリピリとした空気に包まれていた。


『猫の手、借りるかにゃ?』


背中に手を回した状態で、ロキが荒立たしい現場へ足を踏み入れた。


「あ!馬鹿猫!また邪魔しにきたわけ?」


「頼むから邪魔はするな!」


『やれやれ…救世主に向かってなんて口の聞き方にゃ……Meに任せるにゃ。』


ロキはまずサラの方に向かった。サラが身構える。


『ふぅん。回線の混み具合が原因にゃ。こうして、こうして、こう!完了にゃ!』


次にロキはミナの方に向かって行った。ミナは相当許せないのか、ロキを睨み付けていた。


「何よ。」


『メモリ不足にゃ。Meと同期してデータ移したら…うん、空いたにゃ。もう大丈夫にゃ。』


続いて男の元にロキが向かって行った。


『手をミシンに変換。ギィーッッ。次は裁縫補助アプリと同期。スタート。カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。完了。』


ついでに国王のメイクも整えるロキを、驚いたように一同が見つめていた。だが、はっとしたようにサラが叫ぶ。


「配信まであと20秒!全員配置につけ!!」


          ◇


猫ーいや、猫型AIの手を借りた結果、それはライオンを駆る以上の結果となったのであった。

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