第9話 エゼルハック家との交渉へ

マルカは実家に戻るのをいやがった。

少なくともこれが、解決の道なのになぜいやがる、とウィルニアはあきれたが、なんでそんな酷いことができるのかと、リンドはむしろ、マルカに同情した。

なので、エゼルハセック商会の事務所のほうに、先触れをだして、マルカお嬢さんのことで、重要な情報を手に入れた。ひとつご提案があるので、これからお伺いしたいと。


「殺されるっ」

とマルカは泣きわめいた。学校の研究室兼執務室は、そんなふうに女に泣き叫ばれるのにはむかない場所で、何人かの学生がなにごとか、と覗きにきたが、マルカかとわかると「ああ、マルカね」の表情をうかべて、去っていった。

どうも在学中から、いろいろトラブルをおこしてはウィルニアに泣きつく、ということを繰り返しているらしく、ウィルニアの同僚や、研究棟に入り浸るような年配の学生には慣れっこの光景になっていたらしい。


ほどなく、返事がきた。

会長みずからのサイン入で、「歓迎する。至急、エゼルハック商会事務所に来られたし。」とあった。


「リンドくんは、この真っ昼間に出歩いて大丈夫なのか?」

ウィルニアはいまさら、そんなことを心配してくれる。

待っている間に、ウィルニアは、焼き菓子とコーヒーを取り寄せてくれた。

リンドは、おかわりをしてそれを楽しんだ。


「夜のほうが好きかなあ・・・波止場近くの酒を飲ませる店がたくさん、軒をつらねてるところでネオンサインをみながら、ぶらぶら歩くのが好き。

でも、夜は寝ないとね。」


「寝るんだ。」


このときから、ウィルニアは、リンドという吸血鬼の生態に興味を持った。のちに彼が歴史上初めて、ひとの手による『迷宮』を築いたときに、リンドを招いたのは、彼女の生態を研究したかったからであった。

リンドは、古き日の友情なのだろうと、いいほうに解釈したのだが。


マルカはまだぐずっていたが、ウィルニアとリンドが出かけてしまえば、ひとりきりでここに残されてしまう。

何度か命を狙われた恐怖がよぎり、とにかく彼女はウィルニアについていくことに決めた。


後の世に魔王と呼ばれた人物が聞いたら、なんて馬鹿なことを。と言っただろうが。


学生街から、エゼルハセック商会の事務所の建物までは、そう遠くはない。もともとが面積的にはあまり広い街ではないのだ。


寮をでたところで、すでに何人かにつけられていた。

ウィルニアがマルカに巻かれた糸を破壊した時点で、異常を察知してひとをよこしたのだろう。

対するリンドが「魅了」で、ネズミを数匹と昆虫を索敵に使っていた。

組織力の彼我のあまりの差に、これはもうなげくしかない。


「紅玉の瞳」はこの街でも老舗の組織のはずなのだが?

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