第8話 吸血鬼との交渉


ウィルニアは、まじまじと吸血鬼を見つめた。

話が通じない、どころではない。

話の合う相手だった。

それこそ、ソファの上で、今度は泣くことに決めたらしい商会会頭のお嬢さまなんかよりずっと。


(それはお前が人間離れしてるからだろう?と、後の世で勇者と呼ばれた男なら言っただろうが)


「同等以上とは?」


「処女の生き血。」


そんなおっさんみたいなことを言うか?

とウィルニアが言うと、吸血鬼は目に見えて、しょげかえった。


わたしは真祖だからさぁ。


こんなに情けなく発された「真祖」という言葉を、後の世に至るまでウィルニアはきいたことがない。


血なんてただの嗜好品だし、吸わなくたっていいんだけど、それでもなんかその。

ステイタス、ってもんがあるじゃない。


「そもそも、マルカ先輩は・・・学生時代にもつきあってた男のひとは何人もいましたし。」


気絶していたはずのマルカが起き上がって、大きく顔の前でばってんを作る。

“余計なことを言うな”

のサインだろうが、ウィルニアは無視して続けた。


「そりゃあ、美人の部類には入るのかもしれませんが、うるさいし、ケチだし、金持ち自慢が鼻につくし。」

素直にお金で解決したほうがいいんじゃないですか?


と言うと、吸血鬼はかわいい鼻にしわを寄せて、ならどのくらいが対価になると思う?ときいた。


「金貨7枚。」


安すぎっ、と叫んだのはマルカであって、吸血鬼はなんとなく納得したような顔でほっこりとした笑みを浮かべた。


「この女は最初におまえに相談すればよかったのかもしれないな。」


吸血鬼は勝手に、ウィルニアの部屋にあった唯一の客用の椅子に腰をおろした。


「事態が少しやっかいになってしまっている。

彼女が殺しを依頼した立法議員の息子に、西方から流れてきたタチの悪い“ギルド”がついていてな。

どうも、無理矢理にでもわたしのところとコトを構えて、そのことで名を売りたがっている。

実際に、ひとり、うちのもんが殺られてな。」


「いまさら、引くに引けないと?」


「引いても無駄だろ? やつらは、こっちを潰すまでやるよ。」


「なるほど、では、そいつらとドンパチが心置きなくできるように、ぼくが改めて依頼を出す、というのはいかがです?」


「どんな依頼を?」


「ぼくを守ってください。

たったいま、マルカ先輩に巻かれていた『霞刃』を砕いちゃいました。これって相手に、狙われますよね?」


吸血鬼は、床にちらばった糸の破片を手にとった。


「凍っている・・・・凍らせて金属の靭性を失わせて砕く・・・か。

おまえがやったのか?」


「はい、凍らせる対象を特定して、凍結魔法を使いました。」


吸血鬼はバッグをごそごそすると本を取り出した。

付箋を貼り付けたページをめくって、ウィルニアに突きつける。


ここの中等部の制服と思しき、学生服に身を包んだ少年がとろんとした目でこちらを見上げている。制服の胸は大きくはだけられ、口元から頬には、白濁した液体がこびりついていた。


「えっと」

イラストはかなり省略化されていてはいたが、それがなにを意味するのかは、ウィルニアにもわかった。

「このようなご趣味は、ご自分一人密やかに愉しむべきではないかと思う。」


「ち、違うっ! ガキの絵の方じゃなくって後ろの壁の模様だ。霞刃についての凍結魔法を使っての対処法が記載されている!」


言われてみると確かにまるで一見、壁の模様にも見えるような部分に、そのような記載がある。

試しに付箋のついたページを次々にめくると、いずれも霞刃の対処方法についての記述が、背景の一部に巧みに落とし込まれている。

とは言え、メインのイラストは似たようなモチーフで、ウィルニアは紙面から青臭い樹液の匂いがしたような気がして、そうそうに本を吸血鬼に返した。


「え、ええっと、けっこうなご趣味で。」


「わたしが本を買ったら中身がこんなふうだったんだっ!」


「それは真祖さまがそういう本を集めてたってことですか?」


吸血鬼のもったバッグの中を覗くと、似たような春画集が2冊に、小説が1冊。

タイトルは

『駆け出し冒険者のボクが、迷宮でヴァンパイヤのお姉さんに気にいられて、あんなことやこんなこと。気がついたら千年たっていました。いろんなことを教えてもらったので、知らない間に最強です』。


違うんだっ!情報屋がっ!古本屋でっ!


なんの情報を集めに古本屋を回っていたのかはわからないが、そういう人間文化への理解のあり方は悪いものではない。

単純に人間を餌としか見ない吸血鬼、あるいは隷属させ痛ぶることにしか興味を示さない吸血鬼。

それにくらべればずいぶんと、ましだろう。


「ウィルニア」

そう言って、手を差し伸べた。

握手は挨拶であるが、この時代は「利き腕を相手に預ける」ということから、相手を信頼しない限りはしない挨拶である。

吸血鬼は、すこし驚いたようだった。


「ぼくの名前です。ここの院生で講師も兼任しています。」


「リンドだ。」


吸血鬼の手はひんやり冷たく感じたが、これはしかたのないことなのだろう。


「契約成立ってことでいいですか? ぼくの護衛をしてもらう。」

「依頼料は?」

「金貨7枚」

「情報屋に払っただけで金貨4枚なんだが。」

「趣味の画集の代金なんて知りませんよ。」

「違うんだ。わたしが欲しかったのは相手の組織と霞刃への対処方法であって」

「金貨8枚」

「相方もわたしも昨日の襲撃で、衣服を一式だめにしているし。」

「金貨9枚」


リンドが押し黙ってしまうのを見て、ウィルニアはかわいそうになった。


皮袋を開けて、テーブルにジャラジャラと金を落とす。


「金貨9枚と銀貨11枚。これ、ぼくの全財産です。」


もともと呼吸なんか必要ないはずの吸血鬼に、ため息という行為はなんの意味があるのだろう。


「どう転んでも、今回の任務の真実は『銀月』をつぶせ、だ。

わたしは“魅了”済みの虫をマルカの髪に忍ばせていたし、むこうもマルカをしっかり糸でくくっていたようだ。

どちらがどう動くにせよ、このお嬢さんが餌になる。


餌に誘われた魚が食いついたところを釣り上げる。」


吸血鬼の爪は、磨き上げたきれいな桃色で別に先が尖ったりはしていなかった。

しなやかな指で、金貨をつまみ上げ


「4枚だけもらうよ。

いずれにしても組織からは、特別ボーナスが出るだろう。


貧しい学生から金を巻き上げるのは本意ではないんだ。

そもそもおまえは、こんなことをしてなんのメリットがある?」


「反社会組織が最低、ひとつ、うまくすればふたつ、この世から消えます。」


「そうだな。」

吸血鬼はもう一度、ため息をついた。

「では、どうする? むこうから仕掛けるのを待つか?」


「ほかの学生に危害が出ても困ります。」

ウィルニアは、立ち上がった。マルカの手をひいてこちらも立ち上がらせる。

「まずは、彼女を実家まで送っていきます。

わけのわからないことを言って、研究室に飛び込んできたので、連れてきたと言えばたぶん歓迎してくれると思います。」

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