第6話 マルカ、間違う

マルカは、大路をひたすらに歩く。


あの恐ろしい女吸血鬼のクローゼットから、着替えと少々の金子は拝借した。

吸血鬼は昼間は棺桶の中で眠るもの、ときいていたが、あいつは「少し外出してくるからおとなしくしてろ。」とだけ言って、燦々と太陽光が降り注ぐ、昼前にでかけてしまったのだ。


どこへ向かったらいいのかわからない。

だが、あそこにはいられない。


マルカは、ミトラ教の敬虔な信者だった。人間愛を説く穏健な教義はしかし、人間以外の知性ある生き物を強烈に否定する。

マルカにとっては、吸血鬼は血に飢えた化け物と同義語だった。


(リンドがきけば嫌な顔をしながらも「まあ、そういうやつもいるな」と同意したであろうが)


家、には帰れない。


確かに、あのときは怒りと恐怖でおかしくなっていたのだろう。

わざわざ、勘当同然に追い出した娘に殺し屋を差し向けるなど、おかしな話だった。


殺したければ、食事に毒でももって「病死」で届けて終わりである。


妹は、両親は、あるいは優しかった婚約者はどこまでわかっているのだろうか。


婚約破棄も勘当もマルカが襲われたことも、そしてマルカが家族と婚約者に復讐を誓ったことも。

すべてが、誰かの筋書き通りだったとしたら。


でたらめだ。

ひとりのこらず、おかしい。


自分は、確かに美しさでは妹に劣っていたかもしれないが、それでも両親から愛され、優しい婚約者がいて。


足は、いつしか学生街にむかっている。

通い慣れた道だし、ひょっとすると力を貸してくれる人がいる・・・かも。


彼女の脳裏に、浮かんだのは学生時代にすこし付き合いのあった後輩だった。

マルカの好きなタイプ、つまりあたりの優しい二枚目、ではあったのだが、家柄とか経済力とかが、あまりに違うため、恋愛の対象にはならなかった。


でも、相談にはかならず乗ってくれたし。

頼み事をすればかならず、きいてくれた。


この時間なら(いや、この時間でなくても)かならず研究室にいるはず。


そうだ。あいつに相談してみよう。


足取りが急に軽くなったような気がして、マルカはオルセー魔道学院の研究棟を目指す。


やめておけ。

と、後の世のものがきいたら、顔色をかえてそう言うだろう。

リンドもそう言っただろうし、ひょっとすると当の本人もそういったかもしれない。


また運が悪いことに、彼女が訪ねようとしている人物は、蓄電魔道具の開発で特待生の身分をとり、また特殊鋼のパテント収入で、あくせくバイトをする必要がなかった。

つまり、比較的ヒマな状態であったのだ。


『賢者にヒマを与えるな』


という標語は後の世の人が作ったものだが、このときからその片鱗はあったのであろう。


そう、彼女が訪ねようとしている後輩の名は、ウィルニア。

後の世で、勇者パーティの賢者となった人物である。


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