第5話 情報屋

翌日、マルカをホテルに残して、リンドは三番街区の古本屋を訪れた。


「なんの本をお探しで?」


エプロンをかけ、まるまると太ったここの主が、リンドを出迎えた。


「“銀月”と“霞刃”だ。」

「金貨2枚になります。」


ごそごそと店の裏側からもってきた本は、どちらも薄くほこりをかぶっていた。

開いてみると、一冊は若い女性や男性が着衣をつけずに、くんずほぐれつしているイラスト集、もう一冊は若い女性同士が同じく、くんずほぐれつしているイラスト集だった。

持って帰るかどうか、わずかに躊躇したリンドだったがとりあえず、金貨の代償にはこの2冊も含まれているのだと解釈し、バッグに押し込む。


「銀月騎士団は、半年ほど前、西域のランゴバルド大公国の世継ぎ争いに巻き込まれました。

直系の跡継ぎに恵まれなかった先代の大公が、一年前に客死したあと、後継者として名乗りをあげたのは、彼の弟君と、叔父、甥、それに自分が大公の隠し子であると主張する青年。


それぞれが後ろ盾をもって、争い、軍を動かしての対決だけで7度。

犠牲となったものは、無関係の一般市民を合わせれば千を超えたと言われています。」


「で、半年前にその決着がついた。

あとを継いだのは、弟のルフテン=ランゴバルド。叔父のダセル伯爵は後見人に。甥のブルガは副大公、隠し子だと主張した青年の主張も認められて、子爵位をもらい貴族の一員となった。

銀月はそのすべてに絡んでいた。


どの勢力が勝利しても勝ち馬に乗るためだったが、ことがそう落ち着いてしまうと逆にすべての勢力から疎まれることになった。

かくして、紛争に間に起こったあらゆる流血、あらゆる損害の責任を取らされた銀月は、『騎士団』の称号を取り上げられ、責任者は絞首刑を宣告され・・・・逃亡した。

団員もそれぞれ、な。」


リンドは、サングラス越しに主を睨んだ。


「新聞で読んだ。記事になったものはいい。その先を話せ。」


「このドルトの街に流れ着いたのは、副長のバルトをはじめとする裏仕事に長けたメンバー30名。」

「昨日、24人になった。続けろ。」


「名前と特徴、得意な得物は本の128ページに挟んであります。」


「霞刃は誰が使う?」


「副長のバルトです。

先のランゴバルドの後継者争いでは、七人の貴族の首を刎ねています。


弟派2人、叔父派2人、甥派2人、隠し子派1人、ですね。」


「殺人鬼か?」

節操の無さに、吸血鬼にして暗殺者は呆れて声をあげた。

「無茶苦茶すぎるだろう。」


「命令に従っただけのようです。

銀月騎士団そのものが、一応の領地と城は与えられてはいましたが、実体は、この街の“ギルド”に極めて近い。

騎士団とは名ばかりの暴力組織だったようです。


貴族間のトラブルに、積極的に介入し、脅しと暴力、場合によってはコロシによって決着をつける。」


「霞刃については?」


リンドはポケットから、ヤッカの金属棒を取り出した。

糸は、リンドがみた限りでは、金属のようであったが、おそろしくしなやかで、そのまま編み物にも使えそうだった。

たしかに、角度によっては、当たったものを切ることはできるのだろうが、これをどう操れば名剣の切れ味をもって相手を攻撃できるのかは、想像もできない。


主は興味深げに、半ばまで棒に食い込んだ糸をながめていた。

いそいそと時計の修理工が使うような拡大鏡を目にはめ込み、まじまじと観察する。


「これは、バルトの糸・・・・ですか?」


「それについては答えられない。なぜそう思ったのか言え。」


「中原で霞刃と呼ばれる糸繰りの技については、いくつかの流派が存在するのですよ。

もっとも使い手の多いのは『蜘蛛』と呼ばれる一派です。

糸は、通常の絹糸と人間の髪を編み込んだものを使います。


主には、蜘蛛の巣のような罠を貼り、標的を誘い込み、絡め取る。

糸に魔力を通して、自在に操り、相手の自由を奪ったりします。


金属糸を使うのは、『人形遣い』と『羅刹』です。


前者は、糸で戦闘用に造られたマリオネットを操作して戦う。奥義に達したものは、生きている人間をも操れると言いますが、そこまで行くと眉唾ものですね。


後者がバルトの使う流派です。こちらは、糸を無限長の刃をもつ斬撃として使用する。」


「これは?」


「金属の警棒を半ば切断するほどの威力は羅刹流。しかもかなりの使い手ですな。

もともと習得に才能と期間が必要な技です。名前があがるのは西方と中原をあわせてもほんの数人。

そのうち、今現在、ドルトの街に滞在しているのは、銀月のバルトただひとり。」


「ふん。」

リンドは、主の手から金属棒を取り上げると、ポケットにしまい込んだ。


「対抗策は? それだと、ひとりで千の軍隊でも相手に出来そうだが。」


「まず距離の問題ですが、熟練した者になると、糸そのもののゆらぎや動きを感知して斬撃を繰り出せるようですな。

つまりは、見えない相手を見えない距離からでも斬殺できる、と。


逆に攻撃を受ける側が、金属糸を視認することは、おそろしく難しいのですよ。なにしろ、この細さでしかも斬撃に必要な速度は、直前まで殺しておけるのでね。」


「対抗策は?」


そう言いながら、金貨をもう一枚差し出す。


これはこれは、と言いながら、主は奥からもう一冊本をもってきた。

今度は、歳のいかない少年がくんずほぐれつしているイラスト集で、ほかの本はおいていないのか、とリンドは疑問を感じる。


「いかに玄妙の技とはいえ、糸は実体として存在するものですから、対抗策もそれなりにございます。

例えば、そちらの本の48ページにありますように、卓越した剣士ならば金属糸を剣で両断することも可能。

あるいは、96ページでは、腐食魔法、102ページでは、凍結魔法により、糸の動きを封じる術について説明がございます。」


言われてページをめくると、人前ではぜったいに開けないような卑猥なイラストの背後に細かな文字で記述がある。

少年が寝そべるベッドの壁の模様に溶け込ませるように書いているため、一読ではそこに意味のある文が書かれていることにすら気が付かないだろう。


「わたしは剣士ではないし、視認しにくい金属糸を腐食させたり、凍らせて動きを奪うためにはかなりの範囲に魔法の効果をひろげるしかない。

町中で使えない方法だ。」


主がにこにこしたまま、口をつぐんでしまったので、リンドは舌打ちをしてもう一枚金貨を放り投げた。


いそいそと、主はまた一冊、本を差し出した。

今度はなんだろう、猫か鶏か、それとも魚があられもないポーズでくんずほぐれつしている画集だろうか。


いや今度は小説らしかったが、タイトルを見て、舌打ちをする。


『駆け出し冒険者のボクが、迷宮でヴァンパイヤのお姉さんに気にいられて、あんなことやこんなこと。気がついたら千年たっていました。いろんなことを教えてもらったので、知らない間に最強です』


「お客さまは失礼ながら人間以外の存在ではございませんでしょう?」


「・・・・吸血鬼だ。」


だが、わたしは迷宮に住んだこともないし、駆け出し冒険者の坊やを気にいってあれこれ教えたりする趣味もないぞ。


とは、わざわざ付け加えたりはしなかった。

当たり前のことだから。


「吸血鬼に対抗するには、羅刹流の霞刃はもともと極めて相性が悪い、のです。」


いまひとつ、釈然としないまま、4冊のエロ本を抱えてホテルに戻ったリンドは、玄関を飛び出してきたヤッカと鉢合わせをした。


「姐御! マルカがいねえ! あいつ、逃げ出しやがった。」


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