第4話 混迷

翼を広げて濃霧の中を飛びたった三人が、降り立ったのは、中心区にあるホテルの一室だった。

「ずいぶんといい部屋を借りてるんですね。」

ヤッカが感心したように言った。

「でかいルーフバルコニーがある。出入りが楽だ。」


と言うのがリンドの答えであった。


部屋の明かりはもちろん、最新式の電灯。

直接、魔力を光に変えるよりも、安定した明るさが保て、しかもオンオフに魔力操作が必要ない、という優れもので、資金のある大店はこぞって導入しつつある。


電気を発生させる魔法は、古来から知られていたが、「蓄電」という新しい技術の開発で、その存在意義を大きく変えた。


開発したのは、太古のアーキテクトの解析に成功した老魔道士でもなく、神から啓示を受けた聖女でもなく、オルセー魔道技術学校の学生だった。

名前をウォルとかウィルとかいったが、もう人びとの記憶からは忘れ去られている。


技術を実用化し、賢明にも独占しようとせず、販売された商品から「技術使用料」を取ったアルケヌス財団の紋章は、いたるところで目にすることになったのであるが。


温水の出るシャワー、身体をゆったりとのばせるバスタブ。

と、いったものには、マルカは特に感慨はないようだった。

さすがに、大手商会のお嬢さま、ということなのだろう。


それぞれに身体を洗い、着替えて(“収納”持ちのヤッカは新しいスーツに着替えていた。当然のように黒一色)ソファに腰を落ち着けた。


貸し与えたバスローブに身を包んだマルカは、喉元を隠すように襟をあげている。


「人間」以外とは接触したことのないお嬢さまなら、そうするのだろうが、リンドにとっては気分のいいものではなかった。


飲み物をすすめてみたが、断られた。

ヤッカは、モール茶を所望したので、茶葉と湯のでる場所を教えて、勝手に入れろ、と言ってやった。

モール茶は、それほど強い薬効ではないが、鎮静作用があると言われている。


たっぷり魔素を吸引して、気が高ぶっているはずのヤッカのこれは、かれなりの配慮なのだろう。



「さて、お嬢さん。」


「マルカと呼んでください。」


「・・・マルカ。どうもあなたは、嵌められたようだ。」


「な、なにを言ってるんです?」


マルカはまったく気がついていないようだったし、まあ、お金持ちのお嬢さまには気がつくもの無理か、とリンドは嘆息した。

リンドは、ゆったりと胸元の開いた白いシャツに黒のパンツ。


手にした金属棒を差し出す。

先ほど、ヤッカが謎の斬撃を受け止めた棒だった。


周りはただの鉄だが、芯だけは魔道強化したウィルニア鋼という超硬貨金属で出来ている。

これは、通常の鉄よりもはるかに高価で、かつ硬いものの、逆に脆さもある。


芯にウィルニア鋼を使って、周りを鉄で覆うのは、武具に使うにも建材に使うにもよくある技法だった。


斬撃の正体は「糸」。


今は途中で切れているが、切れた部分だけでも50メトルはある。

鉄の部分を切断し、芯のウィルニア鋼に半ば食い込みながら、そこで止まっていた。


「西方で悪行のあまり国を追われた騎士団があった話は、オレも聞いてます。」

ヤッカが、湯気のたつティーカップを持ってあらわれた。

数は、3つ。

「あんたの元婚約者だが、そのお父上の立法会議員だかが、護衛に雇うにはずいぶんと大げさすぎる連中だ。

考えられるのはただ一つ。


あんたが、『紅玉の瞳』に暗殺を依頼したから、『銀月』が護衛を買って出た。」


「な、なんで」

まったくわけがわからない、といった顔でマルカは首を振った。


「まあ、『紅玉の瞳』でなくっても必ずしもよかったのかもしれない。」

リンドがあとを引き取った。

「とにかく暗殺ギルドの中でも、“武闘派”と目されるところに喧嘩が売りたかった。

自分たちの名をあげるためにな。


「オレと姐御は、紅玉のなかでもとびっきりさ。」

ヤッカがウインクしてみせた。

「抗争がからんだり、相手に凄腕の用心棒がいたりすると、俺たちの出番ってことになる。


そんな顔をしなさんな。あんたが殺し屋を雇おうなんて気を起こさなければ、もともとなかった話だ。」


「で、でも、わたしはっ」 

マルカは怒りのあまりか、目に涙を浮かべていた。

「殺されかけて」


「どこで? だれに? どんなふうに?

見たところ、体術や魔術、剣術を嗜んだ様子もなさそうだし、丸腰の世間知らずのお嬢さんがふらふらしてるところを殺し損なうプロなんていないよ。

つまりは、あんたに、自分は実家か、元婚約者の差し金で命を狙われた、と思い込ませて、自ら殺しを依頼させる。

そこまでが筋書きだったんだろう。」


マルカは泣き崩れた。


「だめだぞ、ヤッカ。」

リンドは、ヤッカのいれてくれたお茶を美味しくいただきながら釘を差した。


「なにが、です、姐御。」


「精神的に痛めつけて、あとは少し優しくしてやると、たいてい女は自分から体を開く。

よくある手口だし、ワルだとも思わん。

ただ、こいつはわたしとおまえの共通の“報酬”だ。」


キョトンとしているヤックに牙を見せつける。


「つまり、おまえのやろうとしていることは“処女の生き血”という価値をぶち壊してしまうんだ。

ことが済むまでは、控えるんだな。」


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