第2話 婚約破棄された女

今日の「依頼人」は、歳は、二十歳前後だろうか。

小指を紫に染めていないので、未婚とわかる。


目立たぬよう地味したつもりのコーディネートは、まったくのチグハグで、かえって目立ってしまうだろう。

充分、美人の範疇におさまる女性だった。


リンドが合言葉を告げると、女性はちょっとびっくりしたような顔でリンドを見つめ、座るように促した。


「ご、ごめんなさい、その・・・・」

ちょっと、おどおどしたように彼女は言った。

「・・・・こんな可愛らしい子が来るとは思わなくって。」


「姐さんは『可愛い』と言われるのはあんまりお好きじゃない。」

となりにすわったヤッカが口をはさむ。

こちらは黒装束も相まってリンドよりはまだ「まし」なのだろうが、ひょろりとした優男。

あまり、彼女が依頼するような裏仕事にむいた人材とは思われないだろう。


「熟練者・・・・なの?」


殺し屋ならば概ね、十名以上を手に掛けた者がそんなふうによばれる。

こんな裏社会の用語をカタギの女性が使うほどには、この街にとって殺し屋というものはありふれた、身近な存在になっていたのだ。


「熟練者も熟練者、姐さんにとっちゃ、“仕事”なんぞ、飯を食うのとかわらない。」


リンドは黙ってヤッカのあばらを肘でつついた。

悪いやつではないし、腕も立つ。

だが、よりにもよって吸血鬼にその言い方はないだろう。


「相手は誰だ。」


「エゼルハセック商会会頭の次女、ライヤ=エゼルハセックとその婚約者。」


「へえ、こりやあ、また話題のお人だ。」


ヤックが笑った。


「話題の人?」


「そうですよ。ゴシップ誌は読まないんですか?

婚約披露のパーティの席上で、婚約破棄をやらかして、長女から次女に乗り替えた立法院議長の息子の話。

まあ、そのライヤ=エゼルハセックってのは、美人で有名でしたからね。


で、気の毒な長女のほうは、とんでもない濡れ衣まで着せられて、家を勘当同然で追い出されたって言う・・・・」


ヤックはさすがに気がついて黙った。


「ご紹介いただきまして」

女性がこわばった笑みを浮かべる。

「気の毒な長女。マルカです。お話のような事情でいまは、家名はありません。」


「事情はさておき」

リンドは、この手の話が大嫌いだった。

(当時も。千二百年後も。)

「わたしたちは、自分で言うものなんだが、腕利きで通っている。

わたしたちが呼ばれたということは、なにかそれなりの事情があるのだろう?」


「あなた方のギルドは、すでに一度、失敗しています。」


マルカははっきりと言った。


「むこうにとんでもない技をもつ護衛がいるそうです。」


リンドとヤッカは素早く目配せをした。

そういうこと、なら話はわかる。


「・・・・わかった。あとは料金の話だ。

わたしたちは高くつく。最初に払った料金では賄えない。その話はきいてるか?」


「わかってます・・・わかってます・・が、手切れ金替わりに持たされたお金はすべて支払ってしまいました・・・」

「わかってきたぞ、姐御。

どうも料金の交渉まで、俺たちにさせる気らしい。」


マルカは顔をあげて、リンドを睨むように言った。


「あとはわたしです。好きにしてください。」


リンドは、口元を覆ったストールをさげて少し牙を見せてやった。

マルカの顔色が死人のそれに変わる。


「き、吸血鬼・・・・」


「『好きにさせる』の意味合いがだいぶ、かわってくるが、もう遅い。

わたしたちはその条件を飲んだ。

依頼は受けよう。

ついてこい。」


「な、なぜ連れて行くのです・・・」


「わかりにくいか?

依頼をはたすまでは、おまえの体に危害を加えることはしない。


逆に言えば、おまえには自害などされてしまっては報酬が受け取れなくなる。」


バーテンがチェックを持ってきた。

代金の代わりに短いメッセージ。


“囲まれている。数は5人以上”


依頼を受けるための来店での飲み食いは、無料のはずだったが、リンドは黙って銀貨を一枚渡した。チップのつもりだった。


「どうします?」

ヤッカに、しかし緊張の色は見られない。

内ポケットから取り出した黒いガラスの小瓶の封を慎重に剥がしていく。

ヤックに超人的なパワーを付与する魔素濃縮液。


「どうもこうも。」


リンドは幅広のサングラスをかけた。

瞳の色が、印象的な血色にかわっていくのが自分にもわかったからだ。

自動的に発動してしまう「魅了」の効果を抑えるためだった。


マルカには自分の足で歩いてもらったほうがなにかと都合がいい。


「わざと依頼人をおよがせて、ギルドを突き止め、それごとつぶそうとする相手だぞ。

平和的な解決があるなら教えてくれ。」


ああ。

ヤックが、瓶の中身を飲み干しながらわざとらしいため息をついた。

まったく新しいスーツをおろすと決まってこれだ。

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