第56話 最後の攻防

「魔界の入り口を閉じる!?」


 ササPの作戦を事後報告した直後の、ノクス先生の第一声がこれだった。


「いや、確かにフィリア嬢の魔剣は剣というより針だ。だとしたら魔力を糸に見立てて、境目を縫い付けるようにジグザグに飛べば可能なのか……?」

「分かった、やってみる」

「ちょっと待て! 決断が早過ぎるだろう、ディエス!」

 今にも飛び立とうとしたディエスを、ノクスが慌てて留めた。


「ノクス先生。まごまごしていればクレア嬢の意志が無駄になる」

「う、それはそうだが……この方法だとディエスの魔力の消耗が激し過ぎる。それに作業中は魔力を魔剣に全部注入することになるから、魔物への対処が難しくなるぞ」


 即断即決が過ぎる甥に頭を抱えたノクスの肩を、隣国の王太子メテオラが労うようにポンと叩く。

「案ずるな、王弟殿下。フィリアは我らの手に戻った。魔王は正直我らの手に余るが、魔物討伐なら騎士団の最も得意とすることだ。安心して任されよ」

「メテオラ王太子殿下……」

「我ら騎士団もディエス殿下の盾になりましょう! ノクス殿下」

 騎士団を代表してフェール団長が断言する。

「お前たち……」

 誰もこの場で引いたり、否を唱えるものはいないようだ。


「ノクス、残るは君の決断と指示だけだ」

「そうよ〜、ノクス先生! 死なば諸共、最後まで一緒に頑張りましょう〜❤︎」

 かつての同級生二人にも後押しされ、この場の最高責任者——アルカ王国王弟ノクス・パルマは覚悟を決めたようだ。

 臓腑から吐き出すような大きなため息をつき、顔を上げる。


 凶相を極めた顔が周囲に集まった団員たちをぐるりと見回し、

「当初の予定とは手順が異なるが、これより『ノーティオの遺物』により魔界への入り口を閉鎖する! 実行者ディエスを魔物の手から守るのが我らの仕事だ。諸君、これが『アンゴル大峡谷遠征』における最後の任務となる。よろしく頼んだぞ!」

 と、発破を掛けた。

 騎士団員たちは大声でそれに応え、早速ディエスを守るように配置についた。


「それでは行くぞ、フィリア」

 ああ。この世界の命運が俺たちにかかっているんだ!


 ディエスが俺を構え、アンゴル大峡谷の端——魔界の入り口の先端まで飛行した。

 彼が握った場所から、力強い魔力が流れ込んでいるのが分かる。

 俺は針に糸が通るイメージをした。

 すると、現実でも俺のイメージどおりにディエスの魔力が可視化される。


「成程。これで世界の境目を閉じろと言うことか」

 ディエスが納得して、何もない上空に俺——剣を振り上げ、突き刺した!


 普通なら剣を振り回したところで虚空を切るばかりだが、今は違った。

 刺した箇所に弾力を感じる。


 魔力の可視化同様、きっとこれが世界の表皮の具現化なのだと、魔剣の俺は確信する。ディエスも俺を通じて理解したようだ。

 突き刺した世界の表皮を、さらに突き通すように剣に力を込め、貫通させる。

 今度は少し移動して、同じ動作を繰り返す。


 すると、今まで見えていた魔界の入り口が少しだけ小さくなった。

 一部だけど世界の境目を閉じることに成功したんだ!


「よし、このまま端まで行こう!」


 ディエスは今ので要領を掴んだのか、動作と飛行のスピードを上げた。


 地上では俺たちを魔物から守るために、騎士団員たちが奮闘してくれている。

 彼らの献身に応えるためにも、早く魔界の入り口を閉じてしまわないといけない。

 こうしている間にも、魔界からの魔物の流入は止まらないのだから。


 ふと地上よりも遥か下、大峡谷から見える魔界の方を見ると、ササPがコスタと対峙していた。

 いや対峙というより、ササPがコスタの首を掴んで吊り上げていた。

 ここから距離があるので彼らが何を話していたのかまでは、俺には分からない。


 だが決着は既についていたらしい。

 ササPが掴んでいた手を離すと、コスタの首は力無く垂れ下がり、そのまま地の底まで落ちて行った。


 一瞬だけ、ノクス先生の授業を共にした彼の横顔を思い出す。

 コスタにとって、俺は魔王フィデスに献上する魔剣でしかなく、目的のためにササPを傷付けた酷い奴だ。

 それでも、俺はその酷い奴だった同級生の死を少しだけ悼んでいる。

 授業中に俺に向けてくれた笑顔だって、全部演技だったかもしれないのに………。


「コスタは、短い間だが私の侍従だった男だ。私もフィリアの気持ちは少しだけ分かるかもしれない」


 それはディエスなりの慰めの言葉だった。

 俺に顔があれば苦笑していたことだろう。剣になった今は叶わないことだが……。


 ——と、一瞬目を離した隙に、魔王が両手首の再生を終えてササPに肉薄していた。

 お互い交渉の余地など無い。

 すぐに肉弾戦が始まった。

 繰り出される拳や脚は速すぎて見えないが、ぶつかり合うたび、衝撃がこちらまで伝わってくる。


 主人公補正のせいかササPの魔力は強大だ。

 しかし相手はダメージを負ってもすぐに回復してしまう最強の魔王だ。

 ササPがヤツの相手をしている隙に、魔界の入り口を塞いでしまわなければいけない。

 時間はない。


 アンゴル大峡谷は全長約1Km、それが魔界の入り口の長さだ。

 俺たちは慎重に、けれど可能な限り先を急いだ。

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