第50話 災厄の宴

「結界修復の魔術師と魔法使いを守れ!」

「散らばるな! 一人だと魔物たちの標的にされるぞ!!」

「空中戦に対応出来る者が前に! 残りは援護に回れ!!」


 地上は静かだった空気が一変して、阿鼻叫喚の戦場に変わっていた。

 騎士団は一騎当千の強者揃いだが、魔物の数が多過ぎる。

 一人、また一人と、魔物たちの爪牙にかかり傷付き、亡くなっていく。

 その中には顔見知りのメンブルム騎士団員たちもいた。

 彼らが無惨に殺される様を見ているだけで、俺には何も出来ない……。


 ラティオの治癒魔法すら間に合わない。

 むしろ今は、彼女の魔力を攻撃に回さなければ死者が増える。

 それくらい魔物の攻勢は苛烈を極めた。


「魔物たちにとって久しぶりの宴だ。はしゃいでいるな」


 魔王フィデスは俺を片手に、空から悠然と地上の惨劇を眺めている。

 コイツのせいで俺の知っている人が死ぬ。

 憎くて堪らないが、睨みつけることさえ今の俺には叶わない。


「そう急かすな。お前の出番はこれからだ。ほら……もうすぐアレがこちらに気づく」

 魔王が俺の剣先を、地上の一点に向けた。


 ブンッッ!!!


 遥か上空にいても、剣を切る音が聞こえた。

 取り囲むようにひしめいていた魔物たちが、その一振りであらかた倒されたのが分かる。

 有り余る魔力で余人を寄せ付けない戦い方をするのは———ディエスだ!


 ふと、ディエスがこっちを見たような気がした。

 ディエスが一瞬気を逸らした隙に、先ほど倒し損ねた魔物の残党が彼に飛びかかる。


「殿下!」


 パンッ、パンッと、グランスが軽快にディエスの背後に迫った魔物を立て続けに魔銃で撃つ。


「感謝する」

「それより殿下は早く、フィリア様の救出を———!」

「グランス。フィリアは、もう……」


 グランスの悲痛な叫びを、ディエスは優しく遮る。

 彼の言うとおり、もう手遅れなんだ。

 俺の救出なんて考えるな。自分の命を第一に守ってくれ。


「それでは面白くないな、フィリア」


 ふわりと、重さを感じさせない動きで、魔王が地上に落下した。


「邪魔だな」


 途中、空中にいた魔物を、俺を使って躊躇いもなく切り捨てていく。

 肉を断ち、骨を砕く感覚に、そんな器官も無いはずなのに吐き気がする。

 低級の魔物は知能より本能で動いているから、仲間意識などないかもしれないが、一応同族だろう。

 何故同族の命をそんなに粗末に出来るんだ?


「私と魔物は同族ではない。そもそも魔物はノーティオが作った物。魔物と同じと言うならフィリア、お前の方だ」


 え? 俺が魔物と同じ———?


 俄には信じ難い話をされて、一瞬だけ思考が止まる。


「あれは何だ……?」

「ひょっとして……アイツが魔王?」

「なんか似てないか、ディエス殿下に」

「馬鹿を言うな! 王族に魔物がいる訳がないだろう!? 擬態しているだけに決まっている!」


 地上の騒めきが徐々に近づいて来る。

 魔王の接近に騎士団員たちが気がついて、騒ぎ出していた。

 他の魔物とは明らかに違う形態、何よりディエスと酷似した容姿に困惑が広がる。


「いかにも! 私が魔王フィデス・パルマだ!」


 とどめの魔王本人の堂々たる宣言に、騒めきがいっそう大きくなる。


「フィデス・パルマ——だと!?」

「賢王の名を騙るとは、許し難い野郎だ!」

「囲め! 本当にアイツが魔王なら、一筋縄ではいかん。皆で同時に攻撃するぞ!」


 魔王の言葉は、騎士団員たちの騎士道精神に火を付けたようだ。

 他の魔物を蹴散らしつつ、魔王一人を取り囲み、一斉攻撃を仕掛けてきた。


 魔王フィデスはそれらを軽く己の結界で弾き飛ばした後、彼らに対して俺を構える。

 これから何をするかなんて、容易に察せられた。

 けれど俺に止める術はない。

 本当に俺——フィリアがノーティオに作られた剣ならば、こんなことのために使って良いはずがない!


「何を言っている。お前はこのために作られたのだよ。世界を———破壊するためにな!!」


 俺の願いは一顧だにされず、魔王の魔力が俺の中に注ぎ込まれる。

 その勢いのまま、周りを囲んだ騎士団員たちに向かって、俺——刃が振り下ろされた!


 ブゥゥゥンッ!!!


「ッッ!?」

「あっ!」

「——ッ!」


 魔王による最初の犠牲者は、彼を取り囲んだ勇気ある団員たちだった。

 ある者は魔力に当てられ一瞬で消滅し、別の者は胴から真っ二つに分断され、またある者は斜めに上半身を持って行かれた。

 現場は一瞬で血の海と化した。


「あ———ッッ!!」


 死に損ねた者たちの悲鳴が、辺りに響く。

 血と臓腑の匂いはますます濃くなり、魔王は一振りで、この世にさらなる地獄を顕現させた。

 目を逸らし耳を塞ぎたくても、俺には叶わない。

 ただ悲惨な現実を突き付けられるだけ———


 悔しいが、魔王の言ったとおりだ。

 心などなければ、こんなに苦しい思いをしなくてすんだ。

 彼らを切った感触がべっとりと残って、俺の心まで侵食されるようだ。


「たわいもない。厄介なのは、やはりノーティオの結界だけであったか」

 つまらなそうに魔王がこぼした次の瞬間、空気がざわりと動いた。


 いつの間にか魔王の懐にディエスが飛び込んでいた。


 キィィィンッ!!


 しかしディエスの魔力の剣は、あと一歩のところで、魔王によって俺に弾かれる。

 彼は体勢を整えながら、呆然とした表情で俺を凝視する。


「フィリア!! フィリアなのか!?」


 ディエスは一瞬の接触で、俺に気付いてくれた———!



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