第49話 メイドの懸念

 私の嫌な予感はよく当たる。


 祖父が落馬して怪我をした時も、弟が土砂崩れで九死に一生を得た時も、何故か産毛が総毛立つような、嫌な感覚に襲われた。

 それが今、負傷者がいるとレギオ様に連れられたお嬢様を見送った後、起こっている。


 私には魔力も腕力もない。

 薬師の勉強はしたが、魔物討伐において戦力外なのは承知している。

 しかし私の主人たるフィリアお嬢様が、アンゴル大峡谷遠征に行かれるとなると、私にとって同行しないという選択肢は存在しない。


 何故ならフィリアお嬢様の魔力も微々たるもので、腕力となると私にさえ劣るからだ。

 一ヶ月間グランス様に魔銃の訓練を受け「リトは私が守りますわ」などと、イキったことを言っておいでだが、私はお嬢様の命中率が三割程度だと知っている。

 この前も、就寝中にお嬢様の毛布に忍び込んで一時間ほど同衾してみたが、全く気づかれることはなかった。

 私に邪な気持ちがなかったから良かったものの、危機感のなさも心配の種だ。


 しかし、この遠征においてフィリアお嬢様と私を除けば、周りは強者揃いだ。

 魔物の巣に飛び込んでいく行為に危険はないとは言い難いが、クレア様が襲撃されたことで、王都も安全とは言い切れなくなった。

 周りを固める騎士団の皆さんが全滅でもしない限り、遠征の方が安心だとも言える。

 それなのに———


「カロル様!」


 私は警護のために幌馬車の周囲にいたカロル様に声をかけた。


「どうした? リト。フィリアは……さっきレギオさんに連れて行かれたな」

「はい。負傷者が出たそうです。カロル様。私もお嬢様の所に連れて行っていただけませんか」


 カロル様はフィリアお嬢様のいとこで、使用人である私とも気さくに話してくださる。

 こういう時にお願いしやすい方で良かった。


「それは構わないが、何か忘れ物か?」

「お嬢様が魔具の杖を置いていかれましたので」


 口実だが事実でもある。

 何事もなければ、治癒魔法で杖が必要となるだろう。

 カロル様は「分かった」と了承して、馬の後ろに乗せてくれた。


 お嬢様たちが前線に向かってから、それほど時間は経っていない。

 前線を固めるのは精鋭の騎士団員さんたちだ。

 何も心配する理由はない。

 それなのに嫌な予感は強くなる。


「カロル様。申し訳ありませんが、馬を飛ばしてください」

「ああ。それならしっかりつかまって———何だ、あれは」

 彼の怪訝な声に釣られて、私も空を見上げた。


「鳥……いや、魔物だ! しかもあんなにたくさん!?」


 カロル様が驚愕の声を上げる。

 対して私は声を失う。


 ———やはり、嫌な予感は的中した。



 空を覆い尽くさんばかりの翼を持った魔物の大群が、地上の私たちを見下ろして、ニンマリと嗤った———


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