第34話 花火
「——今日はこの辺で終わりにしましょう。疲れてくると命中率が低くなりますからね」
「はい、今日もありがとうございました。グランス様」
本日のグランスによる魔銃訓練が終了した。
時刻は夕方を過ぎて夜に差し掛かっている。
魔物の襲撃は昼間だけとは限らない。
今日は夜の襲撃を想定して、暗闇でも魔銃を撃てるようにする訓練だ。
昼間でも俺の命中率は相変わらずだが、それが夜ともなるとお察しだ。
「それにしても、グランス様は凄いですわね。こんなに暗くても、ど真ん中に命中するんですもの」
「慣れですよ。フィリア様だって、訓練を続けていれば出来るようになりますよ」
グランスの言葉はおべっかではないだろう。
「そうだと良いのですけれど……」
「出来るようになるまで、僕が訓練に付き合いますし」
「! あ、ありがとうございます……」
グランスは嫌いではないが、こういうちょっと甘酸っぱい空気になるのが正直困る。
俺が本当にフィリアだったら、どう思ったんだろう。
フィリアが好きなのは婚約者のディエスだ。
でも、はっきりと言葉にしないけれど、態度で好意を伝えてくるのはグランスの方だ。
俺は当事者だけど、当事者じゃない。
好感は持っても、それ以上は踏み込んだらいけない。
グランスがジッとこちらを見て、何か言おうと口を開けたその時———
ドオォォォォォーンッッ!!
大地を揺るがす轟音と共に、眩い閃光が辺りを照らした。
「花火!?……ですか」
俺たちは驚いて夜空を見上げる。
演習戦で見た花火とは規模が違う。
大輪の光の花が夜空一杯に咲き誇り、やがて消えていった。
それを惜しむ間もなく、続け様に花火は打ち上げられた。
ドオォォン!
ドォォォーン!!
パチパチパチパチ…………
「メンブルムの夏祭りの花火ですわ」
フィリアの記憶が、花火の理由を探し当てる。
「夏祭り……ですか?」
「ええ。メンブルム領ではお祝い事があるとちょくちょく花火を打ち上げますけれど、規模の大きなものとしては、春祭り、夏祭り、秋祭りでしょうか。領民は農業に従事している者が多いですから、特に秋祭りは収穫祭の意味合いもあって賑やかですわよ」
「そう……ですか」
グランスは俺の説明を上の空で聞いていた。
まあ、それも無理はない。
夜空一杯に次々と花開き散っていく様は、その規模の大きさもあり、ただただ声もなく圧倒される。
「僕も、王都の祭りの花火を見たことがあります」
花火に目を奪われたまま、グランスがポツリと言う。
「王都の冬祭りですわね。私は小さい頃にお父様に連れられて、見た覚えがありますわ。あの花火も見事でしたわね。グランス様はいつ頃ご覧になったの?」
「僕も幼い頃に、母と———」
言いかけて、彼は口をつぐんだ。
「グランス様は……王都の近くにお住まいでしたの?」
俺はなんと言っていいかわからず、当たり障りのない言葉を口にした。
「ええ、王都のそばの小さな町です」
「あの、夏休み中にお母様に会いに行ったりとか……」
彼がそれを出来ないことを知っていながら、俺は敢えて聞いた。
「大丈夫です。母が元気なことは知っています。それだけで、僕は会わなくても平気です」
微笑んだグランスの表情に、偽りは多分ない。
モヤモヤしてるのは俺の個人的な感情だ。
俺はもう、自分の家族——妹と母親には会えないから。
「そろそろ戻りましょう。フィリア様の帰りが遅いと、僕がリトさんとクレアさんに怒られてしまう」
「そうですわね。また明日よろしくお願いしますね、グランス様」
乙女ゲーム『ソラトキ』で、俺はグランスルートを10回は攻略した。
そのいずれもグランスが母親に会えるイベントは存在しなかった。
主人公で特別な存在とはいえ、クレアにグランスと彼の父親の交わした約束を破棄させる力は、ゲーム内ではなかった。
だからといって悪役令嬢の自分が、グランスのために何か出来るのだろうか?
ドォォォン!
ドオォォーン!!
未だ鳴り止まぬ花火の音を聞きながら、俺は胸が少し苦しくなった。
切ないようなこの気持ちは、郷愁を誘う花火の匂いのせいだけじゃない———
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。