第33話 夏だ、筋肉だ、ビーチバレーだ!

「頑張れー! フェール団長!!」

「今日も素敵ですー! ノッツェ副団長!!」

「クレア嬢、愛してるぞー!!」

「カロル様、頑張ってーっ!!」


 内輪のお遊びのつもりが、いつの間にか周りに大勢のギャラリーが集まってきた。

 メンブルム騎士団の花形、フェール団長やノッツェ副団長はともかく、クレアやカロルにも親衛隊らしきものが出来ているらしい。

 メンブルム侯爵令嬢としては複雑な気分だ……。


「やるからには勝つよ、ノッツェさん」

「ふふっ、その言葉お返しするわ、クレアさん」


 訓練では、毎日空中戦を繰り広げているクレアとノッツェ。

 拳を交える中で、ライバルのような友情が芽生えたらしい。

 エンジョイ勢の俺としては、彼女たちの闘いに水を差さないように気をつけねば。


「あのー、ディエス殿下、グランス様。私、運動は苦手ですの。きっと球を取りこぼすと思いますわ。その時はお願いしますわね」

「ああ、分かった」

「僕に任せてください」

 ディエスは淡々と、グランスは開き直ったのか自信満々に、俺のフォローを快諾してくれた。

 最弱悪役令嬢の俺以上に、運動神経の鈍い奴はいないから、これで俺がダメダメでも安心だ。



「ハッ!」


 気合いと共にフェール団長のスパイクが、俺たちのコートの中に見事に決まる。

 うわっ。ボールはとっくに落ちた筈なのに、砂浜にめり込んでギュルギュルいってる。コレ、下手したら腕がもげるヤツじゃん……。


「みんな頑張ってねえ〜❤︎ 腕の一本や二本、私がすぐくっつけてあげるから〜❤︎」


 外野からラティオ先生の有り難くない声援が飛ぶ。

 やめろ、不吉なフラグを立てるな。


「フィリア、団長の球は受けなくて良い」

「そうそう、無理は良くないよー、フィリア様」

 ディエスとクレアがサラッとフォローしてくれるが、明らかにフェール団長はこちらのチームの弱点である俺を狙っている。

 既に開始早々10点を先取されてしまった。


「フェール団長に球が行かないように出来れば良いんですが……」

 グランスが一番の問題点と解決案を口にする。

 サーブこそ他のメンバーが打つが、こちらが打ち返すと、何故かボールは最終的に団長のもとに行ってしまう。

「でも団長の球を攻略しないと、どのみち私たちの負けだよ」

「ですわね……」

 うんうん俺たちが唸っていると、ディエスが一歩前に出た。


「団長の球は、私が受ける」

「無茶ですわ! 殿下!!」


 無謀な宣言を止める前に、向こうのコートからコスタがサーブを打った。


「グランス!」

「!」


 ボールの軌道の先にいたグランスに、ディエスが声をかける。


「っ!」

 コートに落ちる寸前でグランスがレシーブする。

 上がったボールを、クレアが敵コートに叩き込んだ———が、


「なんのっ!」


 カロルのレシーブがそれを防ぎ、打ち上がったボールはフェールの目の前だ。


「フッ!!」


 俺たちのコートに向かって、容赦のない殺人スパイクが再度打ち込まれた。


「避けろ、フィリア!」

「ディエス殿下!」


 彼の声と同時に、俺は横へ飛び退いた。

 真っ直ぐ飛んで来るボールに、ディエスが宣言どおりに立ちはだかる。

 無茶だという思いと、彼なら何とかしてくれるという希望が相まって、俺は息を呑んで立ち尽くす。


「っつ!!」


 凶悪なスパイクがディエスの手首にめり込む。

 普段は無表情な彼の眉間に、無数の皺が寄せられる。

 あああ、だから言わんこっちゃないっ!!!

 ディエスの手が完全に壊れる前に試合を中断させないと!


 しかし審判のリトの注意を引こうとした時、クレアに阻止された。

「何故止めるんですの!? 試合続行は不可能ですわ!」

「アレ、見てみなよ」

「え?」


 ディエスの手首を粉砕し、とっくにコートに落ちている筈のボールが落ちてなかった。

 ギュルギュル回転したまま彼の手首に上に乗っている!?

 しかもディエスの手首は無傷だ。

 よく見ればボールと手首の間に透明な膜が見える———いや、あれはディエスの魔力で作った氷だ!


「どういうことですの!? あのボールは魔力を無効化する筈なのに」

「……おそらく無効化された先から、殿下は魔力を放出して、あの状態を維持しているのでは?」

「無尽蔵の魔力保持者とも言われる殿下ならではだよねえ」

 俺の疑問にグランスとクレアが冷静に答えた。


 やがて根負けしたボールの勢いが落ち、完全にその勢いを無くす前にディエスがトスを上げた。


「フィリア!」

「えっ、私ですの!?」

 殿下の渾身のトスだ。これを外すわけにはいかない。


「えいっ!」


 思いっきりアタックを決めた———つもりだった。

 ボールは確かに俺の手に当たったが、ペチンというなんとも情けない音を立ててヘロヘロと力無く飛んで行く。


「あっ、あっ、まだ落ちないでくださいませーっ!」


 俺の願いが届いたのか、ボールはネットギリギリを超え、そのまま落ちた。

 え、マジか。落ちた——ってことは、相手コートに入った……どころか、得点が初めて入った!?

 オーッッ!!と、ギャラリーたちもどよめいている。


「やったね! フィリア様!!」

「初得点ですよ!」

「良くやった」

 三者三様に褒められた。

 ……でもなんかこう、釈然としないぞ、俺は。

 だって、あっさり入り過ぎだろ。


「今の、私に対する忖度じゃありませんこと? フェール団長」

「まさか! 騎士道精神にのっとって、私はそんなことは致しません! ただ、その……」

「ただ、何ですの?」

 フェールが釈明するも、しどろもどろだ。


「フィリア様の球が、こちらの陣地に入るとは思っていませんでしたので……お恥ずかしながら油断はしておりました」

 ノッツェ、カロル、コスタまでが団長の言葉にこっくりと頷いた。

 忖度されるより、そっちの方がショックだよ!!


「なんてこと!! 私、思いっきりあなた方に舐められていましたのね!? ……分かりました、これから吠え面をかくがいいですわ! やっておしまいなさい!! クレアさん、グランス様、ディエス殿下!!」

「いや、やるからには全力だけど、他力本願はどうなの? フィリア様」

「私のヘロヘロ打法は一度切りで、もう通用しません。これからは応援に徹しますわ!!」

「……仕方ないですね。フィリア様が応援してくれるなら、全力でやりますよ」

「任せておけ」


 こうして俺たちはチーム一丸となって、舐めプしやがった団長チームに徹底抗戦した。

 第一セットは落としたけど、第二セットは辛くも俺たちが勝利した。

 最後の第三セットは、よろけたフェール団長がノッツェの胸を揉んでしまうというラッキースケベが発生し、鼻からの大量出血により団長が戦闘不能に。

 代わりにシルワ先生が入って、ゲームは混迷の度を深めたが、ノクス先生の突然の来訪によりシルワ先生のサボりがバレて結局最終的な決着はつかなかった————


「あー! もう少しで勝てるところだったのに! 惜しいことをしましたわ!!」

「ははっ、でも楽しかったから良いじゃん。またやろうよ、フィリア様」

 プンスカしている俺に、あくまでもお気楽に宥めるクレア。

 うん、そこは否定しないよ、俺も。

 なんかこういうの、生前の学生時代以来で楽しかったし。


「次回もこの顔ぶれでやりますわよ! 今度こそフェール団長にギャフンと言わせてやるのですわ!!」

「まあ、暇だったら僕もお付き合いしますよ」

「フィリアが呼ぶのなら、私も付き合おう」

 俺の指名に満更でもない表情のグランスと、意外と乗り気なディエス殿下。


 フラグを立てるつもりはないが、アンゴル大峡谷遠征後に、絶対このメンバーで決着をつけてやると、夕日に向かって固く心に誓う俺であった———


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