第32話 夏だ、水着だ、湖水浴だ!
「みんなー、集合ー、今日は湖水浴を行います!」
夏休み十日目———皆がメンブルム領の生活に慣れてきた頃、王都から来たシルワ先生が挨拶も早々に宣言した。
「ハイ、シルワ先生」
「はい、フィリア嬢。何かなー?」
「何故、皆で湖水浴をする必要があるのですか?」
一同を代表して、俺がシルワに疑問をぶつけた。
今この場には、俺を含めたノーティオ魔法学園から来たメンバーと、メンブルム騎士団の皆さん、民間から募集した兵士たちがいる。
これだけ一堂に会しているのは、シルワが合同練習をすると事前に言って集めたからに他ならない。
「アンゴル大峡谷までの道のりに、大きな水辺ってなかったよな……?」
「森や砂漠地帯を通るだけですからね」
カロルのもっともな疑問に、グランスが答える。
「そのとおり! 今日は訓練とは関係ありません! 要は親睦会的なものです! ノクス先生がこの場にいないので、僕が監督をサボりたいだけです!!」
ぶっちゃけていいのか、シルワ先生———
「今回の湖水浴には、アンゴル大峡谷遠征にも参加するラティオ・ロース先生も来てくれました。初めましての人もいるので、先生自己紹介どうぞ!」
シルワの呼びかけに、ラティオが皆の前に歩み出る。
観衆——特に男どもが、彼女を見て一斉にどよめいた。
「皆さ〜ん、私を知ってる方はこんにちは〜、知らない方は初めまして〜。シルワ先生からご紹介に与かりました、ラティオ・ロースで〜す❤︎ 得意魔法は治癒魔法なので、皆さんが怪我した時はお任せくださいねえ、死なない限り治しちゃいますから〜❤︎」
いつものゆるふわな感じに加え、今日はわがままボディに上半身ビキニで、下はパレオを巻いている。
とどめのウィンクで、ウォーッと男どもが雄叫びを上げる。
まあ、その気持ちは分かる……。
かくして、親睦会を兼ねた湖水浴は、シルワ先生の仕事をサボりたいという不純な動機でゆるーく始まった———
「うわー、イイネ、イイよ! フィリア様! やっぱり似合うよ、スク水!!」
「……心中複雑ですけど、お褒めの言葉、ありがとうございますわ」
自分はちゃっかりフリルのセパレートタイプの水着を着て、俺を絶賛するクレア——ササP。
布面積がラティオのビキニより多いとは言え、ナイスバディは隠しようがなく、多くの男たちが彼女をチラ見している。
あと、いつもは下ろしている長い髪を今日はポニテにしてて、正直言ってかなり可愛い。
それに対して俺は———旧型のスクール水着だ!!
「似合うか似合わないかで言ったら、確かにこの体型に滅茶苦茶フィットしてますけど、自分が着るとなると……」
「なーんてブツブツ言っても、姿見の前でポーズ作って魅入ってたら説得力がないよ。もー! 身体は正直なんだから❤︎」
「ほっといてくれですわ!」
理性では「オッサンがスク水着るとかないわー」って思うのに、実際フィリアに似合っているので、ついつい有能メイドが用意した姿見を凝視してしまう。
ゲームではあり得なかった衣装で、ハッキリ言ってしまうと眼福だ!
「フィリア様! クレアさん!」
ドスドスと足音を響かせて、メンブルム騎士団副団長が俺たちの元に来た。
「ノッツェさん!」
そう、ササPを落胆させたビキニ鎧の美女である。
首から上だけ見れば金髪碧眼、まさしく女神のような麗しさだが、下を見れば鎧のような筋肉がそこにある。
今日も布面積の少ないビキニを着ているが、いやらしさはかけらも無い。その身体は名工の手による彫刻のように、ただ見るものを圧倒させる。
魔力保持者ではあるが、元は平民の彼女が副団長まで上り詰めた理由が、人並みならぬ努力であることは一目瞭然だ。
フィリアはメンブルム騎士団に興味がなかったようで今まで面識がなかったが、合同訓練しているのにそれではいかんだろうと、先日簡単な顔合わせをしておいた。
「宜しかったら、一緒に球遊びをしませんか? 私、泳ぐのはちょっと苦手で……」
ノッツェは可愛らしくはにかんで、俺たちを誘ってきた。
戦闘中は鬼のようだとササPは語ったけれど、仕草は可憐な乙女そのものだ。
「いいですわね。クレアさんはどうなさいます?」
「フィリア様がやるなら参加するよー」
「準備が整いましたので、こちらへどうぞフィリア様」
有能ジト目メイドことリトが、すかさず俺たちを案内する。
彼女もクレアよりシンプルなセパレートタイプの水着だが、何故かその上にメイド服のエプロンを装備しているので、前から見ると裸エプロンみたいでちょっとドキドキする。
「これって……」
「ビーチバレーだね」
乙女ゲームの世界にスク水のようなデザインの水着が存在するなら、ビーチバレーのような競技が存在しても不思議ではない。
「21点先取した方が勝ちで、これを3回やります。2回勝った方がその時点で勝者です」
リトの説明するゲームのルールも、砂浜に張られたネットも生前の世界の物と酷似している。
「ちなみに、この球は魔力を無効化する魔石が使われているので、魔力の強弱で勝敗は決まりません」
ニコニコとボールの説明をするノッツェに、クレア——ササPは舌打ちをして、魔具の棘付きナックルをブレスレットへと変形させた。
………ナックルで何するつもりだったんだ、アンタは。
俺は根本的な問題に気づいた。
「でもノッツェさん対私とクレアさんだけだったら、人数が足りませんわ」
「確かに。ノッツェさんが強いのは身に染みて知ってるけど、こういうのは人が多い方が楽しいよね」
チラリとリトに視線を送れば「私は審判なので」とアッサリ断られた。
「よしっ! では私、ウィルガ・メンブルムがフィリアの陣営に入ろう!!」
「お父様!?」
いつの間にか湖水浴場に来ているフィリアの父。しかもやる気満々で海パンを穿いている。
「お父様、お仕事はよろしいのですか?」
小太りでちょび髭、光を反射する頭。愛くるしいと言えなくもない容貌。
愛嬌に全振りして威厳はかけらも無いが、これでも侯爵様である。
領主としての仕事も忙しくない訳はない。
「あ、ああ……たまには私だって遊んだっていいだろう。うん! いいはずだ!」
……これ絶対駄目なやつだ。
案の定、スカートの裾を乱さない程度のエレガントな速歩で、フィリアの母親ミルレが近付いて来た。
「あなた、何をしているの? まだ仕事は山積みですよ」
ニッコリ笑っているが、背後に般若に気配を感じる程怖い。
「ミ、ミルレ。私だって、ちょっとはフィリアと遊びたいんだよ。見逃してくれないか? あ! そうだ、君も一緒に」
「終わるまで駄目よ!」
皆まで言わせず、母は父を引き摺り去って行った。
あー、これがメンブルム家の力関係か……。
「それでは私が君の陣営に加わろう、ノッツェ」
「フェール団長!!」
人数調整が振り出しの戻ったところで、メンブルム騎士団団長フェールが名乗りを上げた。
筋骨隆々の美丈夫。今は黒のビキニパンツだが、戦場では全身を覆う魔具のプレートアーマーと剣で舞うように戦うという。
「あ、私と一緒では嫌だったかな……そうだ、親睦会なら他の人と組んだ方が」
「とんでもないです! 私、団長とご一緒出来て嬉し——いいえ、光栄です!!」
「ノッツェ……」
「フェール団長……」
———そう、彼らは団長と副団長、上司と部下という間柄の前に、両片思い中の男女だった。
周りは早くくっつけと念じているのに、お互い自分が相手に釣り合わないと思っているため、恋心と筋肉ばかりが募っていくという現状だ。
「あのー、お二人でコンビを組むのは構わないけど、それだとこっちが不利なんですけどー」
「ですわね。そちらは騎士団団長と副団長ですもの。こちらはクレアさんはともかく、私が確実に足を引っ張りますし……」
これで人数は対等になったが、向こうがメンブルム騎士団筋肉コンビとなればササPの言うとおり、こちらが圧倒的に不利だ。
「だったらさ」
今まで遠巻きで俺たちの成り行きを見ていたカロルが、唐突に口を挟んだ。
「フィリアの方にグランスとディエス殿下が入れば良いんじゃないか? それで、俺とコスタさんはフェール団長の方に入れば、人数的にも丁度いいし」
「えっ!?」
「ぼ、僕が殿下と敵対するのですか!?」
完全な傍観者を決めていたグランスとコスタが、いきなりプレイヤーに選出されて驚いている。
……ゲーム内でもカロルとグランスはいつの間にか友達になっていた。敬称なしで呼んだってことは、この世界でも仲良いんだな。
グランスはボッチ気質だから、コミ強カロルがグイグイ行った結果だろう。
「敵対なんて大袈裟だな。遊びなんだから、ディエス殿下も怒らないよ。な、殿下」
「問題ない」
次期国王に対して気安いな、カロル。
「カロル! 僕はやるとは言ってないですよ!」
「とりあえずフィリアとクレア嬢が前衛で、グランスと殿下が後衛な」
「カロル!」
敵チームに対してポジションの指示までして、カロルはコスタを連れてさっさと団長たちのもとに行ってしまった。
納得してないのはグランス一人だ。
「グランス様、カロルの言うとおり遊びなんですから、深く考えず楽しむことですわ」
「……参加するのが嫌なわけではないんです、フィリア様……」
「ん? では何の問題が———」
言いかけて俺はその理由に気がついた。
赤くなってモジモジしているグランスの視線が、チラチラと俺のスク水に当たっている。
……まあ、この世界の洋服は割と露出が少ない。そこにきて身体にピッタリフィットした水着である。
あー、俺は健全な青少年の心を悪戯に刺激してしまったかー。
悪い気はしないが、あんまり見られるとこっちも恥ずかしくなるから、出来ればやめて欲しい。
「場所が決まらないのなら、私がフィリアの後ろに行こう」
「!!」
グランスがグダグダしてるから、ディエスがとっととポジションを決めてしまった。
殿下は殿下で無表情だから、人間が普通に持ってる三代欲求が本当にあるのか、時々心配になる。
「では両者準備はよろしいですか? では、はじめ———!」
リトの良く通る声で、突如決まったビーチバレーもどきのゲームが始まった。
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