第26話 夏休み作戦会議

「えらいことになったなあ」

 学園に戻ってきてから開口一番、カロルが皆の思いを代弁した。


 俺、クレア、ディエス、コスタ、カロル、グランス、ノクス、シルワ、レギオの九人が、メテオラの飛行船で王城からノーティオ魔法学園まで送ってもらった。

 今は生徒だけが教室の一室に待機させられている。


「いずれ結界の補修に行くことになるとは思っていましたが……やはり急ですね」

 グランスも王城では黙って成り行きを見ていたが、予想外の展開に戸惑いは隠せないようだ。

 俺はクレア——ササPのそばに寄って耳打ちする。

「これ、戦力的には大丈夫だと思います? ササPさん」

「うーん、ステータス画面が出れば判断しやすいんだけどねえ」

「ですわね」

「あの大量の魔石と魔具で戦力の底上げするから、何とかなるよ、多分」

「多分って……何とかしないと死にますわよ」

 ササPの楽観主義に呆れていると、教室のドアが開いた。


「待たせたな」

「うむ、大義であった!」

 ノクスとメテオラに続き、シルワとレギオも入って来た。


「カロル君、グランス君」

「ハイ!」

「はい…?」

 ノクスに不意に名を呼ばれ、カロルは勢いよく、グランスは怪訝そうに返事をした。

「君たちはその魔力、実力から有無を言わさず会談に巻き込んでしまったが……貴族の嫡男でもある。今回は死ぬ可能性もある行軍だ。今なら作戦への拒否を認めよう」

「………」

 二人は一瞬だけ顔を見合わせ、

「いいえ。俺、カロル・グラーニは皆と一緒にアンゴル大峡谷に行きます! 覚悟なら出来ていますが、生きて、皆と一緒に帰ってきます!」

「僕も行きます。家とか関係ありません」

 そうキッパリと言い切った。


「……そうか。二人とも、有難う」

 ノクスは少しだけ声を詰まらせた。先生も本当は、命の危険のある場所へ生徒を行かせたくないんだろうな……。


「シルワ先生ー、私には参加の可否は聞いてくれないんですかー?」

「あー、クレア嬢は死なないから大丈夫だよ。僕と同じか、それ以上に強いしねー」

「チッ。まあ言われなくても行きますけどね」

 こっちの師弟は何と言うか……強さの安定感は抜群なんだけどな。


「問題は……」

 ノクスがチラリとこっちを見る。え? 俺?

「フィリア嬢、君をどうするかだ。ただの魔物討伐なら連れて行っても差し支えない程度には、成長していると思うんだが……」

 こんな場合だが、評価されてチョット嬉しい。

「ノクス先生。私はフィリア様にはまだ早いと思います」

「僕も反対です。治癒魔法が出来ても、身を守る術がないのなら今回は厳しいです」

 クレアとグランスがすかさず異を唱える。


 うん。全くもって正論なんだよな。

 出来れば俺も皆の役に立ちたいが、攻撃魔法と防御魔法は相変わらずからっきしだ。

 演習戦では魔具の杖が役に立ったが、あれは魔物が一匹で、魔力を攻撃に使ってくるタイプだったから出来たことだ。

 魔物の集団に物理攻撃で狙われたら、俺は手も足も出ない。


「それなら心配に及ばぬ。何故なら、我がフィリアに魔具と魔石を与えるからな!」


「えっ!? メテオラ殿下?」

 ツカツカと俺の前まで来ると、

「ほら、これがそなたの身を守る魔具——いや、魔銃だ」

 彼は俺の手に銃を握らせた。


「これを……私に?」

 グランスの使っている銃より見た目が小さくて軽い。

「ああ。魔石が中に装填されているから、使用者本人の魔力の強弱は関係ない。魔石の魔力がなくなるまでは弾切れを起こすこともない。誰にでも使える魔具だ。おい、そこの、名は何と申す」

 唐突にメテオラがグランスに声をかける。

「グランス・ブルケル……です」

「グランスか。そなたもその腰の物を見るに、魔銃使いであろう? フィリアに使い方を教えてやってくれぬか」

「それは構いませんが……やはり僕は彼女が今回の作戦に同行するのは反対です」


「このアルカ王国が戦場になるはずがない——と、そなたは申すか」


「え?」

「我らがアンゴル大峡谷を目指している間に、魔物がアルカ王国、グラキエス王国に攻め込む可能性もある。我らは地上の魔物の総数を把握してはおらんでな」

「それは、そうですが……」

 グランスの声が小さくなる。

 確かにメテオラの言う通りだ。しかも結界の補修部隊に戦力を割く分、本国の守りがどうしたって手薄になる。魔王が魔物を統率して、そこを狙ったって不思議ではない。

「手元に置いて守るか、武器を与えて自衛させるかの違いよ。我は手元に置いて守る派だがな」


「メテオラ」


 この場で彼を呼び捨てに出来るのは、同じ王子という立場のディエスだけだ。

 親友という程近しい間柄ではないが、二人は小さい頃から親交があった。


「魔具の剣はないか?」

「もちろんあるが……何故今それを聞く」

「剣であれば、私がフィリアに教えられる」

「!?」


 室内に一瞬の沈黙が落ちた後、メテオラがプッと吹き出した。

「ハハハハッ、そうか、そうであったな、そなたもフィリアの婚約者であったな! すまぬな。これは我の配慮が足りなんだ。クククッ。しかしな、ディエスよ。フィリアがそなたと同等の剣術を会得するには、一月では絶対に足りぬ。今回はグランスに任せ、そなたは馬の乗り方でも教えるが良かろう。……プッ、あの朴念仁のディエスが嫉妬とか……ブフッ」

 笑い過ぎだろ、王子。

 それに嫉妬とか絶対ないだろ、ディエスに限って……うん、多分、おそらくな!

「そうか、馬か。それで良いか、フィリア」

「あ、ハイ」

 つい勢いで頷いてしまった。

 まあ、フィリアは今まで馬車移動で単独で乗馬した記憶はないから、この際乗れるようになった方がいいな。


「……本題に入ってもいいだろうか、諸君」

 あ、すいません、ノクス先生。脱線しました。

「この際、フィリア嬢の参加の是非は置いておく。君には———いや、メンブルム家に協力してもらいたいことがある」

「兵站の食糧ですわね? お任せ下さい! アウローラ大陸の食糧庫の名にかけて、我が国とグラキエス王国の民は飢えさせませんわ!」

「頼もしいことだな、フィリア」

「ああ、それもあるが、場所の提供をお願いしたい」

「場所、と言いますと?」

「騎士団員なら日頃から鍛錬を欠かさないだろうが、今回は素人同然の民にも募集をかける。当然、訓練とそれを行う場所が必要だ。王都周辺はこの学園の練習場を使えば良いが……」

「分かりましたわ。メンブルム領周辺で集められた人たちは、ウチの騎士団の訓練場で合同練習をしましょう。父に話を通しておきますわ」

「それは助かる。後もう一つ」

「?」

 ノクスが俺を含め、生徒たちの顔を見る。


「ここにいる生徒五人を、君の——メンブルム侯爵家に招待してもらいたい」

「??」

「フィリア嬢を除いた君たちの実力は、作戦の実行に当たって、なんの問題もないだろう。しかしそれは個人の話だ。集団での大規模な魔物討伐となると、やはり連携が重要となり、そこが君たちはまだ弱いと、私は思う」

 つまり……このメンバーで合宿して絆を深めろってことか!?

「メンブルム領良い所だよね。食べ物は美味しいし、景色が綺麗なところもたくさんあるし、青春の思い出作りには最適だよ!」

「ハッ!!」

 シルワがいい笑顔で言ったネタばらしに、ノクスがすかさずチョップを入れた。


「……そ、そういう側面もないではないが、目的はあくまで連携のための訓練だ。コイツ——ごほんっ、シルワ先生は反面教師なので、彼の生活態度を諸君は真似しないように! 以上!」

 凶相を赤く染めて、ノクス先生は話を打ち切った。


 代わりにそばに控えていたレギオが手を上げ、俺たちの注意を引く。

「ノクス殿下——ではなく、ノクス先生とシルワ先生は各方面への連絡や新兵の訓練で忙しいので、メンブルム領には私が皆さんと同行します」

「レギオも来てくれるのか?」

 表情は変わらないが、ディエスの声が心なしか弾んでいる。良かったな、殿下。

「はい。この老兵が今更殿下のお役に立てるかは分かりませんが」

「いいや。元騎士団長の指南があれば、尚のこと心強い」


 こうして俺たちの夏休み——アンゴル大峡谷遠征に向けての訓練、という名の思い出作りは始まったのだ。


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