第25話 隣国からの訪問者3

 パルマ王城——その名のとおり、パルマ家の王族が住まう城だ。

 パルマ王朝の歴史は古く、アルカ王国建国から始まり今に至るとされる。

 ここに俺が来るのは、ノーティオ魔法学園入学前にディエスに呼び出された時以来だから、もう四ヶ月近く前になる。

 今はあの時とは違い、もう少し広い応接室に俺たちは通されている。


「しばらく振りの対面だな。メテオラ王子」

 上座に座り現アルカ王国国王モーレス・パルマは、鷹揚にメテオラ王太子に話しかけた。

 フィリアの記憶の中で見たモーレス王よりも歳をとったせいか、痩せて覇気に欠ける印象を受けた。


「我の急な訪問に対して、時間を割いてもらったこと感謝する、モーレス王」

 一国の王に対して、メテオラは臆することなく礼を言う。

「それは構わぬ。貴重な魔石を使って飛行船を飛ばす程、火急の用事があったのだろう? 私もグラキエスの現状や王の容態等詳しく聞きたいところだが、先ずは用件を聞こう」


「あの……一つよろしいですか? 陛下」


 話に水を指す無礼を承知で、聞くならこのタイミングしかないと、俺は挙手をした。

 皆の視線が俺に集まって、ちょっと居心地が悪い……。


「何か? フィリア嬢」

 対応してくれたのはノクス先生だった。陛下直々じゃないだけ有難い。

 俺はホッとしつつ口を開く。

「私がこの場に居合わせてよろしいんでしょうか? 国家機密というか、部外者が立ち入るべきではないことであれば、早々に退席いたしますが……」

 俺の疑問は、学園から一緒に連れて来られたクレア、グランス、カロルも同様らしく、うんうんと頷いている。


 俺はゲームで今後の展開は知っているが、上意下達が普通の世界で、国家の命運を賭けた大切な会談に俺たちが参加して良いものか、戸惑ってるんだ。

 ちなみに今ここにいるのは先程のメンバーを除いて、モーレス国王、ノクス先生、ディエス殿下、メテオラ殿下、シルワ先生、コスタ、他侍従数人だ。


「これからする話はいずれ公になるが、それまでは他言無用だ。寧ろ君たちに関係がある話だからこそ来てもらった。これで納得して貰えないだろうか」

 ノクスの言葉はお願いの体を取りつつも決定事項らしい。

「分かりましたわ」

「では、話を先に進めよう。メテオラ殿下、今日来られたのはネブラ王国——いや、アンゴル大峡谷の結界の異変についてですね」

「そのとおり! 我がグラキエスでも近年魔物の出現が増加しておる。しかも魔力から言って中級以上のものがな」

「やっぱり隣国でも……」

 カロルが過去の惨状を思い出したのか、苦々しい顔をする。



 魔界の入り口となるアンゴル大峡谷は、ネブラ王国の中央に位置する。

 ネブラ王国はその名のとおり君主制を敷いていたが、およそ百年前にクーデターが起こり、以降他国との国交は途絶えている。

 国交断絶と共に魔石の供給が絶たれ、魔石を動力とする魔具の文化は衰退していった。

 ちなみにディエスを産んだ母親は、クーデターから逃れアルカ王国の壁外に街をつくったネブラの民の子孫だ。

 今までネブラ王国内の情報を得るために、アルカ王国やグラキエス王国から何人もの使者や調査団が送られたが、戻ってきた者はいないと言う。

 かつてクーデター前には一年ごとに三国共同で結界の補修補強をしてきたのが、百年以上メンテナンスを怠っている現状、いつ結界の網目が破れ、地上に高位の魔物が溢れてもおかしくはないのだ。



「ネブラの現状は我の国でも知る術がなかった。つい先日まではな」

「というと、調査団か使者が帰還したのですか?」

 ノクスが驚きの声を上げる。

 メテオラはチラリとディエスの方を見て、

「ああ、グラキエスでは保護しただけだがな、アルカ王国の使者を」

 と、側に控えていた彼の侍従に合図を送る。

 侍従は静々と部屋の扉を開け、外にいた人物を室内に招き入れた。


「さあ、我はしかと送り届けたぞ。感動の再会であるな、ディエス王子!」

 メテオラが自らその人物の手を取り、俺たちの前にいざなった。

 ガタンッ!と、椅子が大きな音を立てて倒れた。

 信じられないものを見たように、ディエスの左右色の違う瞳が大きく見開かれる。


「レギオ!」

「お久しぶりです。ディエス殿下……大きくなられましたな」


 レギオと呼ばれた中年の男が、ディエスに向かい強面をくしゃりと崩して笑いかけた。

 灰色の頭髪と髭を蓄え、右目に黒の眼帯、左手には鈍く光る義手を着け、いかにも歴戦の剛の者という風格だ。

「あの方は一体……?」

「昔ディエス王子の傅役をしていたと、我は聞いているぞ」

 俺の問いにメテオラ殿下自ら答えてくれた。

 傅役……要するに教育係のようなものか。


 俺はクレア——ササPにチラリと視線を送る。

『ソラトキ』のゲーム中では見なかったキャラだ。ササPは知っているんだろうか?

 ササPは俺の考えを察して、頭をブンブンと横に振った。

 プロデューサーが知らないとなると、主要キャラではないのか。


 フィリアの記憶を探ると、奥の方から確かに幼いディエスにレギオを紹介された記憶が出てきた。

 二人とも笑顔で、レギオから「殿下と仲良くしてくださいね、フィリア様」とお願いされていた。

 レギオは過酷な生活のせいか今と昔とではその容貌が異なっていて、パッと思い出せなかったんだ。


「レギオ、この腕は……」

 ディエスが躊躇いがちにレギオの義手に触れる。

「ネブラ王国へ潜入した際、魔物にやられましてな。命まで取られなかったのは幸いですが」


 カタンッ


 今まで黙って主従の再会を見ていたモーレス王が動いた。

 王が近付くと、レギオはスッと膝をつき臣下の礼をとる。


「よくぞ生きて戻ってきた、レギオ。顔を上げよ」

「いいえ我が王よ、私は帰ってくるまでに八年の時間を要してしまいました。不甲斐ない限りです」

 顔を上げないレギオに、モーレス王が歩み寄り、同じように膝をついた。

「今までネブラに赴き帰ってきた者はいなかった。時間が掛かろうとも、お前は任務を全うしたのだ。それを誇り、今は良く休むが良い」

「モーレス王……」


「すまんなモーレス王、本題はこの先なのだ。彼に褒美や休暇をやるのは、その後にしてくれまいか」

 メテオラが空気を読まずに踏ん反り返って先を促した。

「うむ、それもそうだな。メテオラ王子、貴殿がこのレギオをグラキエスで保護したと言ったな。どのような状況だったのか」

 皆が着席した後、モーレス王がメテオラに説明を求めた。

「我が話すより、順を追って本人から説明させた方が早かろう」

 メテオラが目線でレギオに促し、彼は今に至る経緯を語り出した。



 ———レギオは元は平民出身ながら、その実力を買われて王都の騎士団長を務める程の豪傑だった。

 しかし魔物討伐で右目を失ったことで一線を退き、ディエスの傅役となった。

 そして八年前——王命によりネブラ王国へ潜入することとなる。


「やはり魔物の数はアルカ王国の比ではありませんでした。目的の王都に辿り着く前に魔物の襲撃により、私は左手を失いました」


 魔物の追撃から逃れたものの身体は怪我により衰弱し、このまま命運尽きるかと思われたその時、救いの手が差し伸べられた。

 それは僅かに生き残ったネブラ王国の民だった。


「彼らは魔物に見つからぬよう、洞窟や地下で息を殺して生活していました。私はそんな人々に救われたのです」

「……驚いたな。この百年の間に魔物に蹂躙され、国民は滅ぼされたと思っていたが……では、王族は? その集団に国王はいたのか?」

 ノクスがレギオの話の間に質問する。

「いいえ。いくつかの集団が存在し、それぞれまとめ役はいたようですが……とにかく、そこで私は八年間お世話になりました」


 レギオは傷が癒えても左手を失ったことに変わりなく、その後の身の振り方を悩んでいた。

 片手だけで襲いくる魔物を排除し、使命を全うすることは不可能に近い。ネブラで骨を埋めることも考えたそうだ。


「——しかし今年に入って、魔物たちの様子が変わってきたのです」


 見るからに中級の魔物が増え、統率が取れた行動をしている。

 彼がいた集団の長老が言うには『魔界にも王が存在し、それが近々結界の緩みに乗じて地上に現れるのでは』ということだ。


「魔界の王——つまり『魔王』か。聞いたことはないが、あり得ない話ではないな」

「ヤツらは魔力が強いほど狡賢いからね」

 ノクスが頷き、シルワも実感の篭った声で同調する。

 俺とササPもそれとなく視線を合わせる。『魔王』はまさに『ソラトキ』のラスボスだ。

 各攻略キャラとのハッピーエンドは『魔王』との決着をつけないまま、幸せな二人の未来を暗示させて終わる。

 俺はトゥルーエンドを見ていないので『魔王』の立ち絵も知らないが、恐らくは直接対決で物語は山場を迎え、締めとなっているのだろう。

 話が少し逸れた。元に戻そう。


 ———そしてレギオは魔王の情報を伝えるべく、決死の思いでネブラを脱出し、近くのグラキエス王国に保護を求めたのだった———



「結果としてモーレス王へのご報告が遅れたこと、申し訳ありません」

「構わぬレギオ。こと魔物対策においては両国の利害は一致している。情報は共有すべきだな、メテオラ王子」

「モーレス王の言う通り! 一足先にこの情報を得た我は一計を案じ、こうして馳せ参じたわけである!」

「王太子殿下。先日より我が国とグラキエス王国とは、アンゴル大峡谷の結界の共同補修について、書簡でやり取りをしておりました」

 ノクスがそっと言い添える。

「うむ。それも聞いておる。王弟殿下。だが仔細はまだ決まっておらぬのだろう?」

「はい。ネブラ王国が魔物たちの支配下に堕ちた今、生半可な戦力では結界にたどり着くことも叶いますまい」


「そこでだ」

 メテオラは侍従に持って来させた地図をテーブルに広げる。

 地図上のネブラ王国とグラキエス王国の境に、彼はトンと指を立てた。

「我らグラキエス王国騎士団がまずここからネブラ王国内に入り、魔物たちの注意を引きつけ、ヤツらの勢力を分散させる。その隙にそなたらがアルカ王国側から入り、アンゴル大峡谷を目指せ」

「それでは戦力が分散されます。ここは共同で」

「安心せよ。我の作戦に抜かりはないわ」

 王子が指で合図を送ると、彼の侍従たちが扉を開け、手に一抱えもある風呂敷包みを持って次々と入って来る。


 包みが解かれると、室内に眩い光が溢れる。

 ノクスが声を失い、シルワが口笛を吹いた。

 彼らだけではなく、メテオラと侍従以外は少なからず驚いていた。

 俺もそうだ。

 ———っていうか、なんだこの量!?


「我が国の備蓄の魔石、その半分をアルカ王国に提供しよう。無論、整備済みの魔具もだ。これで戦力の増強を図るが良い」


 太っ腹過ぎるだろう、王子様!

 入手困難な現在の魔石の価値を考えたら、この膨大な量はそれこそ桁違いだ。


「私たちに断る理由はないが、貴殿が、しいてはグラキエスが後々困らぬか?」

 モーレス王がもっともな疑問を口にする。

「此度の作戦は絶対に失敗させるわけにはいかぬ。結界が補強されネブラの魔物が一掃された暁には、この何倍もの魔石が容易く手に入る。そして我が国の主要産業だった魔具の製造も増加する。ここで出し渋る理由は見当たらぬわ」

 メテオラの言葉はもっともだ。魔王の存在を考えると、早急に最大の一手を打ってしまった方がいい。


「我ら———グラキエス騎士団は、一月ひとつき後にネブラ入りする。貴殿らはその三日後に侵攻を開始せよ。

 今日からの一月は準備期間だ。魔力を持たぬ兵士に魔具の扱いに慣れさせよ。大所帯で長距離移動になる故、兵站も疎かに出来ぬでな」

 この場の主導権は完全にメテオラの物だった。

「何から何までお膳立てをしてもらい、かたじけない。メテオラ王子」

「気にすることはない、モーレス王。こちらも切迫しておるのだよ。魔王が地上の覇権を目論んでおるなら、まず狙うは人口の少ない我が国グラキエスであろうしな」

 いつも自信に満ち溢れている彼の顔がフッと曇る。

 メテオラの父親——現グラキエス国王が病床に伏せっている今、彼の双肩にはグラキエス王国と民の命運がかかっている。

 俺——フィリアやディエスたちと、メテオラは同い年だ。

 まだ年若い彼が背負うには重過ぎる責任だ。


「以上が我の考案した作戦の全貌である。詳細はまた追って伝える。では解散!」


 今後の三国の命運を握る重要な作戦会議は、メテオラ王子の一言でお開きとなった。




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