第11話 ドキドキ! ラティオ先生
しばらくは平穏な日々が続いた。
平穏といっても、相変わらず他の令息令嬢からはヒソヒソされたり、コスタが教室内で魔力を暴走させてボヤを起こしたり、昼休みにササPにまたもやカロルの囮にさせられて(激オコで注意したので、ぶん投げられはしなかったが)屋根の上に取り残されたりはした。
そんな日々が続いた後、
「今日は治癒魔法使いを講師に呼んである」
と、唐突にノクス先生に告げられた。
「おー、いよいよフィリア様の治癒魔法の授業が始まるんですね!」
何故か俺以上にコスタがワクワクしている。
「講師の方はどんな方ですの? ノクス先生」
「一言で言えば、アルカ王国随一の治癒魔法使いだ。死者以外は大抵治せる」
「それじゃあ、講師ってラティオ様ですか!? でも確か……騎士団の皆さんの魔物討伐に同行しているはずでは?」
「昨夜帰って来た。南で魔物の目撃情報が複数あったから、明日からまた行くそうだ。今日は休息日だが、都合をつけてもらった」
「そう、ですか……」
今度はソワソワし出した。
もしかして、ラティオって人はノクス先生より強面で厳しい人なんだろうか。
うわー、始まる前から緊張してきた!
「こんにちは〜、ノクス先生。どうしたのぉ? 怖い顔して、お腹痛い? ああ、いつもそんな顔だったか〜。あら〜? あらあら! あなたがフィリアちゃん? 初めまして、ラティオ?ロースです❤︎ 今日はよろしくねえ〜」
予想に反して、思いっきりゆるい感じのお姉さんが来た。
薄紫のロングヘアに、ちょっとタレ目が綺麗な顔に愛嬌を添えている。
服装は例えるなら『白いシスター』って感じなのに、胸元の谷間がガッツリ見えて、スカートの深いスリットから太腿がチラチラ覗くのが、禁欲的なのにエッチだ。
目のやり場に困っていると、何故か向こうから顔を近付けてきた。
「あれ? あれあれ?」
「近い、顔が近いですわ! ラティオ先生!」
「あなた、どこか痛いところはない?」
その声は、さっきのゆるいお姉さんと同一人物とは思えないほど真剣だった。
「いえ……どこも、痛くないですわ」
ラティオは尚も俺の顔を凝視していたが、フッと肩の力を抜き、
「だよねえ〜」と苦笑した。
「珍しい、君が誤診か?」
ノクスが驚いたように、ラティオを見る。
「うん、ちょっと私も疲れてるのかなあ。一瞬、見えちゃったんだよ」
照れ笑いと共に、彼女は一旦言葉を切った。
「この子が死んでいるように」
ゾクっとした。
ラティオには、俺の死が見えたって事なのか?
いや、たとえ見えたとしても、今更どうしようもないんだろうけど……。
「じゃあ、授業始めようか〜、フィリアちゃん」
「はい。よろしくお願いいたします」
「で、コレ教科書ど〜ん!」
「!」
人体解剖図を渡された。
ここには写真が存在しないから細密画だけど。
「血管や筋肉を覚えてね〜、魔力発動中に思い出すの。元通りに治るようにって」
なるほど。
この世界の魔法はその殆どが呪文ではなく、念じた魔力を放出する方法だ。
魔力が強いほど、イメージが正確なほど、それは威力を高める。
俺は魔力が弱いから、イメージを強化しろというわけか。
そういえば自分の指を治した時は、傷の塞がった状態を頭に思い浮かべてた。
「フィリア嬢。君の魔力量から言って、骨折や内臓の損傷等の治癒は難しいと、ラティオ先生と事前に話した」
「そうですか……」
俺に治癒魔法が使えると言っても、やはり上限はあるらしい。
「でもね、それは技術で補えると思うんだ〜。とりあえず、太い血管も治せるようになって、出血多量で死ぬ人を減らそ〜! オ〜っ!」
「ノクス先生。そんなにこの国、死因が出血多量の人が多いんですの?」
「魔物討伐による死者は、だいたいそれだな」
俺の目標が急に責任重大になった。
「それで今日の課題はコレね〜」
ラティオの鞄から机の上に糸、針、ハンカチ、丸い枠のような物が広げられる。
「……コレはいったい何ですの?」
「あら、フィリアちゃんはご存じない? 刺繍よ〜❤︎」
「刺繍? それが治癒魔法の訓練になるのですか?」
「ん〜 直接はならないかなぁ〜」
ならないのかよ!
「でもでも! これで血管を縫う感じを想像してみて〜。治癒魔法使いは実際に針は使わないけど、魔力で同じ事をするわけだから。具体的に思い浮かべられる方が、結果に繋がると思うの❤︎」
これもイメージトレーニングの一環という訳か。
「分かりましたわ、ラティオ先生。よろしくご教授お願いします。でも私、刺繍をするのは初めてで……」
「うんうん! 私が手取り足取り教えてあげるね〜❤︎」
こうしてラティオ先生の刺繍教室が始まった———
「やってみると案外楽しいものですね、フィリア様」
何故かコスタも加わって、俺たちはラティオの指導のもとチクチクと刺繍に勤しんでいた。
図案からずれないよう、一針一針慎重に針を刺す行為は、少し慣れてしまえば楽しいというか、心地良い。
小さい頃、近所の公園で無心に泥団子を丸めていた気持ちに、少し似ている。
「そういえば、ノクス先生。甥っ子殿下は元気してる〜?」
たわいもない世間話をするように、作業の合間にラティオがディエスの近況を聞いた。
「特に変わりはない……と思うが、私は座学の授業以外接点がないからな。どうだ? コスタ」
「へっ! ああ、殿下のことですね。お変わりなくお元気ですよ」
「ん〜、元気? 元気ねえ〜。あの子常態があんなふうだから、よく分からないのよね〜。去年一緒に魔物討伐に行った時、平気な顔して腕一本折ってたし〜」
俺自身はまだ数える程度しかディエスと接触していないが、その様は容易に想像出来た。
そもそもフィリアの記憶の中の彼だって、幼少期以外笑ったり怒ったりしたシーンが出てこない。
俺はふと、ずっと感じていた疑問を口にした。
「ディエス殿下って、お友達いらっしゃるんでしょうか?」
まさしく場の空気が凍った。
え、コレって禁句だったのか?
俺は言い訳するように言葉を繋ぐ。
「あー、あの、学園の中でお見かけしても、コスタと一緒の時以外は、いつもお一人でいらっしゃるものですから、つい……」
「うん、それ以上は聞いちゃダメ、フィリアちゃん」
他の二人がラティオの言葉に全力で頷いた。
そうか……ボッチだったか、王子。
王子という地位ともろもろのポテンシャルがありながら、取り巻きの一人もいないので、もしやとは思っていたけど……。
むしろディエスの場合、取り巻こうとしても、取り付く島がないというか、無表情だから余計に近寄り難いんだろうな。
ちょっと憐れんだところで、ヤツと初めて会った時の事をハッと思い出した。
「ご心配には及びませんわ、ラティオ先生。殿下は他の御令嬢にはモテモテでいらっしゃいますから」
「え! 何ソレ、修羅場!? 聞かせて、聞かせて〜❤︎」
野次馬丸出しでラティオが食いついて来た。
過ぎた事とは言え、あの光景を思い出したら、また少し腹が立って来た。
「私が初めて学園に来る前日のことですわ。殿下に呼び出されて王城に赴きましたのに、当の殿下は三人の御令嬢を侍らせて、それはもう楽しげに——いえ、無表情ではありましたが、婚約者である私の前でいささか配慮に欠けた振る舞いだと思いませんこと! ラティオ先生!」
ちょっと言葉に熱が入り過ぎてしまったが、それは当時の状況から考えると、致し方ないことだろう。
「……発言をいいかね、フィリア嬢」
「はい、ノクス先生」
立場が逆だが、何故かノクスが苦虫を噛み潰したような顔で挙手するので、思わず俺も許可してしまった。
「おそらく、その原因を作ったのは私だ。すまない、フィリア嬢」
「は?」
何でノクス先生が謝る?
「あ〜もしかして、アレ? 『国家転覆を狙う貴族がいる』って噂の真偽を確かめようとしたんだっけ?」
「そうだ。その貴族たちの令嬢が今年、ディエスと同期で学園に入学すると聞いたので、接触して探らせようとしていたのだが……」
国家転覆ってことはクーデター!? 何だかきな臭い話になってきたぞ。
「噂は本当だったのですか?」
「彼らに罪はあった。しかしそれは国家転覆などではなく、『談合』だ」
「談合!?」
ラティオが遠く、窓の外を指差す。
「この国を囲む壁があるでしょ〜? アレの修繕とか工事で、領地ごとに領主が競争入札でまとめ役の業者を決めるんだけど、そこで不正があった訳なのよ〜」
「国家転覆を疑ってディエスに接触させた結果、王子を不正に取り込もうと、令嬢たちが談合の実態を事細かに教えてくれたんだ」
あー、それが俺がディエスと初めて会った日なのか。
確かによく考えてみれば、あの無表情無感情な王子が、積極的に嬉々としてハーレムを形成する訳ないか。
「ディエスの婚約者である君に、要らぬ心配をかけたこと、改めてお詫びする」
「そういう事情でしたら、謝罪の必要はありませんわ。当日、殿下本人から贈り物を貰いましたし、それでちゃらですわ」
「贈り物? ディエスがか?」
意外そうにノクスは言い、コスタの方を見る。
「ええ、当日フィリア様が髪型を変えられたので、以前お贈りした髪飾りが合わなくなっていて……それで殿下の指示で大至急職人を呼んで、今つけていらっしゃる物をお贈りしたのです」
「自発的にディエスが他人に贈り物を……」
「あの気が利かない殿下がねえ〜、ふ〜ん」
一国の王子に酷い言われようである。
「フィリア嬢」
居住まいを正し、やけに畏まった口調で名を呼ばれた。
「何でしょう、ノクス先生」
「これからもディエスのこと、よろしく頼む!」
綺麗な直角でノクスが俺に頭を下げた。
「えっ!?」
「そうねえ〜、今のところ、フィリアちゃんに殿下のこと頼むのが最適解かもね〜❤︎」
「ええっ!!?」
俺は寧ろディエスと距離を置きたいのに、頼まれても困るんだが……。
結局俺が「はい」と言うまで、ノクス先生は頭を上げようとしなかった。
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