第9話 新たな力
「さて、フィリア嬢。実技に移る前に、君の
「はい、ノクス先生。私の魔具はコレですわ」
ノーティオ魔法学園に来る前に、父親のウィルガに持たされた杖を、俺はノクスに見せる。
魔具とは、魔力や魔石で動く道具の総称だ。
魔石が気軽に庶民の手に入った頃、その用途は多岐に渡ったらしい。
照明、コンロ、暖房機、冷蔵庫、水やり機等々の日用品から、魔物を撃退するための武器まで、ありとあらゆる魔具が作られた。
しかし魔石の主な産出地ネブラ王国との国交断絶により、民間の魔具文化は見事に衰退した。
今は魔力を増幅し、制御するための魔石を使った魔具が、わずかに作られている程度だ。
俺の魔具は、その貴重な魔石を使った杖だ。
杖部分は画鋲の針部分をギューッと引き伸ばしたような形状をしている。
円盤状の台座の上に乗っかっている、半透明の水饅頭みたいな物が魔石だ。
杖は先端が針のように尖っているのに、俺が手を離しても倒れず自立しているのが不思議だ。
その不思議な杖の周りを、ぐるりと先生は一周する。
「あのー、その魔具ひょっとして、学園の規則違反になったりとか……するんですの?」
あんまりジロジロ見ているので、少し不安になった。
中学校の持ち物検査とか、街中ですれ違うパトカーとか、こちらに疚しい事がなくてもドキドキしてしまう質だ。
「いや、魔具の形状や魔石の含有量は、規定にないから問題はない」
「ですわよね」
現にササPのブレスレットや、ディエス殿下の柄だけの剣とか、あれも魔具だ。
「うむ、さすがにメンブルム家特注の品だ。ただの宝石を魔石と称して売りつける馬鹿はいないか」
「!?」
「たまにいるのだよ、そういう輩が。そしてウッカリ買ってしまう貴族もな」
嘆かわしそうに、ノクスは首を振った。
「あとは重さの確認か。規定はないが、魔物との戦闘中に重い魔具は不向きだ。君が戦場に出ることはないだろうが、一応確認させてくれ」
「どうぞ」
杖を捧げて渡そうとした瞬間、彼が慌てたようにそれを払い落とした。
「何をなさるんですの、先生!?」
起き上がり小法師のように立ち上がった杖の魔石に傷はないが、俺は思わず声を荒げる。
「君こそ防犯措置を講じてあることを先に言いなさい!」
「防犯?」
警報音が鳴った訳でもないのに、防犯って何だ?
「これを渡された時、何か注意事項があったのでは? フィリア嬢」
「注意………あ!」
確かに「この杖を他の生徒に貸してはいけないよ」と、父親から一言あった。
でもそれは、どのご家庭でも良くある「高価な貴重品を、他人においそれと貸してはいけない」程度の注意なのでは?
「もしかして、魔力を吸われました? 先生」
「はあ!?」
コスタがとんでもないことを言い出した。
「すぐ離したから、量は微量だがな」
「なんですと!?」
先生が言うのなら真実なのか。
魔力を吸う杖なんて、もはや呪いのアイテムじゃないか。
「案ずるな、フィリア嬢。防犯と言っただろう。この杖……いや魔石は、君以上の魔力保持者が触れると、自動的に相手の魔力を奪う仕掛けになっている」
「つまり盗難防止!?」
「おそらくな。これだけの大きさの魔石は今や貴重だ。念の為に対策を講じたのだろう」
「お父様ったら、人騒がせな……」
「君自身が使う分には大丈夫だ。さあ、早速君の実力を見せてもらおう」
それから俺はノクス先生の目の前で、炎、水、風、雷、氷などを、魔力で出現させて見せた。
魔石の効果で魔力は増幅されている筈なのに、炎は蝋燭の灯り程度、水はお茶碗一杯、風はそよ風、雷は静電気、氷に至っては厚さ1ミリにも満たない薄くて小さいのが、辛うじて出来たくらいだ。
「………」
「何とかおっしゃってください、ノクス先生」
自分の最弱ぶりは自覚しているが、さすがに無反応だと悲しくなる。
「いや、勿体無いなと思っただけだ」
「え?」
「そうですよ、フィリア様。普通は炎だけ、水だけというふうに、使用する魔力は何かに特化する筈ですが、フィリア様は全部出来たじゃないですか!」
「これで魔力の量さえ伴っていれば、希代の魔法使いノーティオに匹敵したかもしれないな」
……褒められてはいるが、残念な事に変わりは無いんだろうな、俺。
「フィリア嬢の今後の方針として、少しでも威力を高める事が望ましいが………正直、君の魔力は変わりようがない。精度を高める方向で行くしかあるまい」
「はい……」
伸び代はないって事かあ……。
しょんぼりと席に戻ると、コスタが慌てた様子で、
「フィリア様、手に血が!」
と、叫んだ。
見れば右手の人差し指の先から血が出ていた。ほんのちょっぴりだが。
「さっき外を見た時、木の窓枠の所で引っ掛けたのだろう。この建物も古いからな。念の為、消毒をしよう」
ノクスがこの世界にもある救急箱を取り出して、そう言った。
……最弱でも、なんでも出来るんなら、コレひょっとして治せるかも?
ふと、俺はそんな事を思ってしまった。
杖の先を傷口に向けて、先程炎や水を出した時のように念じる。
———治れ!!
「やめろ! フィリア嬢!」
ノクスの静止より先に魔具の魔石が発光し、指先を包んだ。
光が消えた後、そこにあったはずの傷は跡形もなく綺麗になくなっていた。
「……凄い、凄いですよ、フィリア様! それって治癒魔法じゃないですか!」
興奮してコスタが立ち上がり、俺に詰め寄る。
「え、これって凄い事ですの?」
「もちろんです! 殿下のようなとんでもない魔力は例外として、魔力の強い方はそこそこいらっしゃいます。でも、その力を治癒に転嫁できる方は稀なんですよ。そうですよね? ノクス先生」
「ああ、確かに魔力を治癒に使える者はそう多くはない。驚嘆に値する。………しかしだ、フィリア嬢」
「ハイ!」
ノクス先生の眉間の皺が深い。俺は前世の経験上、こんな空気の後に起きる展開を知っている。
これ、怒られるやつだ。
「私の許可も得ず、習っていない魔法を人体に使うとは何事だ! 君が最弱とは言え、もし間違って魔力が逆に作用していたら、指が吹き飛んでいたかもしれないんだぞ!!」
「ご、ごめんなさい……」
俺、久し振りに本気で怒られた気がする……。
でも確かに彼のいう通りだ。
俺自身、この世界の事も魔力に関する事も、まだまだよく分かってないんだ。
軽率な行為でフィリアの身体に傷をつけるわけにはいかない。
「分かればよろしい。以後気をつけなさい」
「はい……」
「しかし、君の授業内容は変更しなければならないな」
「え」
ノクスの声が少し柔らかくなったような気がして、俺は顔を上げた。
「おめでとう。確かに君の力はささやかだが、きっと誰かの役に立つものだ」
「先生……」
「治癒魔法は私もあまり詳しくはない。普段の授業では私の指導で魔力の制御を覚えつつ、時に特別講師として治癒魔法使いを招こう」
「ハイ! 私、頑張りますわ!」
「うむ」
この世界に来て、この身体にフィリアの心を戻したいと、ただ願っていた。
でもそれは解決方法の分からない、漠然とした願いだ。
そもそもこの身体はほとんど無力で、俺には何も出来ないと思っていたから……。
だけど今、初めて手の届きそうな直近の目標が出来た!
治癒魔法を勉強して、誰かの役に立てるようになりたい——!
それが学園生活において、俺の最大のモチベーションになりそうだ。
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