第8話 破滅フラグ? ノクス先生 

「我がアルカ王国には、魔力を持つ者と持たざる者がいる。両者の違いは何か? コスタ」

「はい、ノクス殿下」

「ここでは『ノクス先生』だ」

「し、失礼いたしました、ノクス先生。ええと、我が国では魔力を持つ者は主に王侯貴族、まれに平民に存在します」

「その通り。国民の大多数が魔力を持たず、隣国ネブラからの魔石の供給が不可能な今、日々増加する魔物の出現に、力無き者は怯えるしかない。我ら王侯貴族が魔力により、その不安を取り除く事こそ、我らの責務であり、この学園の存在意義である」

「……あの、一つ質問よろしいですか?」


 俺は恐る恐る手を挙げて、『ノクス先生』の話を遮った。

 灰色の暗い瞳が、不機嫌そうにこちらをジロリと睨め付けた。

「許可しよう、フィリア嬢」

「その……、どうして私たちの担任が、ノクス先生なのですの?」

「は?」

 低い声にドスがきき、その顔は不機嫌を通り越して、もはや凶相だ。

「いえ! ノクス先生が嫌という訳では決してなく、私たち生徒が二人だけの教室に、ノクス先生を配置するのは不経済と申しますか!」

「……つまり、君は他の生徒たちと一緒に学びたいと?」

「そう! それですわ!!」


 王子ルートと、その攻略後に開かれるトゥルーエンドやバッドエンドを、俺は知らない。

 攻略前に死んだからだ。

 分かっている共通のバッドエンドは『王都に魔物が大量に現れ、抗しきれず全滅』という、当事者になった今では笑えないものだ。

 しかし、これはフィリアだけ不幸な結末を迎えるものじゃない。

 先程のササPの無双っぷりを目にして、全滅エンドは回避出来るかもしれないと、ちょっと楽観的にもなっている。


 俺が知る限りでフィリア個人が不幸な目に遭うのは、ノーティオ魔法学園の教師『ノクス先生』に唆され、クレアに危害を加えた時だ。

 そしてフィリアは断罪では無く、口封じで彼に殺される———


 だから大勢の生徒の一人として、彼に気付かれぬよう学園生活を送ろうと思っていたのに——教師一人に生徒二人の教室って、逃げ場が無さ過ぎる!!


「フィリア嬢、こちらへ」

「は、はい……」

 何故かノクスは俺を窓際に手招くので、ビクビクしながらも近付いた。


「良く見なさい、彼らを」

 ノクスが視線を促した先は練習場だった。

 広い校庭のような敷地内で、シルワ先生の指導のもと、多くの生徒が魔法の実技を習っているようだ。

 生徒から100メートル程先に、魔物を模した標的の人形が点々と置かれている。


「はーい、次、ディエス殿下ね。この人形、全部やっちゃって下さーい」

 シルワの気の抜けた号令に、ディエスが下げていた剣を抜く。


 いや、彼の剣には鞘が無い。

 刀身すら存在しなかった、ついさっきまで。


「!!」


 俺と、見ていた生徒たちが息を呑む。

 それは一瞬のことだった。


 ディエスの剣の鍔から、魔力を凝縮した青い刀身がヌッと現れる。

 その長さは100メートルを優に超え、彼が軽く振っただけで人形どころか、その先にあった木々までも薙ぎ倒していった。


「あー、余分なものまでやっちゃったねえ。殿下、10点減点ー」


 アレで減点されるのか。

「ディエスは規格外だが、君はあの場に参加する勇気はあるかね」

「……いいえ、私には無理ですわ」

「分かればよろしい。では授業に戻ろう」

 俺が椅子に座ったのを見計らい、

「この教室は、なにも君専用に用意したものでは無い。気にしないように」

 ぽつりとノクスが言った。

「そうですよ、フィリア様。ここは僕のように弾かれた者も、区別せず受け入れて貰えるのですから」

 唯一の同級生が、先生の言葉に重ねる。


 猫耳状のフードに、どこかで聞いた覚えのある声。

「失礼ですけれど、あなたは?」

「あ、申し遅れました。僕はディエス殿下の侍従で、コスタといいます」

「ああ! 昨日、殿下と一緒にいらっしゃった……」

「はい、そうです」

 フードの陰に隠れて分かりづらいが、おそらくニッコリと彼——コスタは笑った。


「まあ、あなたも魔力が弱くていらっしゃるの?」

「いや。出力に問題はあるが、君の魔力が1だとしたら彼は100だ」

 即座にノクスに否定された。

「グッ……では何故ですの? 侍従なら殿下と一緒に授業を受けた方が……」

「それは……」

 彼はそこで言い淀む。

「コスタ、フィリア嬢はディエスの婚約者だ。今さら隠すことも無い」

 ノクスに促され、少しの逡巡の末、コスタはフードを取った。


 フードの下から、眼鏡をかけた気弱そうな青年の顔が現れる。

 そしてその赤い癖っ毛の頭部には、黒い角が二本生えていた。


「僕は『混ざり者』なんです。フィリア様」


『混ざり者』———それはアルカ王国において、人とは違う容姿を持つ者への蔑称だ。

 魔物の襲撃が増え続ける昨今、ヤツらへの恐怖と怒りが、いつしか人とは違う部分があるだけの罪なき人に向けられるようになった。

 魔物に対する人々の遺恨を語るには、アルカ王国——いや、大陸の歴史に触れざるを得ない。



 遥か昔、この大陸に存在する三つの国は、覇権争いに血道を上げていた。


 俺が今いる国——アルカ王国は面積は最小だが、メンブルム領をはじめとした実り豊かな土地だ。

 海の幸も多く、三国の中では一番人口が多い。


 そして地図上では、アルカ王国の上部に位置するグラキエス王国。

 雪深く冬の期間が長い国だ。

 雪に閉ざされた大地では、栽培出来る作物に限りがあるが、鉱物資源が多く、機器の発明や製造技術に優れている。


 もう一つのネブラ王国は、アルカ王国の隣だ。

 国土は一番広いが、険しい山々や深い森、砂漠等が点在しており可住地は少ない。


 三つの国は互いに国境を接していて、何かにつけ争っていた。

 ネブラ王国に、魔界への入り口となる峡谷が出現するまでは———


 その峡谷——後に『アンゴル大峡谷』と名付けられる——の出現により、三国の関係は一変した。

 魔界からの魔物の襲来で、人間同士が争いをしている余裕は無くなった。

 さすがにこのままでは、覇権を握る前に人類が滅亡してしまうと考えた国王たちは、偉大なる魔法使いノーティオ(昔から魔力を持つ者は存在していた)に、魔界の入り口の封鎖を依頼した。


 しかし偉大なる魔法使いの力を持ってしても、入り口の規模が大き過ぎて、完全にこの世界と切り離してしまうことは不可能だった。

 結果、ノーティオは網目状の結界による封鎖を成功させた。

 結界の網目は中級以上の魔物の侵入を防ぐ物で、大規模侵攻による人類滅亡だけは、辛うじて回避されたのだった———



「ノーティオの結界が弱まっている今、中級以上の魔物の襲来が増えている。そして被害も……」

 眉間の皺を深くして、ノクスが嘆く。

人形ヒトガタの魔物の目撃も増えてますしね」

 コスタは仕方がないと肩をすくめた。

「だから、僕みたいなのが同じ教室にいたら、他の方が気にされると思います。被害が出た領地の、御令息や御令嬢もいらっしゃるでしょうし……」


 生前の世界でも、多数と違う個性は除け者にされたり、安易に傷付けられた。

 俺も、小学校のクラスで癖っ毛が自分一人だけの時、よくそれを弄りのネタにされた嫌な思い出がある。

 程度の差はあれど、そういった差別で人が傷つけられるのは、単純に腹が立つ。


「それは変な話ですわ。魔物は魔物、人間は人間ですもの。角が生えたり、尻尾が生えたりするのは魔界からの魔力の影響で、魔物に似ているからって、人を襲うわけじゃありませんのに」

「フィリア嬢が住んでいたメンブルム領は、グラキエスに接していたな。そこからの出稼ぎが多いから、俗に言う『混ざり者』に馴染みがあるのだろう。あの国の民は半分が『混ざり者』だ」

「それを言うならディエス殿下だって——」

 言いかけて、さすがにこれ以上は不敬に当たると、俺は慌てて口をつぐんた。


「そうだ。彼の母親は、そのほとんどが『混ざり者』のネブラ王国の民だ」


 陰ではどうあれ、アルカ国民が口外を憚られる事実を、ノクスはあっさり口にした。

 彼がディエスの叔父だから忌憚なく言える事だが、その横顔はどこかやるせないような憂いを帯びていた。


「フィリア様。確かに僕はこの角のせいで、嫌なことを言われたりもしました。でも、この角のお陰でディエス殿下の侍従になれたのですから、これほど幸せなことはありません」

 コスタは屈託のない笑顔で俺を見た。

 きっとそれが彼の本心なんだろう。

 辛いことがあっても、前向きでいられる———そんなコスタの美点に、俺も素直に好感を持った。


「これからの一年間、同級生として、よろしくお願いしますわ、コスタさん」

「コスタとお呼び下さい、フィリア様。こちらこそ、よろしくお願いします」

「互いの自己紹介は以上だ。授業を再開しよう」

 破滅フラグへの不安とは裏腹に、三人だけの教室は割と穏やかに始まった。





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