第2話
「ハ。見合い」
兄、
「受けてみようかと、思って」
「は?」
稟市は弁護士だ。事務所は地元ではなく埼玉県にある。兄が高校進学を機に土地を離れてから数年後、特にやりたいことがあるわけではない俺も上京した。俺が大学生の時はしばらくふたりで暮らしていた。何せ八つも離れているのだ。まあ、今は別々だけど。
「なに……見合いを?」
「ああ」
「はあ?」
何言ってんだこの人。弁護士事務所の来客室で俺たち兄弟は向かい合っていた。兄は俺の目を見ない。こんなこと滅多にない。尋常じゃない。
「あのさ、こんなこと言いたくないけど、一回でも顔合わせたら自動的に結婚ルートよ? だって話持ち込んできた側には断る理由がないんだから」
「分かってる」
「いや、分かってないよ」
「分かってる」
暖簾に腕押し。分かってる? 分かってない。いや、分かってないはずがないのか。この人は俺よりずっと賢い。賢いから弁護士になったわけだし。市岡を末代にすると言い出したのもこの人だ。俺はこの人の真似をしているだけだ。
見合いの話を持ち込んできたのは土地の人間ではない。最近受けた大きめの案件繋がりで、どっかの企業のお偉いさんのお子さんが年頃だからとかなんとかかんとか……まあ、そんな事情。兄が俺に直接言わなくても、俺は兄のことをなんでも知ってる。ストーキングしてるとかそういうわけじゃないよ。俺には、分かってしまうんだ。
「年頃つってもさ、大学卒業してちょっととかでしょ。俺より年下じゃん。稟ちゃんより十は下よ」
「ああ」
「ああじゃなくて。そういうの嫌いなんじゃなかったの。稟ちゃん、子どもに手を出すようなやつは、」
「先方は、成人してる」
バン。兄の手のひらが目の前のテーブルを叩いた。来客用ソファにあぐらをかいて座っていた俺もさすがに怯む。なにこの人、どうしちゃったの。
「会うだけだ」
「だから! 何回言わせんの!? 会ったら……」
テーブルを挟んで真正面に座る兄が、手元に置いていた煙草の箱を持ち上げた。紙巻きを一本抜き取って咥える。その手が少し震えていることに、気付かないほど俺も鈍感じゃない。
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