神殺し

大塚

第1話

 その呪われた土地に都から陰陽師がやって来た。災いに苦しむ村人たちに彼は言った。

「悪行をはたらく白い狐を捕らえなさい」

 罠作りが得意な者が狐を捕らえた。陰陽師は白い狐の首から下を地面に掘った穴に埋め、百日百夜祈祷を行ったのちその首を刎ねた。狐の首は新月の夜にひらりと舞い、けものから式へと変化した。都に戻る陰陽師は、罠を作った者に狐を託した。これが市岡家の成り立ちである。


 馬鹿馬鹿しい。


 その土地は呪われていたし、今も呪われている。だがそれらはすべて人間が人間にかけた呪いで、狐には何の関係もない。悪行をはたらく白い狐、というのも後々付け足された台詞で、俺が調べたところ陰陽師はこう言ったのだという。

「霊力を持つ白い狐を捕らえ、式として使いなさい」

 憐れなり狐。俺の想像でしかないが、捕らえられた白い狐にはそもそも霊力などなかったのではなかろうか? 百日百夜の祈祷で、陰陽師が狐に力を与えたのではなかろうか?

 作られた神。それが白い狐の正体なのではないか。

 また、あまり多くの者が知らない事実だが、白い狐は雌であった。捕らえられた時、腹には子がいたという。呪われた土地の呪われた人間たちによって腹の子の命まで奪われた狐の憎しみを思うとぞわりとする。

 腹に子がある雌の狐を式とした。たいていの哺乳類は単為生殖ではなく有性生殖で子孫を残す。つまり雌の狐には、つがいがいた。

 これが市岡家の成り立ちである。

 市岡家は伴侶と子を奪われた狐に呪われている。お狐様。雄の狐は白い毛皮を持たぬ、どこにでもいる狐色の狐だ。見たことがあるので間違いない。陰陽師などという胡散臭い職業がありがたがられていた時代から生きている狐はもはやけものではなく、式に変化させられたつがいの後を追うようにばけものになった。そうして白い狐を式として使い呪いや怪異を斃す市岡家に取り憑いた。この世のものではないものを見たり、祓ったりする力を持つのは女性だけという市岡のルールは、白い狐が雌であったために成立したものだ。市岡家に関わった女が、生まれた子であれば七つになる前、嫁入りや養子として入った者であれば年齢もタイミングも問わずに命を奪われるのは、つがいの雄の呪いのせいだ。

 人間の命を幾ら奪っても自分の雌も子どもも戻らないということはばけもの狐にも理解できているらしい。だからこれは嫌がらせだ。七代先まで祟ってやるという台詞を耳にしたことがある人も少なくはないだろうが、市岡家はおそらく末代まで祟られる。仮に市岡家の人間が白い狐を使うのをやめたとしても、式と化した狐がもとのけものに戻れるわけではない。ばけもの狐の願いは永遠に叶わない。だからあいつは市岡家を呪い続ける。己の受けた害をそのまま返すという形で、呪い続ける。

 だから俺たちは決めたはずなのだ。俺も兄も決して誰とも番わないと。結婚はもちろん、誰かに子どもを産ませたりもしない、養子も取らない。市岡家は俺たちの代で終わりにすると、そう決めたはずなのに。

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