第24話 シンデレラボーイ

 夏後期の補習が始まってから1週間が半分過ぎた今日、俺達2年5組は体育館で演劇の練習をしている。

 うちのクラスでは演劇でシンデレラをやる事になっているわけだが、その配役に俺は大きな不満があった。

 それは男子であるはずの俺が女性であるシンデレラの役にさせられているためだ。

 美菜先輩と一緒に体育倉庫へ閉じ込められている間に劇の配役を決定したようで、何故かクラス内の投票によって俺がシンデレラ役に選ばれてしまったらしい。

 なんでもクラスの女子が誰もシンデレラ役やりたがらなかったらしく、誰にやらせるかという話になったところ会議に参加していなかった俺に白羽の矢が立ってしまったのだ。

 俺にシンデレラ役を押し付けるために誰かがわざと体育倉庫の鍵を閉めて俺達を閉じ込めたんじゃないかという陰謀を疑いたくなるレベルだった。

 ちなみに声に関してはクラスにいる放送部の女子がマイクで裏から代わりに喋ってくれるため、俺は声に合わせて動くだけでいいのが唯一の救いと言ってもいいだろう。


「おいおい、男の俺がシンデレラって一体誰が得するんだよ……」


 身長175cmもある俺がシンデレラ役をやるのはどう考えても無理があるような気がするし、クラスメイト達はなぜ俺なんかを選んでしまったのだろうか。

 正直役を辞退したいのが本音ではあるが、流石にクラスの民意には逆らえなかったため渋々シンデレラ役を承諾した。


「めちゃくちゃ女装似合ってるから別にいいじゃん。他のみんなも似合ってるって言ってるぞ、和人良かったな」


「水瀬君、絶対才能あるよ。本気でこっちの道を目指してみない?」


「似合いすぎ。私声を聞かなかったら女子って言われても信じちゃうかも」


「やばい。俺、水瀬の事結構タイプだわ……」


 賢治や他のクラスメイト達からそう声をかけられたが、正直全く嬉しくない。

 最後の奴に関してはやばい事を口走っていたが、俺にそっちの趣味は一切無いのでマジで勘弁して欲しい。


「ったく、他人事だと思ってみんな好き勝手言いやがって」


 俺はそうぼやきつつも任された以上はしっかり役目を果たすつもりなので、恥ずかしさを感じながらも真面目に練習には参加している。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「よし、じゃあそろそろ休憩にしよう。今から15分後くらいまでには体育館に戻ってきてくれ」


 いつの間にか練習を始めてから1時間以上も経過していたらしく、演劇責任者の掛け声で休憩時間となった。

 クラスメイト達が床に座り込んで雑談をしたりしている中、尿が近くなった俺は体育館を出て近くの男子トイレへと入る。

 そして用を足し終えた俺は手を洗うために手洗い場へと足を運ぶわけだが、鏡を見た瞬間金髪の女性の姿が鏡に映っていて驚いてしまう。


「びっくりした、そう言えばカツラ外すのをすっかり忘れてた。初めて自分の女装姿を見てみたけど、確かにみんなが言うように似合ってるな……」


 自分で言うのも何だが俺の女装はめちゃくちゃ似合っており、本気で女性と間違えてしまった。

 少し癪だが、みんなが俺の女装姿を絶賛する理由が少しだけ分かった気がする。


「それにしてもこの顔、誰かに似てるような気がするんだよな」


 そんな事をつぶやきながら体育館に戻っていると、廊下で恵美と遭遇した。

 恵美は俺の顔をしばらくじっと見つめた後、ゆっくりと話しかけてくる。


「……ひょっとして和人君?」


「正解、良く分かったな」


 当日裏方の恵美は教室で小道具の製作をしていて先程の練習には参加していなかったため俺の女装姿を見るのは初めてなはずだが、どうやら一発でバレてしまったようだ。


「和人君とは長い付き合いだから分かるよ。それにしても良く似合ってるね」


 似合ってると言われて少し複雑な気分になった俺だったが、一応素直にお礼を言う事にする。


「とりあえずありがとうって言っとくよ」


「和人君の女装した顔、夏海ちゃんに似てる気がするよ。多分夏海ちゃんが成長して女子高生くらいになったらそんな感じになるんじゃないかな」


「……さっきから誰かに似てると思ったら夏海ちゃんだったのか。言われてみれば確かにそんな気がする」


 トイレで鏡を見た時から感じていた疑問が解決してすっきりした俺はそう答えた。


「それより恵美はわざわざ教室から体育館の近くまで来てどうしたんだ?」


 教室で小道具を作っていたはずの恵美がなぜこんなところにいるのか気になった俺がそう聞くと、彼女は思い出したかのような表情となり口を開く。


「あっ、そうだ。私は先生に用があるんだった」


「それなら多分体育館の中にいるはずだよ」


「ありがとう、助かるよ」


 俺がそう答えると恵美は感謝の言葉を述べてから体育館の中へと入っていった。

 そんな様子を見ながら腕時計を確認した俺はいつの間にか休憩時間に入ってから10分が経過している事に気付く。


「もうちょっとで休憩時間も終わるし、俺もそろそろ戻るか」


 それから体育館に戻ってすぐに練習が再開されるわけだが、俺は相変わらず真面目に参加するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る