第23話 呼び名

 後期補習2日目の放課後、俺はクラスメイト達と一緒に星綾祭の3日目に行われる体育の部の練習をグラウンドで行なっていた。

 男女混合リレーと綱引きの練習を終えた俺が日陰に座って休憩しながら水分補給をしていると西条先輩が隣に座ってくる。

 俺と学年の違う西条先輩だが、星綾祭はクラス番号でチーム分けされており、俺の所属する2年5組と西条先輩の所属する3年5組は同じチームとなっているため一緒に練習しているのだ。


「やあ、水瀬。調子の方はどうだ?」


「西条先輩、お疲れ様です。体力には結構自信がある方なのでまだまだ余裕と言いたいところですが、今日はめちゃくちゃ暑いので今は結構しんどいです」


「そうか、私はインドア派寄りの人間だからちょっと練習しただけでかなり疲れてしまったよ」


 そう話す西条先輩は俺と同じく汗まみれになっており、色白の肌がピンクに染まっていた。


「ちなみに西条先輩はなんの競技に出るんですか?」


「強制参加の創作ダンス以外の競技なら短距離走に出場する予定だよ。あんまり体力が無くて他に出れそうな競技が無かったからな」


 西条先輩は昔から全然体力が無かったため、短距離走くらいしか選択肢が無かったのだろう。


「正直この後の練習が憂鬱で仕方ないよ。絶対クラスメイトの足を引っ張りそうだし、今日の練習は雨でも降って中止になってくれないだろうか」


「ちゃんと練習しないと本番の時に困りますよ。そう言わずに頑張ってください」


 練習を明らかにサボりたがっている様子の西条先輩を俺はそう励ます。


「……やっぱり頑張るしかないか」


「俺も全力で応援するので、西条先輩のカッコいいところを見せてくださいよ」


「なんだか急にやる気が湧いてきた、ありがとう水瀬」


 そう言い残すと嬉しそうな表情になった西条先輩は元気よく立ち上がって練習に戻っていった。


「おーい、和人君。そろそろ練習再開するよ」


「もうそんな時間か。オッケー、今行く」


 恵美に呼ばれていつの間にか休憩時間が終わるギリギリになっていた事に気付き、俺はリレーの練習に戻る。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 夕方になるまでクラスメイト達と練習をした後、俺達は使った道具の後片付けを始めた。

 練習で使ったカラーコーンやバトン、綱引き用の綱などをみんなで協力して体育倉庫の中へしまっていく。


「これで最後みたいだぞ」


「ようやく終わりですね」


 俺は西条先輩と一緒に最後のカラーコーンを体育倉庫の奥に運んでいる。


「今日も一日長かったな」


「補習の後に練習ですもんね、長くも感じますよ」


 2人でそんな会話をしながら体育倉庫から出ようとしていると入り口の方からバタンという重い扉の閉まる音とガチャっという鍵がかかるような音が聞こえてきた。

 予想外の事態に巻き込まれお互いしばらく顔を見合わせて黙り込んでいた俺達だったが、西条先輩が口火を切る。


「ひょっとして私達、閉じ込められたんじゃ……?」


 嫌な予感がした俺が慌てて扉を開けようとするも、残念ながら扉はびくともしない。


「……これは完全に閉じ込められてますね」


「私達が中にいる事を一切確認せずに締めたみたいだな」


 どうやら俺達は体育倉庫の中へ完全に閉じ込められてしまったようだ。

 それから西条先輩と一緒に外へ出れるような窓はないか探してみたり、どうにか中から鍵を開けたりはできないかと扉の前で色々と試行錯誤を重ねてみたが、なんの解決にもつながらなかった。


「誰か気付いてくれればいいんだが」


「この後、演劇の役決めミーティングを少しする予定なので俺が教室に戻ってない事にはすぐ気付いてくれそうな気はしますね」


「そうか、なら助けが来るのを大人しく待つ事にするか」


 西条先輩は無駄な足掻きをする事を諦めたのか、近くに置いてあったマットの上に寝転んだ。


「おっ、思ったよりも柔らかいな。水瀬も寝転んでみないか」


「本当だ、柔らかいですね」


 俺も実際に寝転んでみたわけだが、確かに西条先輩の言う通り柔らかかった。


「だろ、これなら全然寝られそうな気がするな」


「……ひょっとここに泊まる気ですか?」


 冗談でそう聞くと、西条先輩は楽しげな表情で話し始める。


「このまま誰も来ないならそれもありかもな」


「それは困りますね」


 ノリの良い西条先輩からの返事に俺は面白くなってしまい、つい笑い出してしまった。

 そして笑っていた俺が落ち着きを取り戻したタイミングで西条先輩は急に真面目そうな表情となり、口を開く。


「……なあ、水瀬はいつまで私の事を西条先輩と呼ぶのだ?」


「えっ、それってどういう意味ですか?」


 言っている意味が分からなかった俺がそう聞き返すと西条先輩は言葉を続ける。


「私達は長い付き合いだと思うのだが、今のままの呼び名だと少し他人行儀すぎるんじゃないかと思ってな」


 西条先輩とは小学生低学年の頃書道教室で出会ってから今日まで約10年近い付き合いがあるわけだが、確かにそう言われると今のままの呼び方では少し距離を感じるような気がしてきた。


「……じゃあ美菜先輩でどうですか?」


「美菜先輩か、別に美菜と呼び捨てでも構わないのだがまあ合格にしてやるよ。その代わり今日から私も水瀬では無く和人と呼ばさせてもらうからな」


 西条先輩、いや美菜先輩から和人と呼ばれるのはめちゃくちゃ新鮮な気分にさせられる。


「分かりました、美菜先輩」


「ふふっ、よろしくな和人」


 こうして俺達はお互いの呼び名を変える事になった。

 ちなみに、俺達が体育倉庫から救出されたのはそれから約1時間後の事だ。

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